デザイン経営でつくる脱下請けの未来 求められる経営者のビジョン発信
デザイン経営は、下請け中心の経営からの脱却を目指す中小のものづくり企業からも注目を集めています。クリエイティブ企業・ロフトワークは2020年9月、「ものづくり企業のデザイン経営」(協力:ツギノジダイ)というイベントを開催。中小企業がデザイン経営を導入するための課題をどう乗り越えるかについて、経営者や自治体の担当者が、実例も交えながら意見を交わしました。
デザイン経営は、下請け中心の経営からの脱却を目指す中小のものづくり企業からも注目を集めています。クリエイティブ企業・ロフトワークは2020年9月、「ものづくり企業のデザイン経営」(協力:ツギノジダイ)というイベントを開催。中小企業がデザイン経営を導入するための課題をどう乗り越えるかについて、経営者や自治体の担当者が、実例も交えながら意見を交わしました。
イベントリポート前編では、ねじや金属加工製品などの製造販売を手がける八幡ねじ(愛知県北名古屋市)と、製造業だけで3000社以上を抱える八尾市(大阪府)の事例を通じて、下請けが中心となっていた中小のものづくり企業が、いかにデザイン経営を取り入れ、事業や組織の改革を進めていったかを紹介しました。
後編では、八幡ねじ社長の鈴木則之さんと八尾市産業政策課係長の松尾泰貴さん、ロフトワーク代表の林千晶さんらによるクロストークの模様をお伝えします。
ものづくり企業が、デザインを導入して新事業や製品を生み出すには、先行投資が必要です。ロフトワークの林さんからは「投資判断はどのように行っていますか」という問いかけがありました。
八幡ねじの鈴木さんは、「デザインを経営に導入して以来、様々なプロジェクトが立ち上がっていますが、企画開発と販売促進のプロジェクトだけは社長である私が責任者です」と答えました。
「その理由は、企画開発と販売促進には投資が必要だからです。稟議書だけを見ても、その事業が本当に有望かどうかは判断がつきません。最終責任者の私が最初からプロジェクトに参加していれば、時間をかけず、担当者の思いも踏まえて総合的に投資判断が下せます」
新規事業には、社長のコミットメントが不可欠であるという点は、八尾市の松尾さんも強調します。同市のものづくり企業を支援する「YAOYA PROJECT(ヤオヤ・プロジェクト)」を担当する松尾さんは、企業へのデザイン導入を支援してきた経験から、「結局、社長が決断しないと何も前に進まない」と言います。
「ものづくり企業は実践肌の経営者が多いので、デザイン経営のやり方を抽象的に伝えても、興味を持ってもらいにくいのが正直なところです。だから、経営者にはまずデザイナーとのワークショップに参加してもらい、自分の頭で考え、手を動かしてもらうようにしています。実地でデザインの価値を体験してもらうことが大切です」
デザイン経営の実践には、経営者の意識だけでなく、組織内の風土も改革しなければなりません。1996年からデザイン導入を進めてきた八幡ねじの鈴木さんも、「デザイナーやエンジニアと一緒に自社製品を作っただけでは、社員が動かなかった」と振り返ります。
「現場の営業マンには、『日々、目の前のお客様のニーズに応えてきた』という自負があります。会社が一方的に自社製品を売ってくれと言っても、『よし売ろう』とはなりません。あるいは『全社をあげて新事業を考えよう』と言っても、傍観するだけの人が出てしまいました」
そこで八幡ねじでは、会社が目指す方向性や、実現するために必要な人材の条件といった「経営ビジョン」を明文化しました。ビジョンの更新に合わせて人事評価のやり方も変えています。
「以前はトップ営業マンが出世するという一本道しかありませんでした。しかし、それでは自分の売り上げを伸ばすことばかりが優先され、組織風土が変わっていきません。だから適材適所の発想で、社内に色々な職種を作り、それぞれ評価軸が異なる人事制度を作っていきました」
人事評価は組織の根幹で、中小企業でも様々な試みが行われています。八尾市の松尾さんは、同市にある木村石鹸という企業の事例を紹介しました。
「例えば、木村石鹸では給料を自己申告制にしています。過去の実績を会社が評価するのではなく、社員が『このくらい頑張るから、このくらいの額がほしい』と会社にプレゼンする制度です。そうすることで、『会社を良くしたい。そのためにどうすればいいのか』と社員自ら考えるきっかけを与えています」
また、木村石鹼は製品開発にあたり、稟議書もなくしましたといいます。意思決定をなるべく現場に近いところで行うようにした結果、商品化のプロジェクトは「何倍にも増えた」といいます。松尾さんは「そうやって従業員のモチベーションを上げていくことで、新しい挑戦に前向きな組織へと変わっていけるのだと思います」と話します。
クロストークには、大垣共立銀行(岐阜県大垣市)常務の土屋諭さんも参加しました。大垣共立銀行はロフトワークとともに、イベント会場になった創造空間「FabCafe Nagoya」(名古屋市)を共同運営しています。
大垣共立銀行のような地方銀行は、地域に根ざした中小のものづくり企業にとって重要なパートナーです。しかし、顧客の中小企業が変革を迫られているのと同様に、「地方銀行も変わらなければならない」と土屋さんは言います。
「以前なら銀行が主な窓口となっていた資金調達の手段が多様化しました。今はものづくり企業でも、試作品をウェブで発表し、実現のための資金を募るクラウドファンディングが広まっています。これからの銀行は企業からの相談を待つだけでなく、自ら事業に入り込み、顧客ニーズを知ろうとしなければなりません。ロフトワークと、FabCafe Nagoyaを作ったのは、その一環です」
ロフトワークの林さんは、「『お客様からの依頼を待っているだけではダメだ』という意識は、下請け中心からの脱却を図った八幡ねじと共通したところがありますね」と指摘します。
これに対して、八幡ねじの鈴木さんは「もちろん、残存者利益があるので、従来の路線のままだとしても、最後の1社として生き残れば企業としては勝ちです。ただ、それだとワクワクできないんですよ」と打ち明けます。
林さんが「しかし、ビジネスにおいて『ワクワクできるかどうか』を基準にしてもいいのでしょうか。私がそれを言うと、よく笑われるんですよ」と問いかけると、鈴木さんはこう答えました。
「例えば若い社員にとって、やりがいのある職場かどうかということは、すごく成長に影響します。つまり、これは未来への投資です。ワクワクなんてビジネスには関係ないと言っていたら、私たちのような中小企業は、本当に未来がなくなってしまいます」
デザイン経営は単にビジネスを効率化するための手段ではありません。企業が主体的に未来を作り、事業を発展させていくための経営手法です。経営者の「こんな事業を作りたい」「こんな組織にしていきたい」というビジョンが、その中心になります。
イベントのオンライン視聴者からは「ものづくり企業がデザイン経営を取り入れるため、まず何をすべきか」という質問がありました。八尾市の松尾さんは「デザイン経営では経営者の『こうしたい』という思いが出発点になります」と語ります。
八尾市のYAOYA PROJECTでは、参加企業へのインタビューを重視しました。「中小のものづくり企業だと、『大したものを作っていないから』と言って思いを語りたがらない経営者が珍しくありません。それでも、私たちが取材に行けば、自社の技術や製品の強みを熱心に説明してくれます。誰しも熱い思いはあります。その思いを言葉にするためには、組織の外に語りかける機会を作ることが大切です。例えば、経営理念や社長からのメッセージを載せるホームページを作るところから始めてもいいでしょう」
八幡ねじの鈴木さんには「典型的な下請け企業でもデザイン経営は導入できるのか」という質問がありました。
鈴木さんは、「どんな会社でも課題を発見して、解決策を形にするデザインの方法論は必要になります。確かに下請け企業だと、『とにかく安くして』と言われがちです。しかし、その要求に応えているだけだと未来を考えられなくなります。事業の先を見据えるためにも、新しい商品や事業の開発はやるべきだと思います」とアドバイスを送りました。
大垣共立銀行の土屋さんも、「もはや貸借対照表(BS)や損益計算書(PL)だけで融資の可否を判断する時代は終わりました。これからは地域密着の銀行という立場を活かして、その会社の弱みや強み、将来性まで含めて判断することに挑戦していきたいです」と話しました。
今回のイベントに登壇したメンバーは、ものづくり企業、企業を支える自治体、銀行と立場は違っても、自分が引き継いだ組織や地域を次の世代につなげたいという思いを持って活動しています。その思いを実現するためのヒントをデザイン経営に求め、徐々に成果が現れてきています。
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