本社と現場の“壁”壊すには?豊和工業4代目は「ガチ面談」で改善点探る
地上にある電線を地中に埋める、土木工事の施工管理を専業とする「豊和工業」(東京都大田区)。4代目の村上圭さんは入社当時に感じた本社と現場の間の「壁」を取り払うため、従業員全員と「ガチ面談」を実施。そこで見えてきたコミュニケーション不足、若手が育ちにくいといった問題の解決に取り組んでいます。
地上にある電線を地中に埋める、土木工事の施工管理を専業とする「豊和工業」(東京都大田区)。4代目の村上圭さんは入社当時に感じた本社と現場の間の「壁」を取り払うため、従業員全員と「ガチ面談」を実施。そこで見えてきたコミュニケーション不足、若手が育ちにくいといった問題の解決に取り組んでいます。
目次
豊和工業は飛島組(現、飛島建設)で働いた後に衆議院議員となり、建設大臣などを務めた村上さんの曾祖父である村上勇さんと、同じく親族の原新治さんが、東京電力(現、東京電力パワーグリッド)の地中線土木工事の専門業者として、1965年に設立しました。
元々は故郷の大分県で、ダム・トンネル工事などを手がける村上建設を経営していましたが、今後長きにわたり地上の電線を埋めていくことが国策であったこと。土木+電力関連の工事は参入障壁が高くライバルが少ないことから、東京への進出にあわせて参入を決めたそうです。
実際、景気に左右されることなく粛々と事業を継続。創業から顧客も事業内容も変わらず、現在に至ります。
村上さんは「正直、会社がどのような事業をやっているか知りませんでした。また、敷かれたレールに乗りたくないとの思いもあり、絶対に家業には入りたくない。そう、思っていました」と振り返ります。
ところが、社会人となってから6年ほどすると、祖父の村上禎さんから総務などの本社機能がうまくいっていないから家業に戻って手伝ってもらいたい、との連絡を受けます。
仕事は楽しく充実していましたが、いま自分が元気でいるのは村上家があったからこそ。こう考えて、家業に入る決断をします。
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入社すると本社機能以外の課題に気づきます。現場工事部門と本社部門のコミュニケーション不足です。
「中小企業というと、みんながワイワイと一体となって働いているイメージを抱いていたのですが、本社からのトップダウンな指示を、現場は常に不満を持ちながら実行する、という雰囲気を感じました。本社へ異動してからは特に、現場は自分たちを守る、本社は現場を監視し規制するというように、まるで本社と現場が違う会社で働いているようでした」
祖父や当時の社長もこうした状況を把握しており、親族以外の寺本真太郎さん(現、取締役会長)をトップに抜擢し、改善を図ろうとします。
「寺本と2人で話しながら、会社に新しい風を吹かせようと意気込んでいました」
まず、役員と部長および技術顧問以外の30人とそれぞれ1時間半ほどの、村上さんいわく“ガチ面談”を実施。悩みや課題、導入してほしい制度やツールなどについて聞きました。総面談時間は45時間にも及びました。
面談のなかでは、本社が何をやっているのかわからず自分たちだけ働かされているように感じる、という課題が現場から出てきました。
そのため、スケジュール管理やコミュニケーションツールとして、社内SNSがあったほうが良いのではという意見があがりました。そこで、サイボウズOfficeを導入しました。
勤続30年以上という現場メンバーは、「以前は資材置き場になかったら誰がどこで使っているのか。電話をかけて確認するため面倒でしたが、今は簡単に確認できるようになりました」と成果を話します。
一方、本社がどのような業務をしているのか。サイボウズを介することで現場メンバーが把握できるようになったことも大きいと、村上さんは言います。
また、以前は紙の図面であったため、雨や夜の現場では見づらかったり、多くの作業員が見ると1日でボロボロになっていたりしていましたが、クラウド、iPadで電子化しました。先ほどの現場メンバーは「荷物も減り楽になりました」とメリットを口にします。
そのほかでも、電子黒板機能を備えた「蔵衛門」というソフトウェアを使うことで、現場の進捗状況の整理や報告業務を削減しました。勤怠アプリでは、社員一人ひとりの労働時間や休暇日数を見える化したところ、有給取得は10.2日から11.3日に。代休の取得も2.4日から2.9日とそれぞれアップしました。
そのほか現場からの信頼の厚い寺本社長の考えであることを強調すること、かつ強要しないことで、現場メンバーへのスムーズな浸透を図ったといいます。導入当初、年配メンバーはITツールを敬遠していましたが、若手メンバーが使い始めて便利なことが分かると、次第に使うようになったそうです。
「実際、本社主導ということはありません。あくまで現場の業務が効率化することが目的ですから」
人材育成に関しては、若手が育たない、すぐに辞めるので指導する意味がない、などの意見が上がりました。確かに「仕事は現場で覚えるもの」という考えが元々根強く、研修もそこそこに現場に即配属していました。
「現場経験が無いとスキルアップできませんが、未経験者が自ら習得していくにはハードルが高い職種です。配属現場によっては現場条件により指導の時間が無く、何も教えられずまた専門用語が飛び交う中で取り残された気持ちになってしまいます。そのため、仕事の面白さを知る前に退職するケースもありました」
また、育成を意識した配属をしないと、メインとなる事業ではなく、特殊な工種の現場にしか配属されなかったこともありました。このほか、部下に任せずにベテランが仕事すべてやってしまっていた、といった事例もありました。
そこで、2019年に技術安全部人材育成課(現在は人材育成部)を設立し、新卒採用への注力も含め、新卒研修から1年ごとの詳細な人材育成スキームならびに、明確なキャリアパスを設計します。
1ヵ月半に及ぶ座学・実技研修、3週間の仮配属研修、最後に1週間の振り返り研修といった計2ヵ月半ほどの研修プランをつくりました。また、5段階に分けたキャリアプランシートを作成し5年目までに習得を目標とし、半年に1度面談を行い、本人、先輩社員、本社人材育成部の三方向評価を行います。
村上さんは「キャリアプランが明確になることで本人のモチベーションアップになり、また成長するための土台を作ることでその後の成長スピードが格段にアップしました」と話します。
キャリアパスは、新規採用に向けて求職者にキャリアプランを描いてもらうためにつくっています。そして入社後にも自分がその階段を登っているのかどうか改めて確認してもらう目的もあります。
キャリアパスの見える化で、それぞれが自らのキャリアプランを描きやすくなり、モチベーションアップ、離職率の低下につながりました。新卒採用を始めて4年たち、その間に20~30代の社員を16人採用しましたが、家庭の事情などを除いて離職する若手はほとんどいなくなりました。
定着が進むなかで、従業員数は44人にまで増えました。
土木業界はいまだに男性社会とのイメージが根強いと村上さん。一方で社会インフラという観点から女性でも興味を持っている人は多いといいます。そこで女性が働きやすい環境を整備するなど従来のイメージを払拭すれば、女性も来てくれる。新たな戦力になるのではないか、と考えるようになりました。
こんな考えを、採用を任せていたエージェント、実際に面談を行った女性求職者に語っていきます。そして、本社部門での採用を実現します。
技術者の採用も進めるときには、ちょうど社屋が建て替えの時期を迎えていたため、新しく採用した女性メンバーの意見なども参考にしました。
女性専用のトイレ、シャワールーム、洗濯機などに加え、間接照明も備え、社内には常にアロマが漂うようにしました。アロマについては若手や女性が持つ土木会社へのイメージを変えることだけでなく「帰属意識を高める狙いがある」 と村上さんは話します。
「家や人って、それぞれ独特の香りがありますよね。その独特感を会社に戻ってきたときに、感じてもらいたいと考えました。だからあえてオリジナルで作っています」
女性は事務員も含めると6人に増え、新た効果も生まれているそうです。社内清掃が以前よりも徹底されるようになり、衛生面が整いました。本社にいる際にはきれいな作業着を着たり、髪型や臭いなどを男性社員が気を遣ったりするようにもなりました。
本社、現場問わず、荒い言葉が飛び交わなくなり、協力会社の社員も含め、全体的にマイルドになったそうです。
女性社員に話を聞くと、清潔でおしゃれな社屋は魅力的ではあるそうですが、「社会インフラ事業に携わっていること。女性という枠や属性ではなくあくまで1人の従業員として接する会社全体の雰囲気が入社の決め手です」と話しました。
小学生のころからサッカーに励み、高校時代にはキーパーとして東京都の選抜メンバーにも選ばれたことがあるという村上さん。キャプテンを務めたことも多く、社会人となってからは子どもたちに教える立場でもあったそうです。
経営者となってからは、現場と本社のコミュニケーションをより深めようと、本社のメンバーだけで行っていた会議に、現場のトップメンバー3人を加え、経営方針などが現場まで浸透することを狙います。
経営セミナーに参加したり、多くの先輩経営者に会ったりするなかで「経営者は1人では何もできない。従業員一人ひとりの長所を見極め、伸ばす。環境づくりも含め、サポートすることが役割だ」との考えがかたまっていきます。
そのためITの導入や人事制度の設計では、それぞれ得意なメンバーに任せたそうです。村上さんの考えは曾祖父 が残した「建設人和」という言葉にも合致します。建設工事は1人ではできない。いろいろな業者や作業員の力が合わさり、実現できるとの考えです。
代表になってからそろそろ1年。社訓など、自身の思いや考えを明文化した「HOUWA SPIRIT」とのポケットブックを作成し、社員へ共有。2030年には現在の倍の仕事量の獲得を目指します。
「優秀なメンバーはそろっています。それぞれの長所を最大限活用するには、どのような環境や役割に置くのがよいのか。好きな業務を担当することで、結果として個々がパフォーマンスを発揮し、会社全体の業績もアップ。その分を社員に還元する。このようなプラスのリサイクルをまわすことで、社員の生活水準の向上も含めた人生の幸せを実現していくことが私の願いであり、役割だと考えています」
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