目次

  1. 京都と旅館に「閉塞感」を感じて
  2. 風通しの悪さで相次ぐ離職
  3. 「生産性向上モデル」で課題抽出
  4. 社員をプロジェクトリーダーに
  5. タブレットとLINEで効率化
  6. 非効率な業務をあぶり出し
  7. マルチタスクで業務を平準化
  8. 「変化しないことが怖い」気持ちに

 綿善旅館は、天保元(1830)年に創業。初代の綿屋善兵衛が富山から京都に出て、薬屋を営みながら北陸などから京都へやってくる呉服業者などに宿を提供したのが始まりでした。

 京都・烏丸の「京の台所」と呼ばれる錦小路近くにある利便性から、日本人観光客や修学旅行生に加え、近年は外国人観光客にも人気となっています。コロナ禍以前は全27室で年約3万人の宿泊客を受け入れていました。

 綿善旅館は修学旅行で多くの利用があるほか、ファミリー層に強い人気を博しています。特に家族連れには、「お子さまランチ」や子ども用の会席料理、子ども専用の朝食を提供できるなど、柔軟なアレンジが好評です。

 コロナ禍で一時売り上げは激減しましたが、近年は観光客、修学旅行客ともに徐々に戻っており、2022年8月期の売上高は約1億5千万円でした。従業員の数は23年9月時点で22人となっています。

京都市中心部にある綿善旅館

 両親が旅館で働いていたこともあり、子どものころから旅館で過ごす時間が長かったという雅世さん。「周りにいた大人は旅館のスタッフばかりで、旅館が私にとっての『社会』そのものでした」。早朝から深夜まで長時間働くスタッフを見ながら、「なんでこの人たちずっと忙しくしているんやろ」と、旅館の「大人」に対してはネガティブな印象が強かったそうです。

 父の小野善三さんは当時から「無理して継がんでええ」と言っていた一方、祖母は「あんたはいずれ、ここのおかみになるんや」と繰り返し伝えていたそうです。雅世さんはいずれ家業入りすることを意識しました。

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