目次

  1. 途方に暮れた新米編集者がたどり着いた紀の善
  2. 苦み残るババロア 上品な小豆と生クリームを添えて
  3. 俳句の短冊に込められた「紀の善」の歴史
  4. 心が弱ったとき 友人からの差し入れは
  5. 優しい思い出に感謝を

 初めて「紀の善」へ行ったのは、新米の編集者だった20代のころ。もう25年ほども前の話だ。『Hanako』という雑誌で神楽坂の取材を担当することになり、途方に暮れていたところ、神楽坂ならまずはここに行くべきだと教えてくれた人がいたのだった。

 東京へ出てきて間もない私は、神楽坂という街がどこにあり、どのような場所であるのか、その時までまったく知らなかった。まずはこの街を歩いてみようと思った。

 取材の前にインターネットで調べ物をするのは、まだ後の時代の話だ。当時、何かを知ろうと思えば、実際にその場へ足を運ぶか、知っている人の所へ話を聞きに行くか、電話をかけるか、図書館で調べるくらいしか方法がなかった。そうやって見つけた伝手をなんとかたどり、記事を書いたものだった。

神楽坂下交差点からの「紀の善」の看板

 紀の善はあんみつ屋だと聞いていたので、観光地によくある民芸風の店構えを想像して行ったところ、とてもモダンな店だった。奥に通されてメニューを見た時、抹茶ババロアという文字が目に入った。どうやらあんみつと並ぶ看板メニューらしい。抹茶に目がない私はそれを注文した。

 運ばれてくるのを待つ間、店内をぐるりと見渡してみた。あるものが目に入った。細長い額縁に入った短冊に華奢な筆文字で書かれていたのは、俳句だった。

 「風花や團十郎の楽屋入り」

 星野椿の句で、どうやら直筆のようだ。俳句の短冊の額縁など珍しいなと思いながら、運ばれてきた抹茶ババロアをひと口ずつゆっくりといただいた。

 上品に炊き上げられた小豆とたっぷりの生クリームが、よく苦味の残った弾力のあるババロアによく合った。添えられた緑茶もとても香り豊かでほの甘かった。

「紀の善」の抹茶ババロア

 私は20代から俳句を始めて現在も続けているが、特に昭和初期の女流俳人の句が好きだ。その頃の女流の作品は台所俳句と揶揄されたこともあったが、むしろ、身近なものを題材に俳句を詠むということを成した女性たちの存在を、とてもうれしく頼もしく思っていた。星野椿は、そんな女流の1人である星野立子の娘にあたる。

 後日、改めて取材に伺うと、ちゃきちゃきとした笑顔の女将、冨田惠子さんが応対してくれた。取材を進めるうち、なぜ俳人の短冊が飾ってあるのですかと聞くと、女将の目がキラリと光った。

 なんでも、この地で紀の善を始めた女将のお祖母さんが俳句をよくする方で、様々な短冊が手元にあるのだと言う。実は私も俳句を始めて何年か経つのですよと申し上げると、どんな俳句を作っているのと聞かれた。僭越ながら何句かお伝えすると、とても素敵ねと言ってくださった。

 季節ごとに掛け替えられる俳句の短冊や、もちろん抹茶ババロアが楽しみで、その後も折に触れて神楽坂へ出かけては紀の善へ立ち寄るのが習慣となった。いつもクルクルと忙しそうな女将に声をかけると、私の俳句をすらすらと暗唱し、あなたのこの俳句が大好きなのよと笑った。

 時には持ち帰りを利用し、うすやきせんべいを1袋加えたり、あんみつを加えたりして自宅でいただくこともあった。年末が近づくと、手札サイズのイラスト付きカレンダーが売られるのも楽しみだった。いくつか買い求めては、年始にお会いする方へのご挨拶に配っていたものだ。

「紀の善」のクリームあんみつ

 初めて行った時から今までの25年のうちに、身の上の変化や故郷の父の死など様々なことが起きた。心が弱り食事ができないような時、抹茶ババロアとあんみつを友人が差し入れてくれて、それだけは喉を通っていたこともある。そして疫病の流行により、誰にとっても長く苦しい季節が訪れた。

 ある日何気なくスマートフォンでTwitterのアプリを開き、紀の善閉店というトレンドが表示されたのを見つけた。嫌な予感がしてハッシュタグをタップした。そこにあったのは、公式サイトに掲載された閉店のお知らせだった。店主の高齢化や諸般の事情により、とあった。

シャッターに掲げられた紀の善閉店のお知らせ

 なんということだろう。もう女将にあの場所で会うことはできないのか。抹茶ババロアを食べることはできないのか。紀の善に行こうと思い立ち、神楽坂へと出かけていくことももうなくなってしまうのか。そういう思いが一気に巡った。

 これだけ世界と自分に変化が起きた年月、変わらずにずっとそこにあって欲しいと思うのは勝手なことだったのかもしれない。

 金木犀の香る秋晴れの1日、今までのように神楽坂下の交差点に降り立ち、坂を上った。右手に見えてきたのは、シャッターが下ろされたままの紀の善だった。暖簾もない。店頭の見本もない。入店を待つ行列もない。何よりも、女将の姿がそこにない。

閉店のお知らせを驚いて眺める人も

 しばらくそこにとどまり、目を閉じた。これまでの私の東京での人生の折々に、優しい思い出を残して下さってありがとうございました。心でそうお礼を申し上げ、行き交う人々に紛れて帰路についた。