中国でロゴを商標出願したら「登録済み」で…2年かけて取り戻すまで
中国へ商標を出願したら、すでに同様のロゴが登録されていた――。駄菓子ビッグカツで有名な「すぐる」(広島県呉市)は、中国での商流のために商標を出願したところ、手続きを終えるまでに2年以上がかかりました。自社のロゴや包材が使えるようになるまで、いったいどんなことがあったのでしょうか?後継ぎの大塩和孝さんに話を聞きました。(構成・水野梓)
中国へ商標を出願したら、すでに同様のロゴが登録されていた――。駄菓子ビッグカツで有名な「すぐる」(広島県呉市)は、中国での商流のために商標を出願したところ、手続きを終えるまでに2年以上がかかりました。自社のロゴや包材が使えるようになるまで、いったいどんなことがあったのでしょうか?後継ぎの大塩和孝さんに話を聞きました。(構成・水野梓)
――中国へ商標出願をしようと思った経緯を教えて下さい。
中国のお客様からご要望がありました。「商流のために商標取得を」ということでした。
――すぐるではどんな海外戦略があったのでしょうか?
海外戦略というほど大きなものではありませんが、アジアを中心として、常温で1年の賞味期限がある「1Yいか姿焼き」というかまぼこなど、引き合いの強い商品をまず導入し、そこから商品種を広げていく方針で取り組んでいます。
――出願時にこんなトラブルが起こることを想定していましたか?
調査機関に依頼して調べたところ、類似商標があるため、取得できない可能性があることは事前の調査で分かっていました。「取得成功率〇%」といった形式で結果がきていたので、出してみるまでは分かりませんでした。
実は、中国へ出願する際に、弁護士さんと今後の流れの話をしていませんでした。これが今回の私の反省点です。
商標登録を拒絶された場合にどんなことが起きるか、何をしなければならないのか、そしていくらくらいの費用がかかるかは最低限確認しておくべきでした。この後の全ての工程で待ち受けていることも把握しておけばよかったと思います。
結局、中国企業や特許庁のアクションに対して、依頼した弁護士が取りうる選択肢をいくつか提示してくれ、そこから私が選ぶというやり方になりました。
2018年9月、「suguru’s」のロゴを29類(食品などが含まれる分類)で中国当局に商標出願。
しかし、翌2019年4月に拒絶連絡。――商標を出願すると、事前に同様のロゴが申請されていることが分かりました。このときはどんな思いでしたか?
類似商標があってもしかしたらダメかもしれない、と言われていたので、「あー、やっぱりそうなんだ」という感じでした。
ただ、事の深刻さはそこまで考えていませんでした。商標を使った商品を出していないということから、楽観視していたんです。弁護士側もそこまで深刻な感じではなかったので、かなり安心していました。
――ここから長いやり取りが始まるとは思わなかったんですね。
↓ここから続き
残念ながらトラブルになるケースが多いのは本当です。このような背景から、各種トラブルに対応できるよう、JETROでもマニュアルを公開しています。
独立行政法人工業所有権情報・研修館<INPIT>インタビュー
また、「クレヨンしんちゃん」が中国で第三者に無断で商標登録されてしまい、訴訟等で大変な手続きの結果、商標を取り戻したといった事例もあります。チョコエッグなどで知られる大阪の「フルタ製菓」が逆転勝訴し、7年ほどかけて商標を取り戻したケースもあります。
――――すぐる側としてはどんな打ち手があったのでしょうか。
すぐるの打てる手は、①再審依頼+譲渡交渉 ②再審依頼+不使用取消請求 ③再審依頼+無効審判請求+再出願の三つだった。
その中国企業が29類の商品・サービスを3年間出していないことから、2019年5月に②の再審依頼と不使用取消請求を出す。 不使用取消請求が認められる前に、再審請求の結果が出てしまった場合「拒絶」の結果となります。もし、再審請求が拒絶された後に不使用取消請求が認められてしまうと、商標が宙ぶらりんになって、全く関係のないところに商標を取られる可能性があるんです。
そのため、再審請求と不使用取消請求を行った次の日に、新規で同じ商標を再出願し、取りこぼしがないように対応しました。
ですが、この段階では不使用取消請求の結果が出ておらず、再審請求と再出願がどちらも拒絶される可能性があったというわけです。
2019年5月30日、中国企業が新規で「suguru’s」の商標を再出願。弁理士事務所も変更。
――対抗して中国企業も、商標を再出願してきたんですね。
不使用取消請求が来たため、もし取り消された場合に備えて再出願したと考えられます。商標が宙ぶらりんになった場合に備えての打ち手でしょう。
不使用取消請求が本当に認められるか?認められて、商標が宙ぶらりんになるのはいつか?が争点でした。
――この段階ではどんなことを感じていましたか?
各請求でうまくいっても、商標取得できるかどうかは負けパターンもありえたので、不安でした。このあたりから、これからどんな対処に対しどれくらいのお金が必要なのかが気になるようになりました。
弁護士さんともあまり先のことをお話していなかったので、そもそもそんなに続くとすら想定していませんでした。
――中国企業は、なぜそんなにsuguru’sの商標にこだわったのでしょうか。譲渡交渉に持ち込み、買わせたい気持ちだったのでしょうか?
もし相手企業が商標ブローカーであればそうだと思います。商標の出願をした時点で、当社が商標を活用することが確定しますから、最後は権利を買う買わないの話になります。
もし相手が商標ブローカーでなければ、純粋に自分の商標を守りたかったからではないでしょうか。
弊社が最初に出した商標を商標①、次に弊社が再出願した商標を商標②とします。いずれも同じ商標です。商標の流れは、
商標出願→登録
商標出願→拒絶→再審請求→登録
商標出願→拒絶→再審請求→拒絶→裁判等
となり、再審請求は1回しかできないと聞いています。ですので、商標①は再審請求という最後の請求をした所になります。商標②は新しく出したばかりなので新規出願です。
日本では、不使用取り消し請求の結果が分かるまでは、該当商標の再審請求や再出願の結論を待ってくれるらしいのですが、中国は待ってくれないようでした。
そのため、不使用取り消し請求の結果が出ず、いまだ中国企業が「使用中」のまま再出願や再審請求の結論が出ると、確実に「拒絶」になります。
その場合商標①は終わり、商標②の再出願に対する再審請求をする必要がありますが、さらにそれでも不使用取り消し請求の結論が長引いた場合はこれすらも拒絶されます。
弊社の商標が①も②もすべて拒絶された後、不使用取り消し請求が認められなければ今のままの状態です。仮に不使用取り消し請求が認められて商標が宙ぶらりんになっても、中国企業が2019年5月30日に新規で後追いで出願をしているので、商標を取られてしまう可能性が出てきます。
中国企業が、同じ商標を再出願してきた5カ月後の2019年9月20日、すぐる側の「不使用取消請求」に対して、使用証拠書類を提出。証拠の内容は不明。
――中国企業が証拠を提出したという連絡は中国当局からあったのでしょうか?
中国の代理人から連絡が来ました。どんな証拠だったかは本当に開示されないようです。
――そこで「suguru's」ではなく、全く新しい商標「スグル」で商標を出願したんですね。
2019年9月26日、同じく29類で、新しい商標「スグル」で中国へ商標出願した。
「食品」という単語が一般的すぎて拒絶される可能性があり、「スグル食品」での申請はやめた。 商標の問題で輸出が止まっていたため、新たに「スグル」で包材を作り、商標を切り替えて販売していく構想でした。
ですが、包材の作り替えには、1商品当たり30~50万くらいは初回のロットでかかります。
その年の11月、中国から、宙ぶらりんになったときに備えて新規で再出願していた商標②の「拒絶」連絡がくる。すぐに再審依頼を出す。
2019年12月2日、最初に再審請求した商標①の拒絶連絡がある。こうなると、裁判しか打ち手がない。 本請求をここで断念して、残っている再審請求の結論が出るか、不使用取消請求の結論が先に出るかどうかを待つか? 中国企業は「不使用取消請求」に不服申し立て等を行い、引き延ばす作業に出ていたとみられる。――やり取りが重なり、出願からすでに1年以上が経っていますね。この段階ではどんなことを感じてらっしゃいましたか?
純粋に海外とやり取りするってこういうことか、と思いました。当初に楽観していたことを反省し、次はどうすれば良いのか、それを明確にしよう、と考えを変えました。
また、知識や経験がないことがどれだけ無防備かを実感していました。弁護士さんの言う通りにしなければなりませんし、いざ選択肢を与えられても、どういう基準で判断していいか分かりません。「誰に何を相談し、何を学んでいいかも分からない無力感」みたいなものを感じました。
2019年12月23日、相手の提出した不使用取消請求に対する使用証拠が拒絶される 2019年12月31日、相手企業が使用証拠の拒絶に対し不服申し立て。使用証拠の再審請求
――中国当局が「使用証拠は証拠にあたらない」と判断したものの、中国企業は不服申し立てをしたということなんですね。
その通りです。弁明書等をつけて「もう一回審査してくれ」、と請求することのようでした。最初から最後まで、その証拠がいったい何なのかは、弊社側には分かりませんでした。
2020年2月20日、12月23日に証拠が拒絶されていることを、すぐる側の証拠とし、再審請求に対する補填証拠資料として中国へ提出。
中国企業としては、すぐる側の「不使用取消請求」に対する不服申立てと、取消訴訟の裁判をするしかなくなった。2020年9月2日、不使用取消請求が正式に承認された。中国企業の商標が消滅決定
――2年経って、ようやく中国企業の商標が消えたんですね。
やっと決着がついた!と安心しました。包材を新しく刷新しなくてすみます。
2020年9月2日、不使用取消請求の承認を証拠とし、再審請求に対する補填証拠資料として中国へ提出
――これですぐる側が「suguru’s」の商標を正式に使えるようになったのでしょうか?
その予定です。特に手続きはありません。商標②の再出願が受理されれば、それがそのまま商標として登録されます。
ただ、問題が長期化してしまったり、コストが余計にかかったりと反省点も多かったので、手放しでは喜べませんでした。
――最後に、海外の商標手続きなどで悩んでいる後継ぎ仲間への助言があったら教えて下さい。
すでに海外の企業に商標を取られてしまっている場合でも、弁護士さんに相談すれば色々な選択肢を提案してもらえます。その際には、商標登録の全体像の理解や、最悪のパターンの想定をした上で選択肢を吟味することがとても大切だと学びました。
登録の成功確率が最も高い選択を選び続けることが常に正解ではないことも学びました。確実さを求めると、長期化・複雑化し手間もコストも増えます。「あの会社、最近商標で揉めてるらしいよ」みたいな噂が立つかもしれません。だとしたら、思い切って「海外用のブランドを新しく作る」という選択もアリなのではないでしょうか。
1989年生まれ、株式会社スグル食品・専務取締役で新規事業開拓と人材採用・育成を担当。2012年、大学卒業後RICOHに入社。2015年に家業である株式会社スグル食品に事業承継のために入社。経営大学院でMBAを取得。2018年に家族とともに呉へUターンした。「事業承継者もセカンドキャリアを考えたっていいじゃない」をモットーに2020年、コワーキングスペース「ブシツ」をオープンした。
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