星野佳路さんが語る家業の強み「リスクが少ないベンチャービジネス」
星野リゾート代表の星野佳路さんは、自分の事業承継では父と対立しながら事業承継しました。そんな経験からファミリービジネスにライフワークとして取り組んでいます。インタビューの後半では家業を継ぐことの魅力、人材育成の秘訣に迫ります。(聞き手・杉本崇、構成・広部憲太郎)
星野リゾート代表の星野佳路さんは、自分の事業承継では父と対立しながら事業承継しました。そんな経験からファミリービジネスにライフワークとして取り組んでいます。インタビューの後半では家業を継ぐことの魅力、人材育成の秘訣に迫ります。(聞き手・杉本崇、構成・広部憲太郎)
――星野さんは著書の中で「親子の対立を経て社長に就任した」と振り返るほどハードランディング型の事業承継でした。今の時代の変化に対応するには、どのような形でファミリービジネスを承継するが望ましいのでしょうか。
ファミリービジネスマネジメントという分野は、学問になりつつあります。世界のビジネススクールでファミリービジネスを研究するコースを持つところも増えています。私が家業を継いだ1991年当時は、研究対象ではありませんでしたが、今は劇的に変わりつつあります。
海外の論文で一番大きなテーマは、親の代から次世代にどう継承するかです。模範となるストラクチャー(体系)があり、親から子に事業を継承するため、両方が持つべき責任、覚悟、ステップが書かれています。
私はファミリービジネスの研究をしていますが、うまくいっていないケースの大半で、継ぐ側よりも、継がせる側、つまり親世代の課題の方が大きいと感じました。継ぐ側は若いし、まだまだ力不足だと分かっています。謙虚かつ勉強熱心で、「俺は全部できるから親なんていらない」という人はあまりいません。
親の方が、次世代に過度な要求をして、責任を移す時期なのに、過度に関わり続けています。また、仕事はやらせているけど、会社の株式を含めた所有権、最終的な権限を含めて渡さずに手綱を握ろうとするケースもあります。譲る側の覚悟ができていないのです。そうなると、最終的には破綻したり、ハードランディング型の承継になったりします。たすきを渡す側が、ノウハウを把握することが大事なのではと感じています。
――時間をかけて事業承継していくのがいいのでしょうか。それとも、星野さんみたいに一気に交代するべきでしょうか。
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ファミリービジネスマネジメントを研究する海外の学者が理論を打ち立てているので、私の時代と違って、手探りの必要はありません。ぜひステップを勉強してください。一気に継ぐのも、だらだら継承期間を作るのも推奨されていません。
年数を決めて、継ぐ側が自信を持って引き継げるステップを踏ませて、継がせる側も身を引いていくことが必要です。ファミリービジネスにおいて、見事に経営をやり遂げた瞬間というのは、実は譲った時なのです。見事に次世代に譲ることで、自分の代の責任を全うすることでレジェンドになれます。継がせる側が、自分の世代のレガシーをどう作っていくかを理論的に学ぶと、意識が変わります。最終責任は継がせることなんだという覚悟が決まります。
――公開インタビューの視聴者から「ファミリービジネスで、規模の大小を問わず共通すること、逆に異なることはありますか。また、欧米系のファミリービジネスは日本の企業よりも規模が大きいので、日本とは事情が異なるのではないでしょうか」という質問が出ています。
欧米でも経済規模の小さい企業はあって、そこが作り出している価値も大きいものがあります。経済にとって重大な役割を果たしている小さな企業をどうやって強くしていくかという視点で、ファミリービジネスを研究しています。
大企業の継承は、より大変なのは間違いありません。ただ、ファミリービジネスの理論では、株式はファミリーが継承するにしても、次世代が必ずしも経営を担う必要はありません。ファミリーの役割はやっていいビジネスと、やってはいけないビジネスを見極め、定款も含めた変更を考えることです。
大企業は利益も大きいので、ファミリーがそういう役割に徹していくのは一つの方法です。社長が財務、マーケティング、人事まで関わる規模の企業と、1000人、2000人以上の企業では違います。次世代に過剰なことを期待し始めると、うまくいきません。競争力を落とさないよう、できないことをやらせてはいけないのも大事なポイントです。
ーー視聴者から「今後、星野リゾートは観光に加えて、どんな分野とハイブリッドしていくつもりでしょうか。リスク分散するために多角化を考えていますか」という質問も寄せられました。
観光以外の分野への進出は、私の代では全く考えていません。観光が得意分野ですし、日本ではそこそこホテル経営をやれているかもしれませんが、世界でみれば、我々なんて超弱小です。まだ、他の分野に手を出すほど余裕のある会社ではありません。次世代に向けて、得意分野をしっかり固めたいです。
リスク分散のために他分野に進出するのは、むしろリスクが増えるのではないでしょうか。ある分野で収益を確保できるまで力をつけるのは、昔に比べて大変で、簡単ではありません。得意分野の維持も大変なのに、全くやったことのない分野に行っても、そこにはリーダーも、競合もひしめきあっています。
私はホテルや観光に特化していますが、その中でもリスクを分散するために、海外拠点を増やしています。増やすことはエネルギーがいるし、短期的にはそんなに利益はでないかもしれません。ただ、長期的に考えると、グローバルにホテルを経営できる会社になるのは、リスク分散としては大きいです。やはり本業の力をつけてリスクを分散するということです。当面、海外拠点をどんどん増やしていこうと考えています。
あとはコロナ期だからといって、他のビジネスに手を出すべきではないと思います。例えば、感染拡大期に本業ではないマスクを出したとしても、やがて事業が成り立たなくなります。コロナ期だけ小遣い稼ぎするのは、そんなに簡単ではありません。本業をどう維持し、競争力をつけ、コロナが収束した後に、本業を早く復活させる。そのためにどんな環境を整えるかに集中するのが大事だと思います。
――「星野さんが経営者として考える人材育成の秘訣について教えてください」という質問もありました。
我々は経営がうまくいっていない色々な施設の再生案件を手がけてきました。その施設に元々いた社員の能力は、私が一生懸命育ててきた星野リゾートのスタッフと変わらないのです。
何が言いたいかというと、人材の能力は変わらなくても、発揮できる幅に差があったということです。10ある能力を、8、9割発揮してもらうか、2、3割しか発揮できない組織になるかというのは、大きな差になります。経営者は、育成という言い方をする前に、今いるスタッフが能力を出しているか。出してもらえる環境を提供できているかを考えるのが、大切です。
こっちから入りこんで、人の能力を伸ばすのは大変なことです。それこそ効率の悪い作業で、時間もお金もエネルギーもかかります。その上、結果的に伸びないかもしれません。人間はやりたくないことはやらないですから。投資の割に成果が上がらないことは、私も1990年代に何度も経験しました。
まずは持っている能力を発揮してもらう環境を考えるのが第一です。スタッフ自身が、目指すキャリアのためにこういう能力を身につけたいと思った時に、伸ばせるような環境を作る。それが、人材育成の基本的な概念です。社員一人一人にとっても、持っているもので貢献してもらうことの方が楽しいです。自分が会社に貢献している感じが生まれてきます。それを重ねるうちに、また学びたいことも浮かんでくるかもしれません。そんな発想が大切です。
――全業界が、新型コロナウイルスの影響からの生き残りに知恵を絞っています。後継ぎへの応援メッセージをお願いします。
私は基本的に、継ぐべき事業を持っている人は継いだ方がいいと思っています。本人がやりたくないと思う場合もあるかもしれません。それでも、私たちはやりたいことができる人生は少なくて、できることで社会貢献しなければいけません。家業を継いで維持して育てるのは、そこに生まれ育ってきた自分にしかできないことです。
私もファミリービジネスを継ぐことで親の七光りのように見られました。「家の温泉旅館を継いだ」とは、なかなか言いにくかった時期もありました。だけど、よくよく考えると、家業を継ぐということは、立ち上げリスクがないベンチャービジネスなんです。
本当のベンチャーは、立ち上げリスクが大きすぎて、効果が出るまでに資金が続かなくなって、倒産リスクも高いです。でも、ファミリービジネスは100年以上続いていれば、1、2年ではつぶれません。ベースをしっかり保ったうえで、伸ばそうと思えば伸ばすことができます。「親の七光りで温泉旅館の社長になれた」と言われるのはかっこ悪いけど、ベンチャービジネスとして新規事業を立ち上げるのはかっこいいですよね。
自分がやってきたことを振り返ると、家業の温泉旅館を継いで、抱えていたとんでもない問題を一つ一つ解決して、持続可能な企業に育てていく過程は、まさにベンチャースピリットで、エキサイティングな仕事でした。
だから、どんな事業も経営の本質は変わりません。社員のモチベーションを高め、人材を集め、よい組織を作り、正しいマーケティングを行う。継げる事業があるなら、社会的使命と感じて、自分の経営力を生かすベンチャービジネスだと思って、ぜひ継いでもらいたいです。
ーーベンチャー型事業承継を目指している若い後継ぎ経営者も少なくありません。ファミリービジネスのイメージが変わるかもしれませんね。
「ファミリービジネスは立ち上げリスクの少ないベンチャー」と言い出したのは、10年くらい前ですが、今はだいぶそういう雰囲気が漂ってきましたね。日本経済を支えているのはファミリービジネスです。企業登録数でも圧倒的に多いし、私たちは日本経済の大きな支え手になっています。
株式上場すると、いいこともたくさんありますが、制約も多いです。私たちファミリービジネスの方が、大胆な決断、思い切った意思決定ができる組織だと考えています。ファミリービジネスの強みを生かした俊敏かつ大胆な動きという、上場企業にはできない部分を生かして、日本経済を支えたい。そういったプライドが持てる分野という将来像を描きながら、みなさんにはぜひ頑張ってもらいたいと思っています。
星野さんへのインタビュー前編はこちら
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