キューピー人形やドールのオビツ製作所、オールスターでも高めるチーム力
水野さちえ
(最終更新:)
牧有里子さん(オビツ製作所提供)
東京都葛飾区のオビツ製作所は、ソフトビニール製の人形などを製作する会社です。プラスチック成形方法の一つである「スラッシュ成型」でつくられる「オビツキューピー」や「オビツボディ」などの商品は、高い品質と愛らしさで国内外のファンの熱い支持を得ています。2022年から3代目社長に就任した牧有里子さんは、知財と技術対応力を強みに「今のスタッフはオールスター」と誇りつつも、商品開発を担当者個人ではなくプロジェクト体制を進め、業務分担ができるチーム体制に移行しようとしています。
葛飾の地場産業 玩具製造業と「スラッシュ成型」
オビツ製作所は2026年に創業60年を迎えます。創業時から、葛飾区の地場産業である玩具製造を中心に、「スラッシュ成型」によるものづくりをベースとしてきました。
スラッシュ成型は金型に材料を注入して加熱と冷却をし、材料が固まるタイミングなどを見きわめた職人が、金型から成型品を引き抜きます。
大がかりな設備投資が必要な射出成型よりも金型代が安価な上に、継ぎ目がなく美しい形状ができるため、人形づくりに適した製法です。
「創業時から、キューピー人形をつくり続けています。父が考案した、ドール素体『オビツボディ』は、可動域の広い関節が特徴で、様々なドール商品に使われています」
オビツキューピー
オビツボディ
そう話す牧さんは、大学卒業後にソニー・ミュージックエンタテインメントに入社し、名だたるアーティストや音楽メディアの宣伝・営業を担当。仕事に情熱を傾けつつ、牧さんの姉と弟が「家業は継がない」と宣言したのを気にかけていました。
宣伝・営業担当として活躍する牧さん(オビツ製作所提供)
創業者の父が70歳を越えたころ、「40年続いているこの会社が父の代で終わるのはもったいない」と考えた牧さん。2011年に取締役として、オビツ製作所へ入社しました。
波風を立てたくない社員たち
入社した牧さんを待っていたのは、牧さんのことを子どものころから知るベテランたちでした。「有里子ちゃん」と呼ばれて照れながらも、「自分にできることは何か」と考えた牧さん。ベテランたちの手が回っていなかった、公式サイトに寄せられる外部からの問い合わせ対応を担当しました。
「オビツ製作所には『営業担当』がいません。口コミでいただく注文に対応したり、ホームページに来る問い合わせを通じて取引先を増やしたりしていれば、堅実な経営ができていました。一方で、こちらから売り込んで仕事を獲得していた、前職とのギャップも感じていました」
オビツ製作所の社屋
一方、オビツ製作所の社員たちはものづくりが大好き。顧客から「こういうものをつくれないか」というリクエストに、真摯に応えようとする姿勢が際立っていました。しかし、牧さんから見た社内の景色は、その本来の姿からかけ離れていたといいます。
「社員は皆、父を怖がっていました。創業者でアイデアマンの父は、カリスマ性がある一方で仕事に厳しく、些細な間違いを許さないタイプでした。納得いかないことがあると、顧客の前でも社員に怒鳴るような人だったのです。仕事は基本的にトップダウン。社員たちは、父に怒られないようにはどうすればいいかと、父の顔色をうかがっていました」
父が急逝 母とのツートップ体制に
牧さんが入社して1年後の2012年に、旅先で父が急逝しました。激震が走ったオビツ製作所では、事務担当だった母が社長に就任。牧さんは副社長になりました。
「取引先の中には『もう、オビツはだめなんじゃないか』と噂する人もいたそうです。でも、長年勤務している社員やパートナー(注:オビツ製作所ではパート社員を「パートナー社員」と呼ぶ)たちが支えてくれました」
厳しい父のもとで、社員たちはなぜ長く働いていたのでしょうか。勤続40年を越えたベテラン社員はこう話します。
「私は、子どもが小さいころは人形の組み立ての内職をしていました。その後パートナー社員となり、現在は正社員で事務を担当しています。子どもが熱を出したときなど、急な事態でも初代社長(牧さんの父)は『すぐ帰りなさい』と。『とにかく家庭で何かあったら、休みなさい』と言ってくれました」
ベテラン社員の児玉さん(オビツ製作所提供)
牧さんの父がそのスタンスなので、社員たちも家庭ファーストだったオビツ製作所。牧さんはこう振り返ります。
「父は6歳で両親を亡くしました。戦後間もなく、親戚の家で肩身の狭い思いをしながら育ちました。高校卒業の日に家を出され、日雇いで住み込みの仕事を探し、とても苦労してオビツ製作所を立ち上げたそうです」
家庭を第一に考える父の姿勢は、その生い立ちからきているのかもしれません。そしてそのまま、オビツ製作所の土台となりました。
「やりたいことをどんどん提案して」
牧さんと母は、社員たちに対して「やりたいことをどんどん提案してください」という姿勢で接しました。 父とは真逆です。社内会議で毎回提案を募ったり、社内で顔を合わせるたびに「何かやりたいことがあれば、いつでも言ってくださいね」と言い続けたりすると、社内では思わぬ変化が起こりました。
「新商品が次々に誕生しました。父の前ではシーンとしていた社内のあちこちで会話が生まれ、続々とアイデアが出てきたのです」
そのひとつが、「フル可動QP」。看板商品の「オビツキューピー」と「オビツボディ」の組み合わせにより、36ヵ所が可動のキューピー人形が2014年にできあがりました。究極の社内コラボと言えるフル可動QPは、前代未聞の外観が面白がられ、ロングセラー商品になりました。
フル可動QP ヘアコレクション
「OEM商品受注と並行して、自社ブランドの商品開発が活発になりました。オビツボディをベースとし、マニアの方々に支持されていたドール事業でも、オリジナルシリーズが誕生。展示会でお披露目すると、即完売しました」
尾櫃制服計画のドール
製作部の若手社員が「何か面白いものができないか」と、社内に保管されている昔の金型で試作をすると、ベテラン社員がコツをアドバイスするといった風景が、いつしか日常になっていました。コミュニケーションが増えたことで、作業中のトラブルも激減したと牧さんは話します。
「自社商品を作っておけば、数年後に思わぬ形で花開くことも珍しくありません。2016年に『何か新しいものを』と作った『かぶりもの オビツキューピー』は、2025年4月から、ミニサイズでカプセルトイに採用され大好評です」
かぶりもの オビツキューピー(オビツ製作所提供)
独自性のよりどころは「知的財産」
オビツ製作所では父の代から「独自性が無いと競争力が価格だけになり、いずれ他国に負けてしまう」との危機感のもと、人形では珍しいとされる特許を数多く取得してきました。
「価格競争に巻き込まれないように、知財は特に重視しています。デザインを追求した人形の意匠だけでなく、特許や商標も積極的に取得している点が認められ、2020年には、日本弁理士会が主催する知的資産経営フォーラムで表彰されました」
知的財産活用奨励賞を受賞(オビツ製作所提供)
前職でも、知財の重要性を深く理解していた牧さん。特許だけでなく、商標や意匠も積極的に登録しています。知財を強みにして「オビツキューピー」や「オビツボディ」のブランドを守ることが、日本の強みにもつながると自負します。
「知財に関する、社員への報奨制度も導入しました。父の代では、父自身がアイデアマンだったのと、社員から活発な提案が出てくる雰囲気ではありませんでした。母と私の代で、アイデアを生み出した社員に対して、会社としてきちんと報いる仕組みをつくりました」
組織づくりと職人魂
牧さんの入社当時は、パートナー社員を含めて20人ほどだったオビツ製作所の社員数は、2025年6月時点で40人を越えています。
「私の入社以降、売上も社員数も2倍になりました。顧客からの注文に誠心誠意応えながら、前職のつながりを生かして販路を拡大していくうちに、気が付いたら増えていたというのが正直なところです 」
牧さんは、増えゆく仕事を確実に進めるために、父の代には無かった「製造部」「制作部」などの部署をつくり、商品開発も担当者個人ではなくプロジェクト体制で対応するようにしました。
現在は5つの社内プロジェクトが進行しており、新たな分野へのチャレンジも続いています。 プロジェクト体制にしたことで、役割分担が明確になってダブリ作業がなくなっただけでなく、チームの一体感も高まりました。
「顧客から受けた相談については、『できません』ではなく『どうやったらできるか』を考えることを社内で徹底しています。要望をまず受け止めて、先輩社員の経験値や知恵をもらいながらトライアンドエラーを重ねることで、ヒット商品につながることもあるからです」
近年では若い社員が増え、国籍も多様になりました。製造部門のリーダーは、勤続約20年のバングラデシュ人です。「成型職人にも、女性を登用していきたい」と 牧さんは話します。
製造部リーダーのワヒドさん(オビツ製作所提供)
「スラッシュ成型は繊細な技術で、天候や湿度で仕上がりが変わるため、習熟に最低5年はかかると言われます。他で真似のできない品質を維持するため、職人たちは日々研鑽を積んでいます。作業マニュアルはありません。現場に蓄積された、職人たちの経験がすべてなのです」
2024年にスラッシュ成型の正社員を1人募集したところ、300人もの応募が寄せられました。現場の職人たちが、誇りを持って働く証になっています。
企業理念を浸透させて新たなチャレンジを
社員が生き生きと働ける環境を整え続けた牧さんは、2022年から社長に就任。2025年から新たなチャレンジを始めました。
「企業理念をつくりました。人形をつくる会社らしく、『人のしあわせを形づくる』とし、会社が大切にすることや価値観を共有しています。さらに、月曜出社を楽しくするための『マンデーパワーランチ 』の提供や、健康維持のための毎日のラジオ体操の徹底など、できることから取り組んでいきます」
「オビツ製作所のスタッフはオールスター」と胸を張る牧さん。皆を大切にしながら品質と現場力を守り、オビツ製作所のブランド価値を高め続けます。
オビツ製作所3代目の牧有里子さん(オビツ製作所提供)