目次

  1. カスハラとは?
    1. カスハラにあてはまる言動
    2. 正当なクレームとの違い
  2. カスハラ行為は法律違反となる可能性がある
  3. カスハラの放置は企業へも悪影響がある
    1. 労働契約法に違反する
    2. 労働施策総合推進法に違反する
    3. 退職と採用を繰り返すこととなる
  4. 実際にあったカスハラ被害の事例
    1. 小売業での事例
    2. 運輸業での事例
    3. アパレル店での事例
  5. カスハラに対して企業が採るべき対策
    1. マニュアルを策定する
    2. 従業員教育を実施する
    3. 相談窓口を設置する
  6. カスハラ被害にあったときの対応ポイント
    1. 一人で対応させない
    2. 解決を早めようとしない
    3. 被害を警察・裁判所へ訴える
  7. カスハラ対策で企業と従業員を守ろう

 カスハラとは顧客が従業員や企業に対して、過大ないしは執拗な要求や暴力・暴言などを行うことにより、就労環境を害する行為です。

 厚生労働省が作成した「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」においてカスハラは「顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの」と定義されています(引用:カスタマーハラスメント対策企業マニュアル p.7|厚生労働省)。

 つまり、顧客などからクレームを受けたときに、仮に企業側に何らかの落ち度があったとしても、要求が過大または実現するための手段・方法が不相当であることや、労働者の就業環境が害されるものにつながる場合は、カスハラに該当すると考えられています。

 厚生労働省の「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」によれば、顧客などの要求内容が妥当だとしても、手段・態様が不相当であるケースについて、次のように整理できます。

<要求内容の妥当性にかかわらず、手段・方法が不相当とされるもの>
・暴行や障害などの身体的な攻撃
・脅迫や名誉棄損、侮辱などの精神的な攻撃
・土下座などの過度な謝罪の要求
・執拗な言動
・不退去、居座りなど
・性的・差別的な言動
<要求内容の妥当性に照らして、手段・方法が不相当とされる場合があるもの>
・商品交換の要求
・金銭保証の要求
・謝罪の要求(土下座を除く)

 暴力や暴言、土下座などの要求といった行為は、いかなる場面でも許容されるものではなく、これらの行為は、仮に企業側に何らかの落ち度があったとしてもカスハラに該当します。一方、商品交換や金銭保証の要求については、提供した商品やサービスに瑕疵(かし)があり、そのことによって顧客に損害が生じている場合は、正当なクレームに該当する可能性があり、直ちにカスハラに該当するわけではありません。

 正当なクレームは、商品やサービスの不備に対して正当な不満を企業に伝えるものです。このようなクレームは商品やサービスの改善につながるものであるため、企業としても誠実に対応をする必要があります。

 それでは、正当なクレームとカスハラはどのような基準で区別することができるでしょうか。これらを区別する一つの指針として、厚生労働省の「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」が挙げている判断基準を参照することが有用です。

①顧客などの要求内容に妥当性はあるか

 そもそも、顧客の要求内容それ自体が妥当性を欠いている場合は、正当なクレームではなくカスハラに該当します。

 例えば、商品に不良がないにもかかわらず交換や返金を求める行為は、要求内容が妥当でないためカスハラに該当します。その他、契約の内容となっていないアフターサービスの要求などの過剰なサービスの要求はカスハラに該当します。

②要求を実現するための手段・態様が社会通念に照らして相当な範囲か

 顧客の要求内容に妥当性がある場合でも、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当である場合もカスハラに該当します。

 例えば、暴力や暴言を伴う言動は当然のことながら、長時間におよぶ執拗な要求、土下座などの過度な謝罪の要求、退店を求めているにもかかわらずの居座りなどは、仮に要求内容が妥当なものであったとしても、その実現手段・態様が社会通念上不相当であるため、カスハラに該当することとなります。

 悪質なカスハラ行為により企業に損害を与えられる場合、顧客などに対して民事責任や刑事責任を問える可能性があります。

<民事責任>
 カスハラに該当する行為を行った顧客は、それによって精神的損害を被った従業員に対して、不法行為による損害賠償責任を負う可能性があります。また、業務を妨害されたことで企業に損害が生じた場合は、企業に対しても不法行為による損害賠償責任を負う可能性があります(参照:民法第709条|e-Gov法令検索)。

<刑事責任>
 カスハラは、その行為態様によっては、以下の犯罪が成立する可能性があります(参照:刑法|e-Gov法令検索)。

  • 暴行罪
  • 傷害罪
  • 脅迫罪
  • 恐喝罪
  • 強要罪
  • 名誉棄損罪
  • 侮辱罪
  • 威力業務妨害罪

 顧客からのカスハラにより従業員が被害を受けているにもかかわらず、企業が適切な措置を講じなかった場合、企業が従業員に対して法的責任を負う可能性があるほか、従業員の離職につながるなどの悪影響があります。

 労働契約法第5条では「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と定めており、使用者にいわゆる「安全配慮義務」を課しています(引用:労働契約法第5条|e-Gov法令検索)。企業は、労働者の健康と安全に配慮して働かせる義務を負っており、この義務に違反した場合は労働者から企業へ損害賠償請求できます。

 また、カスハラにより、従業員がうつ病や適応障害といった精神疾患にかかり、働くことができなくなった場合は労災として認定されます。

 労働施策総合推進法において、企業は従業員の就業環境が害されることのないよう、従業員からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他必要な措置を講じる義務が課されています(参照:労働施策総合推進法第30条の2|e-GoV法令検索)。

 これに基づいて、厚生労働省は以下のような指針を公表しています(参照:事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針|厚生労働省)。

<相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備>
・上司や担当者など相談先をあらかじめ定めておき、労働者に周知する
・相談先の者が、相談内容や状況に応じて適切に対応できるようにする
<被害者への配慮のための取り組み>
・相談内容・状況に応じて、被害者のメンタルヘルス不調への対応を行う
・著しい迷惑行為を行った者に対して、一人で対応させない

 なお、労働施策総合推進法に違反した場合は、厚生労働省から助言・指導・勧告・公表の対象となります。

 従業員がカスハラ被害を受けているにもかかわらず、企業が適切な対応を採らないでいると、従業員の就業環境が悪化することにより離職につながります。また、企業イメージが低下することにより、新たに従業員を採用することが困難となる可能性があります。

 ここでは、実際にあったカスハラ被害の事例について、解説を交えながら紹介します。

顧客がレジの接客態度が悪いことを理由に従業員を呼びつけ、従業員の胸倉を掴み15mほど引きずったうえで「俺は人を殺したことがある」などと発言し暴力をふるった

 従業員の胸倉を掴み15mほど引きずった行為は、暴行罪(刑法第208条)に該当します。また、「俺は人を殺したことがある」との発言は威圧的な言動であり、カスハラに該当します。

運転見合わせ時に、お詫び放送を繰り返していたところ、旅客から「いつ発車するのか放送しろ」としつこく詰問を受けた。運転再開がわからない旨を伝えたが、旅客は納得せずスマホで車掌の対応を動画撮影した

 「発車時刻を問い合わせること」自体は、正当な要求であると考えられるものの、再開時間についてはわからない旨の回答を受けているにもかかわらず、執拗に詰問をしたことやスマホで動画撮影を行う行為は、要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当であるため、カスハラに該当します。

商品から値札タグを切って顧客に販売したところ、後日、値札タグを切って販売したことに対して、店頭で執拗に抗議を行って業務を妨害とともに商品代金の返還を求めた

 そもそも値札タグを切ったことについて事業主に過失があるとはいえず、要求内容自体が妥当でなく、店頭での執拗な抗議および値札タグを切ったことに対して商品代金の全額返還を求める行為はカスハラに該当します。

 カスハラから企業と従業員を守るために、事前にカスハラ対策を講じておくことが重要です。

 従業員がカスハラを行う顧客に遭遇したとき、その対応に戸惑うことがないように事前に以下のようなマニュアルを策定しておくことが非常に重要です。カスハラ対応マニュアルは、企業の業態によって異なるものになるため、業態に沿ったマニュアルを策定する必要があります。

<カスハラ対応マニュアルに記載する具体例>
・一人で対応せず、複数名で対応する
・現場監督者が対応する
・顧客の要求内容を聞き取る
・要求内容が不当である場合は、対応できない理由を説明する
・執拗に要求を継続する、大声を出すなどの態様が不相当である場合は、退店を促す
・退店を求めても退店をしようとしない、暴力・暴言におよぶ場合は警察へ通報する

 従業員がマニュアルに沿った対応ができるように、定期的に研修およびロールプレイングを行います。中途入社の従業員や顧客対応を行うアルバイトについても、入社時に研修を行うなどして全員が受講できるようにしましょう。

 その際、従業員から併せてヒアリングを行い、カスハラ事例やカスハラまでは至らなかった事例などを共有し、マニュアルの改訂に役立てることも大切です。

 カスハラを受けた従業員が被害内容を相談できる窓口を設置し、従業員全員に共有しましょう。相談窓口は従業員が精神面の不安を取り除くことに配慮をしながら、事案を聞き取り、顧客への対応が適切であったか、企業としてカスハラを行った顧客に対して採るべき措置がないかなどを検討する必要があります。その際、場合によっては弁護士などの専門家と連携して対応を検討することも必要です。

 現場の従業員による初期対応では、企業が提供する商品またはサービスに瑕疵がなかったかどうか状況を正確に把握し、事実確認をする必要があります。もっとも、顧客の要求がカスハラに該当する可能性がある場合は、以下に留意をして対応する必要があります。

 カスハラが発生した場合は、社内で連携を図って現場責任者を含む複数名で対応するようにしましょう。

 一人で対応を行うと冷静な判断や対応ができずに誤った対応をする恐れがある他、従業員が強い不安を覚え、その後の就業に差し障る可能性があります。また複数人での対応により、顧客が冷静になることも期待できます。

 顧客がカスハラに該当するような要求などを行う場合は、解決を急ぐことなく、現場では事実確認・状況把握に努めて、社内で情報を共有し、企業として対応策を講じる必要があります。そのため、安易な謝罪や返金などに応じることなく、毅然と対応する必要があります。カスハラに該当するような要求を行う顧客は「お客様」でないと認識してください。

 顧客が、暴力を伴う言動を行う場合は、従業員の安全を守るため即時に警察に通報してください。逮捕などに至らなくても、それ以上の被害を被るリスクを避けられます。また、刑事事件までとは至らなくても、民法上の不法行為に基づく損害賠償責任を請求できることがありますので、悪質なものについては弁護士に相談するなどして、法的措置を採ることも必要となります。

 昨今はSNSの普及もあり、カスハラへの対応を誤ったことによって、企業が思わぬ批判にさらされたり、ブランドイメージが損なわれたりし、多大な損害を被る事案もあります。

 企業と従業員を守るために、カスハラを正しく理解し、事前に対策や体制を構築しておくことが何よりも重要となります。