正社員登用制度とは?導入手順や注意点、メリットをわかりやすく解説
正社員登用制度とは、本人の申出と登用試験により非正規社員を正社員へ転換する制度です。登用試験の内容や基準は、企業が任意に定めることができます。働き手が減少するなかで、労働力を確保する手段として注目されている正社員登用制度。この記事では、概要や導入ステップなどを社会保険労務士が解説します。
正社員登用制度とは、本人の申出と登用試験により非正規社員を正社員へ転換する制度です。登用試験の内容や基準は、企業が任意に定めることができます。働き手が減少するなかで、労働力を確保する手段として注目されている正社員登用制度。この記事では、概要や導入ステップなどを社会保険労務士が解説します。
正社員登用制度とは、パートアルバイトや有期雇用といった正社員とは異なる雇用形態で働く従業員(非正規社員)が正社員への転換を申し込める制度です。正社員登用に必要な勤続期間や面接試験などの登用基準は、企業が任意に定めることができます。
正社員登用制度の対象者として、次の人が挙げられます。
パートタイム・有期雇用労働法第13条では、短時間・有期雇用労働者が通常の労働者に転換できる措置である正社員登用制度の導入を推進しています。
社内の非正規社員を正社員化する正社員登用制度が重要視されている背景には、労働力の確保が大きく影響しています。
15歳から64歳の年齢層は生産年齢人口と呼ばれ、その時代の経済成長を支えてきました。日本の生産年齢人口は1995年の69.5%(総人口当たり)をピークに、2023年には59.5%まで減少しており、2050年には65歳以上の人1人を生産年齢人口1.4人で支えることとなるといわれています(参照:令和6年版 高齢社会白書 p.2-3|内閣府)。
事業を継続させるには、生産年齢人口の働き手に長期的に勤続してもらわなければなりません。そのため、社内の非正規社員から安定した雇用の正社員へ転換させる正社員登用制度が注目されているのです。
また、解雇の難しさも要因として考えられます。解雇は正当な手続きでおこなう必要があり、トラブルが多い行為でもあります。
正社員登用制度では、非正規社員であっても意欲があれば申し込め、企業側も登用試験をおこなうことで正社員とするか否か検討できます。雇用のミスマッチを防ぐことで、結果として解雇トラブルの抑制に繋がります。
2024年2月の労働経済動向調査によると、正社員登用制度があると答えた事業所は76%(前年同期77%)でした。一方で登用制度の有無に関わらず過去1年間に登用実績ありと回答した事業所は50%(前年同期44%)となり、決して多いとはいえません(参照:労働経済動向調査〈令和6年2月〉結果の概要 p.14|厚生労働省)。
ちなみに、正社員登用実績がなかった理由として最も多いのは「正社員以外の労働者から応募がなかった」(50%)です。つまり、会社が制度を導入し、正社員を募集したとしても必ず正社員を登用できるとは限りません。
正社員と非正規社員雇用の現状についても紹介します。2022年の調査によると、役員などを除いた雇用されている人のうち、63.1%が正社員、36.9%が非正規社員とされています(参照:令和4年就業構造基本調査 結果の要約 p.2|総務省)。
正社員は2002年の調査から2012年まで減少を続けたものの、2017年に増加に転じました。一方で、非正規社員は2017年まで増加を続け、2022年に初めて減少しています(参照:令和4年就業構造基本調査 結果の要約 p.6|総務省)。
労働力の確保が困難になっていくなかで、長期的な勤続が見込める正社員の重要性は益々増していくものと考えられます。
無期転換ルールとは、有期雇用労働者が通算5年を超えて雇用されたときに無期転換の申込権が発生し労働者が申し出ることで無期雇用に転換されるルールです。
正社員登用制度との違いを下記表にまとめました。
正社員登用制度 | 無期転換ルール | |
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根拠法 | パートタイム・有期雇用労働法第3条 | 労働契約法第18条 |
基準・要件 | 登用基準は企業が任意に決められる | 雇用契約が更新され雇用期間が通算5年を超えること |
強制力 | 正社員へ転換するかは企業が決める | 要件を満たした労働者が申し出た場合は企業の意向関係なく転換 |
登用・転換後の雇用形態 | ・正社員 ・多様な正社員※ |
・有期雇用と同じ労働条件で雇用期間が無期になる無期転換社員 ・正社員 ・多様な正社員※ |
多様な正社員※とは、勤務限定社員、エリア社員、短時間正社員など就業規則に記載がある勤務形態を指します。
無期転換ルールの場合、雇用期間のみ有期から無期とした「無期転換社員」になるケースがほとんどです。つまり、雇用は安定するものの、各種条件は非正規雇用のままということです。
一方、正社員登用制度は非正規雇用から、正規雇用へと切り替わります。複数の労働条件が向上する「正社員」になれる点が大きな違いといえます。
正社員登用制度を導入するメリットは次の3点です。
正社員登用制度を導入するメリット |
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・優秀な人材の確保と定着が見込める ・非正規社員のモチベーションが向上する ・キャリアアップ助成金の正社員化コースに該当する可能性がある |
正社員登用制度が重要視されている背景で述べたとおり、生産年齢人口の減少するなか優秀な人材の確保は企業の課題となっています。正社員登用制度では、非正規社員として働くうちに企業にとって優秀な人材であるか見極めることができます。
また、もともと働いていた従業員を登用するため、業務内容のミスマッチが少ないのもメリットです。正社員採用をゼロから始めるよりも、費用を抑えながら定着率の高い正社員雇用を見込めます。
厚生労働省がおこなった23,521人から回答を得た就業形態に関する調査では、今後も会社で働くことを希望している非正規社員のうち、「正社員に変わりたい」と回答した割合は26.7%でした(参照:令和元年就業形態の多様化に関する総合実態調査の概況正社員以外の労働者の仕事に対する意識 p.27|厚生労働省)。
一見多い割合ではありませんが、正社員を望む非正規社員にとっては、正社員登用制度が労働へのモチベーションを保つきっかけになります。これにより、生産性の向上も期待できます。
キャリアアップ助成金とは、非正規社員の正社員化や処遇改善の取り組みをおこなった事業主に対して支給する助成金制度のことです。中小企業で正社員化した1人につき、最大80万円助成されます(参照:キャリアアップ助成金のご案内〈令和6年度版〉p.14|厚生労働省)。
事前にキャリアアップ計画の届出が必要だったり、要件が複数あったりするため、要件を満たしているか予め確認しておきましょう。
メリットの一つとして挙げましたが、助成金ありきで正社員登用するのではなく、正社員登用制度活用の副産物として頭の隅に記憶しておくとよいでしょう。
正社員登用制度を導入するには、次の流れでおこなうとスムーズです。
正社員登用制度を導入するまでのステップ |
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ステップ1.自社の雇用状況や採用計画を把握する ステップ2.正社員に関する制度を見直す ステップ3.正社員登用試験・登用基準を策定する ステップ4.就業規則を整備する |
順に各ステップの詳細を解説します。
正社員登用制度による正社員化は、通常の正社員採用と比較すると費用がほぼかかりません。ただし、正社員登用後は非正規社員時から基本給が増えることになるため、人件費は増加します。各手当、福利厚生費、教育訓練費用なども必要になってくるでしょう。
正社員登用後の人件費増額がどれほどになるのか、正社員は何名不足しているのか、再雇用や中途採用といった採用計画と重複しないかを、予め把握しておくようにしましょう。
一般的に、正社員は週5日・計40時間勤務で、転勤辞令もあります。ただし「正社員」に明確な定義はなく、「多様な正社員」を就業規則に設ける企業も増えています。
多様な正社員とは、従来型のいわゆる正社員と比べ、職務内容、勤務地、労働時間などを限定して選択できる正社員をいいます。限定の仕方はさまざまで、いわゆる正社員と別の社員区分を設けていない場合もあります。
多様な正社員の例 | |
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勤務地限定社員 |
転居を伴う転勤がない又は一定地域内でのみ異動のある正社員 |
職務・職務限定正社員 | 職種・職務内容や仕事の範囲が他の業務と区別され、一定の職種・職務内で勤務できる正社員 |
短時間正社員 | フルタイム正社員より一週間の所定労働日が少ない正社員 |
いわゆる正社員 | 勤務地、職務、勤務時間がいずれも限定されていない正社員 |
引用:「多様な正社員」制度導入支援等事業|厚生労働省 |
正社員登用制度の導入と合わせて正社員の種類の見直しもおこなうと、正社員登用に臨む従業員の選択肢も増え、柔軟な働き方の実現に貢献します。
正社員登用制度では、従業員の申出に対して企業が面接や筆記試験をおこない登用の基準に達しているかを判定して正社員化を決定します。正社員登用試験としては、次の内容が挙げられます。
面接では、本人の今後のキャリア展望について聞いたり、正社員を希望した理由について尋ねたりします。筆記試験や業務評価を用いる場合は、点数や評点といった登用基準についても決めておきます。筆記試験は、自社で用意してもよいですが、外部試験を利用するのも一つの方法です。
また、登用の申出ができる条件も決めておきましょう。「勤続期間〇カ月」というように定めておくことが多いです。本人の申し出を受け付けず、上司が非正規社員のなかから選んで声掛けをおこなうといった受付方法のみでは、不公平感を生みトラブルの元となりますので注意しましょう。
正社員に関する制度と正社員登用制度の内容を決定したら就業規則の改訂をおこないます。正社員登用制度の規定については、厚生労働省が公開している「契約社員から正社員・限定正社員への転換」条文を参考にしてもよいでしょう。
第〇条(契約社員から正社員・限定正社員への転換) 契約社員として〇年以上継続勤務し、その後正社員あるいは限定正社員への転換を希望する者であって所属長の推薦がある者については、会社はそれぞれの転換試験を実施し、合格した者について正社員又は限定正社員に転換する。 2 前項の転換試験は、毎年〇月末日までに、所属長の推薦状を添付した本人の申込書を受け付けて、原則として翌年△月に実施し、その合格者について□月1日付で転換する。 |
正社員登用制度導入に関して就業規則に記載が必要な事項は、「登用の申込手続き」「試験内容」「転換(登用開始)日の日程」です。これ以外にも、申出条件を定めている場合は就業規則に明記しておきます。
また、多様な正社員制度も導入する場合には、正社員区分や定義について就業規則に明記しておきましょう。
最後に、正社員登用制度を導入する際の注意点を4つ解説します。
制度の申出条件・登用試験内容・登用基準については就業規則に定めておき、全社員がいつでも見られる状態にしておきましょう。登用試験後のフィードバックをおこなうことで、評価プロセスの透明性を確保します。また、企業が正社員を募集する際には、社内の非正規社員にも通知し登用制度があることを伝えると、制度が形骸化するのを防げます。
登用試験自体は、筆記試験であったり面接であったりと企業が任意に設定できます。しかし、どのような試験体制であっても、必ず記録しておき保管しておくようにしましょう。助成金申請に必要になるほか、登用基準がぶれないためにも必要です。
正社員登用制度により正社員となった従業員は、これまでと異なる労働条件や責任の重さのなかで働くこととなります。可能であれば、同様の立場のメンター配置や社内相談窓口の案内、これらが難しければその従業員の上司となる人へ注視してもらうようフォロー体制を整えておきましょう。
申し出たにも関わらず登用されなかった人についても、必ず登用試験についてのフィードバックをおこないます。内容としては、登用基準に至らなかったポイントや、今後の正社員登用試験の案内などが考えられます。登用試験を通じて新たに知った本人の希望や適性があった場合には、業務内容を変更するのも良いでしょう。
生産年齢人口の減少により労働力の確保が難しくなるなかで、安定して長期的な勤続が見込める正社員を雇うことは多くの企業の課題です。
正社員登用制度を活用することで、採用費用を抑えつつミスマッチの少ない優秀な人材の確保が期待できます。登用基準の策定や就業規則の改訂、登用試験後のフォローなど必要な工数も多いですが、正社員採用に悩みがある企業はぜひ制度の導入を検討してみてください。
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