リスクアセスメントとは?実施事例とともに考える意味・目的・進め方
リスクアセスメントとは、職場内での労働災害や従業員への健康被害を及ぼすリスクを抽出・評価し、対策を施すことです。経営者が従業員の安全を守るための手法の一つとして知られています。本記事では、リスクアセスメントの目的や導入効果、進め方などについて、製造業界の専門家が解説します。
リスクアセスメントとは、職場内での労働災害や従業員への健康被害を及ぼすリスクを抽出・評価し、対策を施すことです。経営者が従業員の安全を守るための手法の一つとして知られています。本記事では、リスクアセスメントの目的や導入効果、進め方などについて、製造業界の専門家が解説します。
目次
リスクアセスメントとは、職場で発生する恐れのある事故を事前に抽出・評価して、リスクの重要度や影響度に応じた防止対策を立案・実行することです。
「リスク」という言葉には、「危険、将来悪いことが起こる可能性」といった意味があります。経営上のリスクには、「財務リスク」や「コンプライアンスリスク」などさまざまなものがありますが、リスクアセスメントでは、職場において人が死傷してしまう事故が起こる可能性を指す「事故リスク」に着目しています。
「アセスメント」は、日本語で「調査、評価、査定」といった意味で、人やものなどを客観的な視点で分析・評価するということです。
そのため、リスクアセスメントは「職場に潜んでいる、従業員などに危害が及ぶ危険性を調査し、評価する」という意味で用いられています。ただし、調査・評価だけでは労働災害の発生防止にはつながらないため、リスクの影響度、発生頻度を下げるための対策を立案し、実施することまでがリスクアセスメントに含まれています。
リスクアセスメントの目的は、職場や従業員の業務などに潜むリスクを抽出・評価し、労働災害や健康障害などが発生する要因をできるだけ取り除き、従業員が安全に働ける環境を整えることです。
厚生労働省によると、2021年の労働災害による死亡者数は867人と4年ぶりに増加し、死傷者数(休業4日以上となる被害)については14万9,918人にのぼっており、1998年以降で最多を記録しています(参照:令和3年の労働災害発生状況を公表丨厚生労働省)。
こうした状況を受けて、「第14次労働災害防止計画」では、「2027年までの死亡災害5%減、死傷者数減少への転換」という目標が掲げられています(参照:第14次労働災害防止計画丨厚生労働省 )。
労働災害の発生や影響を少しでも減らすためには、職場に潜んでいるリスクを明らかにし、人の身に危険が及ばないレベルである「許容限度内のリスク」まで低減させる方策を練って実行することが大切です。
そのためには、経営者はもちろんのこと、従業員もリスクアセスメントに対して真摯に向き合わなければなりません。
経営者の向き合い方 | 従業員の向き合い方 |
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「労働安全衛生法」によって従業員の安全と衛生を守る義務があるため、リスクアセスメントを行ったうえで従業員が働く職場の安全を確保する必要がある | 会社側が行うリスクアセスメントに積極的に参加し、特定の作業や日常業務で感じているリスクについて指摘する必要がある。また、リスクアセスメントの結果として定められた防災対策などの施策を守る義務も果たさなければならない |
リスクアセスメントは、労働安全衛生法第28条の2における「危険性又は有害性等の調査及びその結果に基づく措置」で、調査の実施と、防災など各種措置の実行が努力義務として定められています。
また、リスクアセスメントを効果的に進めるために「危険性又は有害性等の調査等に関する指針」においては、調査の実施内容や体制、調査対象の選定、リスクの見積もり、低減措置などについて公表されています。
リスクアセスメントの指針については、化学物質などの使用(参照:化学物質等による危険性又は有害性等の調査等に関する指針)や機械・設備の製造や使用(参照:機械の包括的な安全基準に関する指針)によって個別の指針が公表されているので、自社の業態によって参考とする指針を選びましょう。
リスクアセスメントを行うことで、経営においては大きく4つのメリットがあります。
リスクアセスメントを適切に行うことによって、従業員の生命や健康に影響を及ぼす重大な事故の発生を減らすことができます。
たとえば、製造設備に安全のためのエリアセンサを導入したとしても、従業員がセンサを切って作業をしてしまえば、安全装置の意味がなくなり被災する恐れがあります。
しかし、リスクアセスメントを行って「エリアセンサが意図的に停められる」というリスクを抽出していれば、センサ停止システムの見直し、「センサの停止禁止」といった注意書きの表示、作業前の指差し呼称の徹底といった対策を施すことができ、事故の発生を減らせるでしょう。
リスクアセスメントを行うことでリスクを明確にできることはもちろん、社内で起こりうるリスクも共有できます。
一般的に、職場や作業のリスク抽出を行って対策方針などを決めた後は、関係部署にリスクアセスメントの結果を回覧するなどして共有を行います。その結果から、災害や健康被害が発生する可能性がある場所に抽出結果を継続的に掲示しておくことで、注意喚起につなげることができます。
職場での事故を完全に無くすことは不可能といえますが、リスクアセスメントによってリスクの重要度が分析できれば、対策を施す優先順位づけができます。
リスクは際限なく抽出できますが、すべてのリスクに対応することは金銭面・人的コスト面などからも現実的に難しい問題です。
そのため、まずは従業員の死亡災害や重度の健康障害につながるようなリスクへの対策を優先します。発生頻度が低く、従業員の健康に与える影響が小さいならば、暫定的な処置を施しつつ、経過観察をして改めて対策を施すといった判断も必要です。
また、危険性・有害性のリスクを下げられないならば、作業や設備の導入中止といった決断をしなければならず、その判断基準としてもリスクアセスメントは役に立ちます。
リスクアセスメントに積極的に参加させることで、従業員の安全意識を高めることもできます。
たとえば、職場に新しく断裁器具を導入するならば、リスクアセスメントは器具を導入する担当者が主体的に行い、器具使用予定の部署や設置場所で日常的に業務を行うメンバーなどが参加をすることで、器具のリスクについて考えるきっかけとなり、結果として参加者の安全意識を高めることにつながります。
なお、リスクアセスメントに参加していないメンバーには、結果を回覧したり、他に潜在リスクがないか意見を集めたりすることで、従業員が一丸となって安全活動に取り組めるようになります。
リスクアセスメントは、厚生労働省で定められた指針などから、基本的な手順に沿って行わなければ期待した効果を得られません。ここでは、リスクアセスメントの具体的なステップを紹介します。
リスクアセスメントの対象となる職場や作業、設備について、想定される危険性や有害性を抽出していきます。
注意点として「有害な化学物質の使用」などわかりやすいものだけに目を向けるのではなく、「人間は間違いを起こす(ヒューマンエラー)」「機械は故障する」といった考えを念頭において、作業全体の流れを確認しながら工程ごとにリスクを抽出しましょう。
リスク特定の際には、厚生労働省の『作業別モデル対策シート』の利用、作業従事者への聞き取り、模擬作業を行い参加者同士で危険な点を指摘し合うなどの方法があります。
また、作業をする場所や作業従事者はもちろんですが、事故や災害で健康被害などを受ける恐れがあるその他の場所、通行人を予測するなど、視野を広げて危険性や有害性を抽出することも大切です。
①で特定されたリスクが発生する「頻度」や「可能性」、発生したことによって従業員に与える怪我や疾病などの健康障害の「重篤度」などを見積もります。
見積もりについては各社で判断基準を決める必要があります。担当者だけでなく、客観的な視点を持つことができるよう各部署から複数人が参加をして、現場の状況を想定しながら行いましょう。
マネジメント層だけでなく、実際に現場環境や作業などに詳しい人物を参加させることが大切であり、過去の類似作業のリスクアセスメント結果や労働災害事例を参考にすることも有効です。
なお、リスクの見積もりは「マトリックス式」と「加算式」で行うのが一般的です。
リスクによる「重篤度」と「発生可能性」をマトリックス形式で組み合わせることで数値化し、対策の必要性を判断します。たとえば、3段階評価ならば以下のようになります。
この場合、「1:現状継続」「2:要改善」「3:即時改善」と判断します。もちろん、重篤度や発生可能性をさらに細分化して、4段階評価にするなどの対応もできます。
リスクによる「重篤度」と「発生可能性」をそれぞれ別々に評価し、加算した合計点数で対策の必要性を判断する方法です。
マトリックス式と同様に、評価項目や評価点を細分化して優先度の分類をⅣ〜Ⅴまで増やす方法もできます。また、作業頻度が高いものを分析する際には、発生可能性を「頻度」と「可能性」に分割し、3つの数値の合算で判断することもあります。
また、加算式の類似方法として、重篤度と発生可能性の評価点を乗じる「乗算式」もあります。
リスクの見積もりで算出した優先度に沿って、危険性や有害性を低減するための措置を検討します。
リスク要因をすべて取り除くことが理想ですが、難しい場合は以下の優先順位で方策を検討しましょう。
(1)本質的な対策 | ・危険度の高い作業の廃止や作業内容の見直し ・危険度の高い原材料や使用器具の変更 |
(2)工学的な対策 | ・安全装置(インターロック、エリアセンサなど)や、有害物質が発生する作業場に局所排気装置など設備の導入・設置 |
(3)管理面での対策 | ・「作業標準書(作業や機械操作の手順などをまとめた書類)」の整備 ・作業者へ教育訓練を行い、ライセンス制にする ・立入制限などの注意書きを行う |
(4)各個人での保護具使用 | ・作業者へゴーグルやマスク、防護手袋、防護服といった保護具の使用徹底 |
対策すべき措置が決まったら、リスクアセスメントの担当者が主導しながら、優先度に従って対策を施していきます。
リスク低減措置は計画通りに実施できるとは限りません。実施上の問題が発生した場合は、速やかに代替案なども含めて関係部署に提案・説明し、改めて承認を得る必要があります。
リスク低減措置の実施まで終了したら、まず参加者に、そして関係部署に、実施した対策やその結果などについて説明を行います。その後、社内で実際にどのようなリスクが潜んでいるのかを周知し、安全意識を高めるためにも、社内全体へ結果を共有する流れがおすすめです。
リスクアセスメントは、事故や災害を未然に防ぐために行う手法ですが、完璧な対策はありません。実際に作業が開始されて以降も経過観察を行い、現場の意見を集めながら、さらなる対策が必要か否かを判断していきます。
リスクアセスメントシートとは、リスクアセスメントを手順に沿って効果的に実施するうえで欠かせないシートであり、同時に記録表としての役割を果たしています。
内容としては、分析・評価対象となる作業や導入した設備などの名称、それらに関連する部署の記載から、リスクの見積もり結果や対策の優先度評価、そして導入・実施した安全対策結果までをまとめます。
リスクアセスメントシートを作るメリットは、職場に潜んでいるリスクを可視化でき、抽出されたリスクの重篤度や発生確率はもちろん、施された対策などについて読み手がひと目で理解できる点です。
リスクアセスメントは、ただ流れに沿って実行すればいいわけではありません。実施結果を記録として残して関係部署内で共有するのはもちろん、自社の安全衛生活動のノウハウとして蓄積し、将来的に類似作業を行ったり、新しい設備を導入したりする際などに役立てなければいけません。
また、リスクアセスメントシートを作ることで、実施結果の蓄積によるノウハウの継承、フォーマット化による進め方の錯乱防止や生産性の向上などが期待できます。
リスクアセスメントシートの作成方法に決まりはありませんが、リスクアセスメントのステップに沿って必要十分な情報を記入できるフォーマットの作成が基本となっています。
厚生労働省が公開している「リスクアセスメント記録表(.xls 41.0KB)」がわかりやすくまとまっているため、そちらを参考に作り方を解説します。
まずは、リスクアセスメントの対象となる作業名(事業名)や実施年月日、実施する部署、担当者名などをシートに記載して責任部署を明確にします。
加えて、担当部署以外にリスクアセスメントに参加した人の部署名や氏名も記載しましょう。
次に、リスク見積もりを行う際の基準点について、点数はもちろん判断基準をシートに記載します。
参考事例は、「①頻度」「②可能性」「③重篤度」についての点数配分と、その3つから加算法によって「④リスクレベル」を判断し、対策の優先順位を決めるという形式です。
➀頻度(作業者が危険性・有害性に近づく頻度)
➁可能性(作業者が危険性・有害性に近づいたときに、けがや疾病となる可能性)
③重篤度(危険性・有害性によって発生する、けがや疾病の重篤度)
④リスクレベル(頻度+可能性+重篤=点数)
自社の業態によって基準点を変えるのはもちろん、作業内容によっては「②可能性」と「③重篤度」のみで評価する方法もあります。なにより、リスクアセスメントの評価基準を社内で統一し、実施者によって判断基準が変わらないようにすることが大切です。
リスクアセスメントで評価する作業の流れに沿って、作業名や想定される災害の内容、リスク見積もりなどの結果、さらに、既にその作業に災害防止対策が施されているならば、その旨をあわせてシートに記載します。
リスク評価によって低減措置が必要と判断された作業については、リスク低減措置案と、その措置によってリスクの低下がどれほど想定できるかを記載しましょう。
リスクアセスメントは、職場の安全を守るためにさまざまな業界・業種で行われています。代表的な業界や身近な業種に着目して、リスクアセスメントの事例を紹介します。
リスクアセスメントを行う代表的な業界の一つが製造業です。さまざまな機械設備を使用し、ものを作るうえでの作業が多く、危険物の取り扱いも少なくないため、労働災害の発生確率が高いのはもちろん重篤化しやすいという特徴があります。
製造業でよく注目されるリスクには、高所からの転落や転倒、機械へのはさまれや巻き込まれなど多種多様ですが、製造業全体として類似作業も多いため、リスクアセスメントの事例が豊富です。
リスクアセスメントは新しい設備の導入や工事、作業の導入・変更時はもちろん、日常業務にいたるまで事細かに実施されています。実施の際には、固定観念を捨て、関係者を広く集めてリスクを抽出し、実施結果の共有や危険箇所の表示などによって、従業員はもちろん職場に立ち入る外部者への注意喚起も欠かせません。
建設業は高所作業や重量物の運搬、大型重機の使用、さまざまな工具を使用した作業などもあるため、発生するリスクには転落や転倒、激突、工具による怪我などがあります。また、委託元から困難な工事期間が設定されることもあり、2024年から完全週休2日での工事が義務付けられているとはいえ、作業員が休みにくく体調管理がしにくい環境にあるともいえます。
建設現場によっては、元請業者だけでなく複数の下請業者が関わることも少なくないため、各作業単体のリスクアセスメントだけでなく、他の作業と重複して実施される場合のリスクについても想定する必要があります。
なお、リスクアセスメントの担当者は、建設工事の予定段階からスケジュールとともに実施作業を網羅し、作業者への周知や安全教育を行わなければいけません。
事務作業はどの業界でも一般的に行われている作業ですが、労働災害や健康被害が軽視されやすく、リスクアセスメントが行われにくいという特徴があります。しかし、職場ではシュレッダーなどの機械設備やカッターやハサミといった刃物も使用するため、巻き込まれや切断、切れ擦れといったリスクが潜んでいます。
一般的な対応としては、事務作業に使用する器具などを中心にリスクアセスメントを行い、作業自体を無くす、作業に使用する器具を安全対策品に交換する、注意喚起の表示をするといったリスク低減対策が実施されています。
また、職場環境に着目することも重要であり、労働時間や休日日数といった法的規制を満たすことはもちろんですが、事務所内の広さや明るさ、冷暖房器具の設置・使用、騒音、ケーブルの位置など、作業者への健康被害につながるようなリスクを抽出します。
リスクアセスメントは、職場で起こる可能性のある事故や健康被害などを抽出・評価し、優先順位を決めたうえでリスク低減対策の立案と実行をすることです。
経営者は従業員の安全を守る義務があるため、労働災害や有毒物質などによる健康被害にあうことを防ぐために、職場の安全環境を整えなければいけません。会社によって職場環境はさまざまですが、他社事例なども参考にしつつ、リスクアセスメントを繰り返しながら安全対策のノウハウを蓄積していく姿勢も大切です。
リスクアセスメントの重要性は理解できても、初めて行う際にはどう進めればいいか迷ってしまうこともあるでしょう。その場合は、厚生労働省より「化学物質のリスクアセスメント実施支援」の各種支援ツールで提供されている、「業種別のリスクアセスメントシート」や「作業別モデル対策シート」などを活用しながら取り組んでみましょう。
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