目次

  1. 立ち退きの基本的な考え方
    1. 建物賃貸借の期間
    2. 立ち退きにおける正当事由
  2. 立ち退きの段取りと留意点
    1. 更新拒絶または解約申入れの書面による通知
    2. 立ち退きの交渉
  3. 賃借人が立ち退きを拒否する3つのパターンと交渉法
    1. スムーズに立ち退いてもらうための基本的な考え方
    2. よくある事例①金銭面を気にして立ち退きを拒否する場合
    3. よくある事例②次の物件探しを不安に思って立ち退きを拒否する場合
    4. よくある事例③賃借人が今の建物を気に入っていて立ち退きを拒否する場合
  4. スムーズに双方にとって合理的な解決に向かうには

 立ち退きの際、まず押さえておかければならない問題は2つあります。以下では、立ち退きを考える際の基本となる「建物賃貸借の期間」と「正当事由」の問題について解説します。

立ち退き拒否されたときの基本と代表的なパターン3つ
立ち退き拒否されたときの基本と代表的なパターン3つ(デザイン:吉田咲雪)

 賃貸人が賃貸している店舗やテナントの立ち退きを進めるために、まず確認すべきは、建物賃貸借の期間です。建物賃貸借には、期間の定めのあるものと期間の定めのないものがあります。

 実務においては、新規の契約をする際に、2年なり3年なりの契約の期間を定めるのが普通であるため「期間の定めのない賃貸借をすることはあるのか?」という疑問が生じます。しかし、期間の定めのある建物賃貸借であっても、当事者が期間満了の1年前から6カ月前までの間に相手方に対し更新をしない旨の通知などをしなかったときは、従前の契約と同一の条件で契約を更新したものとみなされます(借地借家法26条。法律の詳細についてはe-Gov法令検索というサイトで確認できます)。

 この場合、期間の定めがないものとされることから、実務においては、新規の契約をする際には契約の期間を定めたとしても、法定更新を経て期間の定めのない建物賃貸借となることが多いのです。

 なお、期間を1年未満とする建物賃貸借契約も期間の定めのない建物賃貸借とみなされます(借地借家法29条1項)。

 期間の定めのある建物賃貸借の場合の立ち退きと、期間の定めのない建物賃貸借の場合の立ち退きについて、それぞれ詳細を解説します。

①期間の定めのある建物賃貸借の立ち退き(更新の拒絶)

 期間の定めのある建物賃貸借の場合、賃貸人は、契約期間中、賃借人に対し立ち退き(更新の拒絶)を申し入れることはできません。そのため、賃貸人は、契約期間の満了を待って、契約の更新を拒絶し、立ち退きを求めることになります。この点を定めているのが、借地借家法26条です。契約期間が満了しても賃貸人及び賃借人がとくに契約の更新拒絶に動かなければ、自動的に契約は更新されます(法定更新)。

②期間の定めのない建物賃貸借の立ち退き(解約の申入れ)

 期間の定めのない建物賃貸借の場合、賃貸人は、契約期間の満了がありません。このとき、賃貸人は、賃借人に対し、いつでも賃貸借契約の解約の申入れ、立ち退きを求めることができます。この点を定めているのが、借地借家法27条です。解約の申入れの日から6カ月を経過することによって終了します。

 期間の定めのある建物賃貸借契約の更新拒絶、または期間の定めのない建物賃貸借契約の解約の申入れをするためには、正当事由が必要です。これを定めるのが、借地借家法28条であり、賃借人を保護するための最も重要な条文です。これに反する特約を賃貸借契約において定めていたとしても、賃借人に不利なものは無効です(借地借家法30条)。この点、賃借人の保護に傾いているのではないかとの意見もあります。しかし、借地借家法は、個人の生活や企業の営業の基盤を保護するものであり、その保護があるからこそ、個人や企業が安心して建物を借りることができます。そして、そうしたルールが良質な賃借人との関係をつくり、賃貸人の全体の利益につながるのです。

 以下、正当事由の判断要素について順にみていきます。

①建物の賃貸人及び賃借人が建物の使用を必要とする事情

 正当事由の判断要素は、借地借家法第28条に列挙されています。これは、長年の判例・裁判例によって積み上げられてきた判断要素を類型的に整理したものです。そこに列挙されているなかで、建物の賃貸人及び賃借人(転借人を含む)の建物の使用の必要性は、主たる事情です。この点、同条の「のほか」の言葉に含意されています。後に述べる、建物の賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及び建物の現況、並びに立ち退き料の支払は、従たる事情です。 

 賃貸人自ら当該建物で営業する必要性がでてきたとか、当該建物を取り壊してビルを建てたいとの理由だけでは、正当事由があるとはいえません。賃貸人の方からは、「貸している自分が必要としているのに、なぜ返してもらえないのか」との不満が聞かれます。

 しかし、賃貸人及び賃借人双方の建物の使用の必要性が考慮されますので、賃貸人の事情だけではなんともなりません。ただ、賃貸人について相続が発生し、その相続人が相続税の支払のために当該建物を売却することになり、その売却価額を大きくするため立ち退きを求めるような場合、立ち退き料の提供と合わせて正当事由があるとされることがあります。賃貸人において借金の支払のために当該建物を売却する場合も同様と考えることができます。

②建物の賃貸借に関する従前の経過

 賃貸借契約の締結にいたる背景・経緯は、正当事由の有無の決定的な事情となることが多いとされています。賃借人が、当該建物が近い将来取壊し予定であることを知って、賃貸借契約を締結した場合には、正当事由が認められることが多いでしょう。また、建物の敷地が定期借地であって、その定期借地の期間が満了する場合には、建物はもはや存続できないわけですから、少なくとも定期借地の期間の満了について、建物賃貸借契約の締結の当時、賃貸人が賃借人に対しその旨を説明している場合には、正当事由が認められると考えられます。

 また、賃貸借の期間中において、賃貸人または賃借人が信頼関係を壊すような行為を行った場合には、正当事由の判断の際にそれぞれに不利な要素となります。賃貸人が期間中賃借人の営業を妨害するような行為をした場合には、正当事由が認められない方向になります。これに対し、賃借人に賃料の不払い、無断転貸、建物の保全管理が劣悪な場合には、正当事由が認められる方向になります。

③建物の利用状況

 賃借人が契約の目的に従って建物を適法かつ有効に利用しているかどうかも正当事由と関係します。賃借人が建物を利用している状況がその建物の利用としてふさわしいか。ふさわしくなければ、正当事由を認める方向に向かいます。

④建物の現況

 建物そのものの物理的状況、つまり建て替えを必要とする状況にあるかどうかも正当事由と関係します。

 実務においては、建物が老朽化し、相当程度の賃料収入がない場合に、立ち退きを求めたいという欲求が生じます。他方、賃借人にとっても、建物が老朽化してくると使い勝手が悪くなるため、この建物もそろそろ退去する時期だと思うはずです。

 そこで、建物の老朽化を理由とする更新拒絶または解約の申入れは多くみられます。もっとも建物の老朽化といってもいろいろな段階があります。建物の朽廃(朽ちはてること)が迫り、倒壊の危険性があり、衛生の悪さがあるような場合には、賃貸人の自己使用の必要性がなくても直ちに正当事由が認められます。

 建物の現況は従たる事情ですが、危険な建物を放置することはできないからです。数年後に朽廃することが予想される場合には、後の立ち退き料の支払という事情とあわせて考慮して、正当事由が認められます。

 なお、耐震に問題がある場合については、本来的には、耐震工事を施せばよいので、建物の老朽化と同じように扱うことができないかと思われます。ただし、耐震工事のために過大な費用が生じるような場合には、立ち退き料の支払という従たる事情をあわせて考慮して、正当事由が認められる可能性が高くなります。

※立ち退き料の支払と正当事由に関して

 立ち退き料は、当該建物からの移転経費、借家権価格の補償、営業用の建物の場合には営業補償などが含まれますが、立ち退きにおける従たる事情です。建物の賃貸人及び賃借人が建物の使用を必要する事情について賃貸人に有利な事情がなくても、立ち退き料の支払いによって正当事由が認められる、ということではありません。

 立ち退きを進める段取りは、大きく2つの段階に分けられます。以下では、①書面による通知の段階と、②立ち退きの交渉を進める段階について解説し、それぞれの段階における留意点も説明します。

 立ち退きを進める際は、まずはじめに更新拒絶・解約申入れを行う必要があります。

 更新拒絶をする場合でも、解約申入れは書面にすることが重要です。口頭ではあいまいになるからです。

 この書面には、正当事由を記載する必要があります。そこで、賃貸人は、前述の正当事由の各要素に照らして正当事由の内容を的確に書面に記載し、賃借人に対し提示しなければなりません。正当事由については、ネットや本による情報収集もできますが、その情報が自分の立ち退きの場合に妥当するかどうかの判断は難しいので、弁護士に相談するとよいでしょう。

 その際、書面を郵送するか持参するかという問題がありますが、交渉事は誠意が大切ですので、できれば賃貸人が書面を持参するのがおすすめです。

 書面を持参または郵送すると交渉が始まります。

 交渉のポイントは、

 ⑴賃借人が立ち退きを認めるかどうか
 ⑵立ち退き料の額と提示するタイミングをどうするか

 という2点です。ただ、「⑴賃借人が立ち退きを認めるかどうか」という判断は、「⑵立ち退き料の額と提示するタイミング」とも絡んできます。本当は立ち退き料を受け取って退去したいにも関わらず、「立ち退きたくない」というスタンスで交渉に臨んでくる賃借人もいるからです。交渉がまとまらない場合は、調停及び裁判を検討することになりますが、まずは調停から入ることが多いと思います。

 実務では、正当事由が認められる事情がそろっていても立ち退き料が支払われることが多いです。なぜなら、交渉段階においてはスムーズな話し合いに導く必要があるからです。実際に賃借人が立ち退くには営業を停止しなければならず、いろいろとお金がかかることは間違いありません。立ち退きを求める賃貸人は、そのことを頭に入れて交渉に臨む必要があります。

 賃貸人が立ち退き料の額を提示するタイミングは、一つの問題です。ケースバイケースですが、同じ建物の複数のテナントに一斉に立ち退きを求めるような場合には、賃借人の公平を図るために最初から(書面による通知の段階で)、立ち退き料の額を提示することも一案です。

 なお、交渉は賃貸人自ら行うのが基本です。しかし、管理会社が入っている場合には、管理会社に交渉の連絡窓口を務めてもらうこともあるはずです。この場合、管理会社は、あくまで賃貸人の連絡窓口なので、立ち退き交渉そのもの(立ち退きの説得、立ち退き料の説明など)を管理会社に報酬を付けて委託することは、弁護士法72条(法律業務の弁護士独占)に抵触する可能性もあります。書面による通知に対し賃借人が拒絶したり、多額の立ち退き料の支払を求めてきた場合には、直ちに弁護士に相談しましょう。正当事由が認められる可能性についての説明を受けたうえで、見通しがあると判断すれば弁護士に交渉を依頼するのが適当です。

 賃借人が立ち退き拒否をする代表的なパターンは3つあります。以下では、交渉における基本的な考え方を解説しつつ、よくある立ち退き拒否の事例とその交渉方法について紹介します。

 立ち退きの交渉においては、賃貸人が更新拒絶または解約申入れのきっかけを掴むことが基本となります。そのきっかけが賃借人にとって自然かつ納得できるものであれば、賃貸人の説明や説得を待つまでもなく、賃借人はスムーズに立ち退いてくれます。

 建物の現況、とくに老朽化は、賃借人にとっても納得感があるきっかけとなります。また、複数のテナントがいるビルディングにおいて、すでにいくつかの賃借人が退去している場合はいいタイミングです。さらに、賃借人に賃貸借契約で定めた用法の違反、無断転貸などの契約違反があれば、これを捉えるとスムーズに立ち退いてもらいやすいです。仮に用法の違反などが解除事由としては認められないとしても、その交渉のなかで一定額の立ち退き料を支払えば立ち退きを進めやすいです。

 いずれにしても立ち退きは賃借人の営業に大きな影響を与えます。賃借人の立場に立ってみて、立ち退きを拒否する理由を考えながら、対策を立てて交渉を進めることが大切です。

 金銭的な問題は、立ち退きを拒否する代表的な理由の一つです。

 賃借人が時々賃料の支払を遅延する場合、または遅延し2カ月分をまとめて支払うような場合は、賃借人の営業がうまくいっていない可能性が高いです。このようなタイミングで賃貸人が更新拒絶または解約申入れをすれば、賃借人の立ち退きを前提として、スムーズに交渉に入れるでしょう。

 営業がうまくいっていない賃借人は金銭を気にしている場合が多いです。そのため賃貸人としては、明渡し合意成立から一定期間の賃料の支払義務の免除、敷金の返還義務の免除、立ち退き料の支払などの金銭面でのインセンティブを提供することでスムーズな話合いによる立ち退きを実現することができます。

 立ち退き後の物件探しを不安に思う賃借人が立ち退きを拒否するパターンもあります。

 当該建物のある地での賃借人の営業がうまくいっている場合、とくに店舗のような一般の人の集客を求めるような場合には、賃借人はその地で同様の店舗が欲しくなります。その際、賃借人にとって次の物件探しが重要なテーマとなります。

 こうした事例では次の物件探しに協力することでスムーズな立ち退きができると考え、物件探しに協力する賃貸人もいます。しかし、実際の経験からすると、賃貸人が不動産業者にお願いしていろいろな物件情報を探して提供しても賃借人は決めてはくれないことが多く、こうした賃貸人の努力は上手くいかないことが多いです。

 店舗を運営する賃借人にとって、物件は営業の基盤であり、こだわって決めたいと思うのは自然なことなので、協力するにしても、物件探しは賃借人の仕事であると心に決めましょう。これを踏まえて、明渡し合意成立から実際の明渡しまでの時間的猶予を長くしたり、立ち退き料などの他の条件で交渉することが大切です。

 賃借人が今の建物を気に入っているケースも、立ち退き拒否の代表的な事例です。

 このような場合、はっきりと正当事由が認められる事情がなければ、立ち退きを求めることができません。また、賃借人も通知当初から「立ち退かない!」との姿勢を明確にしてくることも多いです。過去に私が担当した案件のなかでも、賃借人が当該建物での営業に満足しており、「絶対に立ち退かない」と宣言していたこともありました。

 しかし、その事例も、相当程度の立ち退き料の支払を条件に明渡しの合意をすることができました。「今の建物が気に入っているから立ち退くつもりはない」といわれてもあきらめるのではなく、賃借人の真意を探り、粘り強く交渉するとよいです。

 なお、都心の一等地のテナントビルディングの建替えに伴う立ち退きの場合には、新ビルへの再入居を確約することで当該建物からの立ち退きを求めることもできます。

 インターネットなどの情報があふれている現代といえでも、正当事由の意味や判断方法、明渡し交渉の実務を正しく理解している人は少ないです。

 賃貸人のなかには、「自分が利用する必要があるのだから、賃借人は当然出ていくべきだ」と考え、正当事由の有無について慎重に検討しないで更新拒絶や解約申入れをする人もいます。

 賃借人についても、「借地人は保護されるからYESといわない限り立ち退きはできない」とか「高額な立ち退き料をもらってしかるべきだ」と思っている人もいます。

 立ち退きに関する借地借家法のルールは明確にあり、これに関する膨大な裁判例も積み重なっています。賃貸人と賃借人とがその内容を理解すれば、双方にとって合理的な解決がスムーズに図れると思います。