タイパに逆行する新宿の純喫茶 コロナ禍でも軸ぶらさぬ但馬屋珈琲店3代目
新宿西口にある、思い出横丁は、戦後の闇市にルーツを持つ飲み屋街です。酔客の名残が消えぬ朝、創業1945年の但馬屋珈琲店からコーヒー豆を焙煎する香りが漂います。戦後、雑貨の小売店として発足し、1964年に業態変更して以来、営業を続けてきた老舗の純喫茶をコロナ禍が襲います。それでも3代目の倉田光敏さんは「大人のひととき 通の味」というコンセプトをぶらさず、ファンを大切にする戦略で業績を伸ばしました。
新宿西口にある、思い出横丁は、戦後の闇市にルーツを持つ飲み屋街です。酔客の名残が消えぬ朝、創業1945年の但馬屋珈琲店からコーヒー豆を焙煎する香りが漂います。戦後、雑貨の小売店として発足し、1964年に業態変更して以来、営業を続けてきた老舗の純喫茶をコロナ禍が襲います。それでも3代目の倉田光敏さんは「大人のひととき 通の味」というコンセプトをぶらさず、ファンを大切にする戦略で業績を伸ばしました。
目次
但馬屋珈琲店は、コーヒー生豆を自家焙煎し、ネルドリップで1杯ずつ時間をかけて淹れた1杯830円以上のコーヒーで知られています。
提供するのはひとりひとり異なる1客数万円の高級カップ&ソーサー。コスパ(コストパフォーマンス)・タイパ(タイムパフォーマンス)時代を逆行するかのようなサービスを続けてきました。
店を経営するイナバ商事3代目代表の倉田光敏さんは歴史を振り返ります。
「祖父が経営していた喫茶店を、1987年に現在の高級路線に方向転換したのは父です。美術品や骨董品の造詣が深く、アーティストとの交流もありましたので、そこからインスピレーションを得たのかもしれません。当時、1客1客デザインが異なるカップを100客もそろえているお店は少なかったと聞いています」
それが支持されて、現在、但馬屋系列店は、本店を含めて新宿に2店、吉祥寺に1店、池袋に1店を運営しています。
「私たちは新宿の隆盛とともに歩んできました。祖父も父も町内会の行事に積極的に参加し、新宿の街を心から愛している。『新宿には文化が薫り、憩いの場である喫茶店が必要』 という思いもあったんでしょうね」
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現在の建物は、1987年にリニューアルしています。大正時代の建築を思わせる、瓦を使ったファサードと、木組みや白壁が特徴です。店内も照明の光はなるべくおさえ、壁の陰影と木のカウンターで、居心地の良さを追求しています。
「この場所でずっとコーヒーを提供し続けてきたから、新宿を代表する喫茶店の末席に加えていただいたのでしょう。2023年5月に開業した、東急歌舞伎町タワーにあるライフスタイルホテル『HOTEL GROOVE SHINJUKU, A PARKROYAL Hotel』の全室で、私たちのオリジナルブレンド&オリジナルドリップバッグコーヒーをお楽しみいただいています。これまで積み上げてきた実績を、次の時代につなげるために、私の代で家業から企業に成長させたいという思いを強くしました」
喫茶店を取り巻く環境は厳しいのが現状です。東京商工リサーチは、「2021年の喫茶店の休廃業・解散が過去最多の100軒だった」と発表しました。
全日本コーヒー協会の資料(PDF方式)でも、「1981年に15万4630店あった喫茶店は、2016年には6万7198店にまで減少」というデータもあります。
人口は減り続け、来客数を増やすことは難しく、但馬屋珈琲店は居心地の良さを提供しているから、安易に回転率を上げるわけにもいきません。
打開したのは、前職で学んだ営業力と効率化でした。
「私は大学卒業後、食品メーカー勤務を経て、2015年30歳のときに但馬屋珈琲店を運営するイナバ商事株式会社に入りました。入社して財務三表(貸借対照表、損益計算書、キャッシュフロー計算書)を見ましたが、これは厳しいと危機感を覚えます。日本経済が右肩上がりの時代だから何とかなっていましたが、今後は立ちいかなくなると感じたのです」
ちょうど入社時には、タイミングが悪く、ピーク時の7店から5店に減り、さらにビルの老朽化で2店をたたまねばなりませんでした。
「その時に、力を入れたのは、新規事業の立ち上げです。但馬屋珈琲店は歴史があり、ファンの方も支持してくださっている。どこでもウチのコーヒーが楽しめるように、それまでになかったドリップバッグコーヒーの卸売をはじめたのです」
当然、反対もありましたが「店の知名度を高めたい。コーヒーのすそ野を広げたい」という一心で、自ら小売店に商品を売り込みに行きました。2023年現在、高級スーパーをはじめ、600店舗以上まで取引先が広がりました。
また、知名度を上げるために、宿泊施設、雑貨ブランド、新宿区の企業とのコラボについても、企画を持ち込み実現していきました。
「今では、多様な販売チャネルで私たちのコーヒーを飲んでくださった方が、お店に来てくださるなど広がっていくことを感じています」
このドリップバッグに使っているコーヒー豆は本店の店舗内にある2台の小型コーヒー焙煎機で作っています。本店の焙煎機は、新宿本店の技術者と作り上げた、当店独自の一台で、オリジナルの味わいを生み出しています。
効率化については、売り上げデータを分析し、作業工数も含め総合的に精査することから始めました。私が入るまでは、売り上げを手作業で管理していたのですが、「何が・いつ・いくらで・売れたのか」という販売情報を集積するために、POSレジを導入。
これをベースにスタッフのシフトを組み、不人気なメニューを排除。在庫ロスを抑え、作業とスペースの効率化につなげました。
2015年以前は、コンビニエンスストアのワンコインコーヒー、海外の人気コーヒーチェーンの拡大、ライフスタイルの変化、店舗数の減少で売り上げは落ちました。その後、新宿駅南口店(2023年7月閉店)、吉祥寺に出店し、5店まで戻し、売上高を回復させました。
家業に入って、3年目あたりから、倉田さんには順調に業績を伸ばている手ごたえがありました。しかし、2020年にコロナ禍が襲います。
「2020年1月は、全店舗で前年比を上回る売り上げを記録。しかし、1月末に新型コロナウィルスが未知のウィルスという認知の広まりとともに、売り上げが激減。この時は、今後の会社経営への不安から、恐怖に襲われる日々でした」
当時、倉田さんは代表就任前でしたが、経営の陣頭指揮をとっていました。60人以上の従業員の生活を守る重圧、店の継続をどうすべきか、“打てる手は全て打つ”と腹をくくり、金融機関からの借り入れをしたのです。
早い段階で、金策のめどが立ち、従業員に「会社として、全従業員の雇用は守る」というメッセージを発信。それと同時に、大家との家賃交渉などもしました。
「あの時は、新宿の街が感染拡大の震源地のように喧伝され、私たち飲食店は不要不急の産業扱い。あの悔しさは、絶対に忘れず、今後の糧にすると決意を強くしました」
但馬屋珈琲店は可能な範囲内で営業を続けました。「今思えば、これがよかったと思います。どんな時も歩みを止めないからこそ、お客様、従業員、お取引いただいている企業の皆さまとワンチームになることができたと思います」
とはいえ、精神論だけではなく、従業員には『雇用調整助成金』の一部を活用し、給料の補填をし、生活の安定を守りました。
「あのコロナ禍で私たちのような小さな会社が生き延びられたのは、お客様のおかげでもありますが、私が注力した卸売・通販事業が拡大したこともあったと思います。先述のコーヒーバッグはコロナ禍の家庭消費の拡大で、売り上げを伸ばしました。またECサイトと全店舗で、お得なコーヒーチケットを販売。売り上げの先食いではありますが、常連のお客様はじめ、多くの方が購入してくださいました。あのときに、『店が忘れられてはいけない』と強く思い、自社ウェブサイトをリニューアル。但馬屋珈琲店の歴史や思いが伝わる仕様にしました」
現在、ファン層を広げるためにキャラクターのいーすとけん。や、アーティストの水野あつさんとのコラボレーションのほか、X(旧Twitter)などのSNSにも注力しています。
「取引企業には『新宿西口 思い出横丁オリジナル缶詰』の開発を打診し、販売していただきました。本店がある思い出横丁は、飲食店がひしめいており、コロナ禍で大打撃を受けたため、オリジナル缶詰2種(塩もつと、もつ煮込み)をつくり、休業中も思い出横丁を思い出していただけるよう、メッセージを発信しました」
2022年の4月以降は、コロナ禍以前の2019年よりも売り上げが126%(卸売事業単独では225%、卸売事業・通販事業で232%)と大幅に伸長しました。
「その理由は、コンセプトの『大人のひととき 通の味』の軸をぶらさずに続けていることに尽きます。私たちにしか提供できない、唯一無二のコーヒーが、私たちの武器でもあるのです」
本店と系列店の『カフェテラス シルエット』が、2020年4月の東京都受動喫煙防止条例以降も、喫煙目的店として営業を続けていることも影響していると倉田さんは考えています。
条例により、2020年4月1日から、いくつかの例外規定を除いて原則屋内禁煙となりました。
「私自身は非喫煙者で、あのときも社内では「禁煙の店にしてはどうか」という意見も多かった。しかし、私たちの常連の方のほとんどが愛煙家。皆さまがタバコを吸えるくつろぎの場を守ると決意し、喫煙可能な店にするために奔走しました。JTや東京都福祉保健局の方のアドバイスを伺いつつ、出入口の風速を毎秒0.2m以上確保し、換気設備を増強。たばこの対面販売などの条件をすべて満たし、営業をすることにしたのです。結果、喫煙目的店が、店舗が売り上げに貢献しています」
倉田さんの課題である「家業から企業へ」を実現するには、店に来た人にコーヒーを1杯ずつ販売するという対面販売以外にも、多くの人に販売できる商品を販売し続けなくてはなりません。その代表は、ドリップバッグコーヒー。この製造のために、2023年9月事業再構築補助金を活用し焙煎工場を東京都立川市に新設します。
「私たちのドリップバッグコーヒーは、店舗内の小型コーヒー焙煎機で焙煎しています。生産効率が非常に低く、需要に追いつかず欠品や納期の遅れなども発生し、お取引先のみならず、お客様にご迷惑をおかけしていることも多々あります。そこで、焙煎工場を新設することになりました。また、工場新設に伴い有機JAS認証取得の基準を満たす保管場所や設備を導入。オーガニックコーヒーの新商品を生産し、新たなファンの獲得と、販路を開拓していきます」
但馬屋珈琲店は現在、ここでしか飲めないコーヒーを意識し、マイクロロットコーヒー(少量生産、生産者がたどれる生豆)や、世界遺産がある土地(ガラパゴス諸島やヒマラヤなど)で生産されたコーヒー豆を買い付けたり提供したりしています。
「コーヒーそのものの差別化をするためには、やはり自社農園の運営だと思っています。コーヒー豆を自社で育てれば、さらに良質な一杯をお客様にお届けできると確信しています」
事業が拡大した先には、新宿区内にコーヒー農園を設立する夢も描いています。
「荒唐無稽に聞こえるかもしれませんが、凍結解凍覚醒法という農法を使えば、技術的には可能です。この農法は、熱帯の植物を寒冷地で育成するために開発されており、新宿産コーヒーも可能だと思うのです」
とはいえ、今は顧客に、空間と味を、一定水準以上の接客で提供し続けることが、未来の成長につながっています。倉田さんは、できる手は全て打ち、自ら先陣を切って動いています。その目的は、但馬屋珈琲店のブランドの確立と周知、安定した需要が見込める商品と販路の開拓です。
「喫茶店は天候や時勢に左右されやすい事業です。その揺らぐ部分をなるべく少なくしていき、“企業”として存続させていきたい。今後も愚直に、ひたすら道を歩んでいきます」
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但馬屋珈琲店の本店焙煎機(同店提供)
レトロな雰囲気漂う但馬屋珈琲店本店(同店提供)
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ネルドリップ(但馬屋珈琲店提供)
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但馬屋珈琲店のコーヒーカップ&ソーサー(同店提供)
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但馬屋珈琲店の前身は、1964年開店の純喫茶エデン(但馬屋珈琲提供)
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