ケース

 創業者である父はカリスマ性を持ち、従業員に直接指示命令を行うワンマン経営で、事業を伸ばしてきました。しかし、後継者の自分は、そのような経営スタイルを踏襲できるのか不安です。従業員は社長のことばかり見て、言われたことをすれば良いという指示待ち人間が多くなっているように思えます。後継者として、どのような経営スタイルを志向すべきでしょうか。

ワンマン経営では成長に限界

 ファミリービジネスの危機は、創業者(中興の祖)から後継者に事業を引き継ぐ事業承継(経営承継)のタイミングで訪れます。創業者は創業段階から会社を熟知し、従業員もすべて自分が雇用したようなものというケースが少なくありません。

 一般的に、ワンマン経営には悪いイメージがあります。しかし、会社の隅から隅まで把握し、変化を察知して、スピード感を持った経営を進めるのは大切なことです。後継者がそのようなスタイルを承継できるなら、それでも良いと思います。

 しかし、トップだけが考え、従業員は指示に従うだけという構図では、企業の成長に限界が生じます。これまでのコンサルティングの経験から、ワンマン経営を貫けるのは、従業員が100から200名ぐらい の規模が限界です。

 京都大学前総長で霊長類学者の山極寿一さんによると、人が管理できる人数(群れの大きさ)は、脳の容量と共に増えてきたそうです。約60万年前に脳の容量が1500㏄に達して、150名の群れを形成できるようになりましたが、この頃から現代に至るまで脳の容量は変わっておらず、今も人が管理できる人数は、150名ほどだそうです。 その規模を超える企業で成長を求めるなら、1人ですべて決める経営では無理が生じます。

 従業員としても、指示待ち人間になるような職場が必ずしも楽しいものは思えないでしょう。人は、自ら考え、行動し、良い結果が出れば達成感を得ます。仮に失敗すれば反省し、次へと向けた成長につながります。

仕入れの責任を従業員に委譲

 最初に、カリスマ経営者から「チーム型経営」によって事業承継したジャパネットホールディングス社長・高田旭人さんの事例を紹介します。同社は、テレビ通販でおなじみのジャパネットたかたの親会社です。父でジャパネット創業者の高田明さんは毎日のように通販番組に出演して、軽快な語り口で商品を紹介。当時珍しかったテレビ通販という販売方法を不動のものとして、2015年には年商1500億円の大企業になりました。

 明さんは芸能人のような存在でありながら、商品の仕入れから説明方法まですべて仕切ってきた経営者です。一方、2代目の旭人さんは、父と比べると地味な感じで、25歳で入社した当時、周囲からは「高田明が辞めたら、あの会社は駄目だろう」などと陰口を叩かれていたそうです。

父で創業者の高田明さん(左端)と2代目の旭人さん(右端)。ジャパネットホールディングスは、サッカーJ2長崎を子会社化して、元五輪代表監督の手倉森誠さん(中央)を監督に招くなど、強化に力を入れています

 2015年に事業継承した旭人さんが目指した経営スタイルは「チーム型経営」でした。それまで、本社がある長崎県を中心に活動していましたが、東京にも事業拠点を設けました。創業者の勘と経験に基づく経営から、市場トレンドなどを重視したデータ経営へと舵を切ったのです。

 明さんが決めていた商品の仕入れも、バイヤー自身が売りたい商品を探し、自らの責任で発注数量などを決める体制へと変革。東京オフィスにおいて、ジャパネットたかたの代名詞であるテレビ通販番組も若手社員に任せます。その結果、創業者の父が全面的に仕切っている長崎(佐世保)でのテレビ通販番組での売上高を、上回るようになりました。

 このような取り組みを通じて、従業員の主体性を引き出すスタイルを目指し、従業員1人ひとりがデータや根拠に基づき、何が正しいのかを考える組織へと生まれ変わりました。就任後の業績は右肩上がりで、2019年12月期は年商2076億円となりました。

トップダウンをやめた星野リゾート

 次に星野リゾートのケースを紹介します。同社は1904年に長野県軽井沢で創業しました。長年、長野県内の老舗旅館でしたが、1991年に代表になった4代目星野佳路さんが全国的なリゾート企業に躍進させ、中興の祖になりました。

 星野さんは父との対立の末に経営を承継してから、古参社員の反発も受けながら、経営変革を進めました。自身に強い危機感があり、トップダウンによって、事業を前に進めなければならないという気概があったと思います。その結果、企業業績は改善する一方で、従業員が辞めていったといいます。

星野リゾート代表の星野佳路さんは、トップダウンによる指示をやめて、「チーム型経営」に乗り出しました

 星野さんは、退職を願い出た従業員と話し合いました。トップダウンによる変革、指示命令されて働くことに対する不満が噴出していたことが、従業員が辞める原因だったと気づきました。

 すべてをトップダウンで決めることをやめました。従業員に自分たちで考え、行動してもらうことで、従業員の主体性を引き出す「チーム型経営」に舵を切ることにしたのです。星野さんはツギノジダイのインタビューで、こう話しています。

 「経営者は、今いるスタッフが能力を出しているか。出してもらえる環境を提供できているかを考えるのが、大切です。こっちから入りこんで、人の能力を伸ばすのは大変なことです。それこそ効率の悪い作業で、時間もお金もエネルギーもかかります。人間はやりたくないことはやらないですから。投資の割に成果が上がらないことは、私も1990年代に何度も経験しました」

 「まずは持っている能力を発揮してもらう環境を考えるのが第一です。スタッフ自身が、目指すキャリアのためにこういう能力を身につけたいと思った時に、伸ばせるような環境を作る。それが、人材育成の基本的な概念です」

従業員への叱責はNG

 ワンマン経営とは、創業者(カリスマ経営者)が経営の意思決定をすべて行うスタイルです。多くの場合、データなどは重視されず、これまでの勘と経験によるところが大きく、精緻な経営分析もありません。

 経営環境が複雑になり変化のスピードが速くなっている現在、ワンマン経営を踏襲するのは難しくなっています。近年、従業員も働き甲斐や達成感を求める傾向にあり、「やらされ感」の強い経営手法への反発も強くなっているように思います。

 後継者は「チーム型経営」を志向すべきだと思います。トップダウンのマネジメントではなく、ミドルマネジメント(中間管理職)やボトムアップ(従業員)でしっかりとモノを考えて、経営を推進していくスタイルと言えます。

 チーム型経営は組織的に意思決定を考えることが求められるので、データに基づき、議論する必要があります。データを収集・分析して、問題を掘り起こして対応を考える合理的な経営活動が求められます。一般的には、業績管理制度などと呼ばれる仕組みで進められます。

 ミスが生じた場合でも、従業員を頭ごなしに叱責していけません。人は叱責されると委縮してしまうためです。ミスの原因を考え、再発を防ぐにはどうしたらよいのかを考えるのです。そのような組織風土が定着すれば、ミスを隠すことはなくなり、前向きに改善に取り組み、企業業績も必ず向上します。

 ただし、どのような状況でもチーム型経営がベストとは限りません。即断即決が求められる有事には、後継者もリーダーシップを発揮して、組織全体をリードしなければなりません。チーム型経営を推進しつつも、常に経営環境に目を光らせて置く必要があります。

ワンマン経営とチーム型経営の比較

必要なのは信頼と情報開示

 「チーム型経営」を目指すために、何から手を付ければ良いのでしょうか。これまでの経験から言えば、従業員を信頼することから始めるのが大切です。いろいろな仕組みを整備しても、本質的に信じていなければ、従業員が自ら考えて行動するようにはなりません。はじめは従業員も半信半疑です。後継者はより強く、従業員を信頼している姿勢を示さなければなりません。

 信頼とは、従業員に丸々任せてしまうという意味ではありません。まず、データなどに基づいた分析を行い、方針を定めて、従業員に必要な情報を開示して、論理的に説明することから始めます。その内容を従業員に考えてもらい、行動に移してもらいます。そして、行動の結果が測定できるような仕組み(業績管理制度)も構築していきます。

 その過程では、会社の損益なども開示する必要が出てきます。多くのファミリービジネスにおいて、損益計算書などは開示されていません。しかし、従業員が主体的に活動していくうえで、必要な情報を開示しなければ、「チーム型経営」は実現できません。従業員を信頼することで、損益計算書なども開示できるのではないでしょうか。

 情報開示を行いつつ、従業員が主体的に考えて行動した結果の成否が分かるようにして、改善活動につなげていきます。いわゆるPDCAサイクルを回すことが重要です。

 チーム型経営に向けた具体的な取り組みは、拙書「『経営』承継はまだか」(中央経済社)も参考にして下さい。本書ではファミリービジネスが抱えている課題やその解決方法について、欧米の知見も盛り込んだ内容となっています。

【参考文献】
「『経営』承継はまだか」(大井大輔著、中央経済社)
「星野リゾートの事件簿」(中沢康彦著、日経BP社)
「ジャパネットの経営」(高田旭人著 日経BP社)