目次

  1. 事業承継を見据えてリクルートへ
  2. リクルートでの「手痛い失敗」
  3. 父の急逝で準備無しの代替わり
  4. 「こんなまずいもん、売れるかい」
  5. 「目標ではなく夢」と言われた計画
  6. パートナーを採用してどぶ板営業
  7. 地酒ブームに乗って攻めの戦略
  8. 新酒鑑評会で金賞に輝く
  9. 定年まで働ける酒造りの体制を

 古くから「酒の神様」として信仰を集めてきた大神(おおみわ)神社を中心とする奈良県桜井市三輪は、「酒造り発祥の地」として知られています。今西酒造は万治3(1660)年創業。大神神社のおひざ元で、日本酒を造り続けてきました。

今西酒造は大神神社のおひざ元にあります

 今西さんは物心が付いたころから「いずれは家業を継ぐ」と意識していたそうです。先代の父・謙之(よしゆき)さんから「継いでほしい」と言われたことはありませんでしたが、仕事に楽しそうに取り組む父の姿と、笑顔で自社の未来を語る姿に、「わくわくしたし、かっこええなと思っていました」。

 大学は謙之さんの母校の東京農業大学醸造学部を選びませんでした。高校生当時、農大出身の蔵主が営む酒蔵の一部が経営難に陥ったり廃業したりした話を耳にしたからです。

 「当時の僕は、農大を卒業し、酒造会社で3年ほど修業してから家業を継ぐという『酒業界の主流のキャリア』では、世の中の激しい変化に対応できる自信が持てない、と考えたのです」

 同志社大学商学部に進み、卒業後はリクルートに入社します。謙之さんとは当時から「30代になったら家業に戻り、40代で代替わりする」と話していて、代替わり後に向けて色々な業界にネットワークを持ちたい――というのが理由の一つでした。いずれ経営を担うときに重要なのは「人」と考え、人材業界を選んだのです。

今西酒造は江戸時代初期の万治3年に創業しました

 リクルートでは営業マンとして実績を積み、3年目で係長職に。年上の部下を含む5人のチームのマネジメントを経験しましたが、今西さんは「手痛い失敗」を経験します。

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