日中関係の地政学リスク 日本の中小企業はどこまで備えるべきか
国際政治は大国間競争の時代に再突入し、対立が先鋭化しています。こうしたなか、今後、日本企業にとって舵取りが難しくなりそうな問題の1つに、中国があります。すぐ日本企業の脱中国が進むわけではありませんが、日中関係を取り巻く地政学リスクについて、国際安全保障分野の大学研究者で、海外進出企業に対して地政学リスクのアドバイス業務に従事する和田大樹さんとともに読み解きます。
国際政治は大国間競争の時代に再突入し、対立が先鋭化しています。こうしたなか、今後、日本企業にとって舵取りが難しくなりそうな問題の1つに、中国があります。すぐ日本企業の脱中国が進むわけではありませんが、日中関係を取り巻く地政学リスクについて、国際安全保障分野の大学研究者で、海外進出企業に対して地政学リスクのアドバイス業務に従事する和田大樹さんとともに読み解きます。
冷戦が終結して30年の中で、今ほどここまで大国同士の対立が先鋭化している時はあったでしょうか。
米国ではトランプ前政権以降、米中貿易戦争が激しくなり、それはバイデン政権になっても継承されています。バイデン政権は10月12日、政権の外交安全保障政策の指針となる「国家安全保障戦略」を公表し、中国を唯一の競争相手と位置付け、中国との戦略的競争を最優先する方針を改めて強調しました。
The People’s Republic of China harbors the intention and,increasingly, the capacity to reshape the international order in favor of one that tilts the global playing field to its benefit, even as the United States remains committed to managing thecompetition between our countries responsibly.
NATIONAL SECURITY STRATEGY(米ホワイトハウス公式サイト、PDF方式)
米中の経済や安全保障、宇宙やサイバー、最新技術など多方面における競争は間違いなく長期化します。
そして、ロシアによるウクライナ侵攻により、大国間対立に拍車が掛かっています。欧米とロシアの対立は冷戦以降最も激しくなり、双方の間で経済や貿易を巻き込んだ制裁の応酬が繰り広げられています。
日本も欧米と足並みをそろえ、経済を含む日露関係もこれまでになく冷え込み、それが長期化する模様です。
一方、日本企業の間では、上述のようなケースはあくまでも国際問題、政治問題であり、企業の経営や経済活動とは一線を画す、もしくは大きな影響は出ないとする対岸の火事のようなイメージが無意識のうちに先行しています。
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確かに、企業が海外展開する場合、企業が想定するリスクは労務や法務、医療や環境、経営や治安など多岐に渡り、上述のような政治分野のリスクもその1つに過ぎないかも知れません。
しかし、今日の世界では経済のグローバル化が進み、国内での市場拡大に期待が持ちにくい日本企業にとって、人口増加と経済発展は見込まれる多くの途上国は極めて重要なフロンティアとなっています。もっと言えば、日本企業の生き残りと発展のためには、今後よりいっそう競争が激しくなるグローバル経済の中で闘っていく必要があるでしょう。
そういう視点に立ち戦略的に考えれば、今後日本企業にとって舵取りが難しくなりそうな問題の1つに、中国があります。帝国データバンクが2022年9月に公表したデータによると、東海3県から中国に進出している企業の数が新型コロナウイルスの感染拡大以前と比べ8.4パーセントも減少したとされます。
欧米や日本などではウィズコロナ政策がとられる一方、中国では感染拡大を徹底的に抑えるべく、市民の生活を制限するゼロコロナ政策が取られており、それによって現地でのビジネスが難しくなったことが背景に考えられます。
ほかにも経済発展に伴い、人件費が高騰するなど労務面の問題も考えられますが、国際政治・安全保障分野の研究者として、筆者は地政学的観点からも原因が内在しているのではないかと考えています。
そして、この地政学的観点からの原因は今後もっと表面化し、それに直面する日本企業の数が増える恐れを筆者は危惧しています。
地政学的観点からの原因とは、米中対立の長期化(台湾問題含む)により、日中関係が冷え込む可能性です。当然ながら、日中双方とも関係の悪化を避けるべく、最大限対話を続け、その最小化を目指すことでしょう。
しかし、今日、そして今後の日中関係と今までのそれは大きく異なることを我々が理解する必要があります。
昔、中国は世界の工場と呼ばれ、日本が中国を経済的に支援する、中国は日本の援助を必要にするという正にウィンウィンの関係で、その時、政治や安全保障は日中関係にとって大きな問題ではありませんでした。経済支援をまずは必要としていた中国も、政治的要求はできるだけ控えていたともいえます。
しかし、21世紀に入り、中国は高い経済成長を続け、2010年過ぎにはGDPで日本を追い抜き、今日では日中の差は開く一方で中国の経済力は米国に接近し続けています。それに伴い、中国は大国としての自信をつけ、政治的要求を対外的に強調し始め、今日それが経済や安全保障の領域で大きな問題になっていることは周知の事実です。
最近では、台湾有事を巡って緊張がこれまでになく高まっていますが、仮に偶発的衝突などで本格的に有事となれば、日本は米国の軍事同盟国上、中国とは対立軸で対応することになります。そうなれば日中関係が冷え込むことは避けられず、中国から日本に対して経済的な報復措置などが講じられる可能性があります。
実際、過去に日中関係が悪化した時、中国が日本に対抗措置を取ったことがあります。
2010年9月には、尖閣諸島で中国漁船と海上保安庁の巡視船が衝突して中国人船長が逮捕されたことをきっかけに、中国は対抗措置として日本向けのレアアースの輸出規制を実施しました。
また、2005年に当時の小泉首相が靖国神社を参拝したことにより、中国では反日感情が高まり各地で日本製品の不買運動が発生し、2012年には日本政府が尖閣諸島国有化を宣言したことにより中国各地で反日デモが拡大し、パナソニックの工場やトヨタの販売店などが放火され、日系のスーパーや百貨店などが破壊や略奪の被害に遭いました。
そして、日中関係の悪化は米中対立の長期化からだけでなく、国内事情によっても助長されるかも知れません。
たとえば、最近では共産党大会を目前にした10月13日、北京市北西部にある橋で「規制ではなく自由を。嘘ではなく尊厳を。検査ではなく食糧を。領袖ではなく投票を。我々は奴隷ではなく市民である」などと赤い文字で書かれた横断幕が掲げられる画像がネット上に拡散しました。
習国家主席の3期目が決定的な共産党大会では厳重な警備体制が敷かれる中、こういった反政権的な抗議行動がみられるのは極めて異例ですが、市民の間にはゼロコロナ政策への不満というものが根強く、共産党指導部も“内”からの抵抗や反発を強く警戒しています。
こういった場合、共産党指導部は怒りや不満の矛先を変えるべく、外交・安全保障面でいっそう強硬な姿勢を示し、市民の愛国心を高めようとする行動を重視します。習氏が3期目に入るということで、政治の腐敗に不満を持つ市民は少なくないとみられますが、共産党指導部はそれを一蹴するという意味でもより強硬な対外姿勢で臨んでくることが予想されます。そうなれば、日中関係もその矛先になる可能性があります。
このような地政学的背景が、中国へ進出する日本企業の減少に拍車を掛けていると言える段階ではありませんが、筆者が中小企業のみなさんと話をしているなかで地政学的背景から中国ビジネスへ懸念を強め、これ以上の中国依存を控える動き、また、減らした中国依存をASEANなど第三国へ代替しようとする動きなどが見られます。
「人件費の高騰もあるが、台湾有事となれば中国ではビジネスがやりにくくなる」、「今後の不透明な日中関係の先行きを考慮すれば、これ以上の中国依存はリスクになる」、「日中関係が冷え込む可能性を考慮し、今のうちからサプライチェーンの再構築を考える」など意見は多様ですが、地政学リスクを懸念する企業が増えています。
一方、「中国依存を今すぐには変更できない」、「なんだかんだ日中関係で政治と経済は別だ」、「中国にとって日本が重要な経済パートナーであることは変わらないだろう」などといった声が依然として根強いことも事実です。今後の日中関係に懸念が広がるといっても、ウクライナ侵攻でロシアから撤退する外国企業が相次ぐように、それによってすぐ日本企業の脱中国が進むわけではありません。
しかし、日中関係を取り巻く地政学リスクへの企業の懸念は強まっており、中小企業にとっても大きな問題になっています。企業規模を問わず、日本企業全体として、地政学リスクを注視していく時代になってきていると筆者は強く感じます。
この問題に対処していくためには、何よりもまずは日々の世界情勢に関する情報収集が重要です。大国を取り巻く世界情勢は日々変化します。その動向に後れを取っていれば、情勢悪化のシグナルを事前に察知できず、うまく対応できなくなる場合もあります。
そして、情報収集、情報分析、情報共有を社内で徹底し、社内で危機管理コミュニティを構築する、もしくは同じように中国へ進出する他の企業と連携を強化するなど、地政学リスクに対応するための策を事前に練っておくことが必要になります。
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