加藤修平さんの略歴
ケープタウン大院卒。同大学のHasso Plattner Institute of Design Thinking(d-school)でデザイン思考コーチを務め、2018年にロフトワーク入社。中小企業のデザイン経営調査や報告書作成、特許庁のデザイン経営実践支援などを担当した。
デザイン経営とは、経営の最上流からデザインを活用して、企業のブランド価値やイノベーションの実現能力を高め、企業競争力の向上につなげるというものです。ブランディングはイメージしやすいですが、デザインを使ってイノベーションを起こすという考え方には、疑問を持つ人も多いと思います。「中小企業とデザイン経営」に関する調査は、その点を意識しました。
デザイン経営は文化を生み出します。わかりやすい例だと、スターバックスコーヒーに代表されるコーヒーのチェーン店が世界に定着したことで、仕事場でも、自宅でもない「サードプレイス」という概念が、暮らしにとって当たり前と言えるレベルにまで定着しています。
文化が生まれるのには、時間がかかります。人の寿命を超える200年という単位で物事を考えてみると、次の世代に残すべき意味があるものが見えてきます。文化として生き残っていくためにも、経営者の個人的な価値観を、社員や新しい仲間にも伝えていく視点が大切です。
- ビジョンを更新する
- 経営にデザイナーを巻き込む
- 組織の変革をデザインする
- 共創のコミュニティをつくる
- 文化を生み出す
8社の中には創業者も後継者もいますが、いずれも経営者自らがビジョンを見つめ直し、経営者とデザイナーが対等に話をできる関係を築いています。組織の変革をデザインし、社内にビジョンを浸透させるため、経営者が色々な仕掛けをしています。また、中小企業は1社だけでリソースを確保できないところも多いのですが、社外のメンバーも含んだコミュニティとして共創活動を行っています。これらを通じて、企業文化が広く生活者の間でも共有され、文化として生き残っていきます。
1.ビジョンを更新する
ビジョンを更新してビジネスの可能性を広げた事例として、新潟県三条市のスノーピークを紹介します。
新潟の燕三条の地域は、金属加工業が有名です。スノーピークは、高品質なアウトドアギア(道具)を作るところから事業を始めました。1980年代後半からは、車にテントを積んでキャンプをする「オートキャンプ」のムーブメントを仕掛け、アウトドアブームで売り上げを伸ばしました。
しかし、そのようなアウトドアブームが下火になった時、今の会長である山井太さんが、自分たちの存在意義を振り返りました。キャンプのイベントを開いて、コアなファンに来てもらい、山井さんと直接話せる場も設けました。イベントや体験の場を作ることで、人と人との横のつながりが生まれ、人間性の回復というビジョンが見えてきました。
アウトドアでおいしいお酒を飲みたいというニーズに応えるため、地元新潟の酒造会社とコラボしたり、家でバーベキューができる住宅の開発まで手がけたりして、スノーピークのファンが広がりました。自分たちの存在意義を考え、時代に合った顧客ニーズを見つけることで、事業領域をアップデートしました。
2.経営にデザイナーを巻き込む
経営者のビジョンを具現化するためには、デザイナーを巻き込む必要があります。東京都立川市の印刷加工会社・福永紙工では、自社製品を作り始めています。社長の山田明良さんは元々アパレル出身です。クオリティーの高い印刷の仕事をしているのに、下請けというだけの立場に違和感を持ち、自社からビジネスを仕掛けるために、デザイナーを巻き込んだプロジェクトを始めました。
まず、デザイナーに工場に来てもらい、自分たちの持つ機械や技術など、ありのままの姿を見せました。工場としての可能性を知ってもらうことで、デザイナーの発想が広がり、実現可能性の高いアイデアが出てきました。そのアイデアを元に、福永紙工では多くの新たな製品を開発しました。
自社開発製品を生み出せばいいというわけではなく、デザイナーと連携するなどして自社の企画力も高めつつ、従来のクライアントからの仕事も続けていくことで、持続可能なビジネスモデルを構築するのも大切です。山田さんも新規開発と従来ビジネスのバランスを意識していました。開発が単発で終わらないように、会社の強みである価値を、市場に伝え続けることがポイントになります。
同社では、WEBサイトをブラッシュアップし、コアなファンに向けてワークショップを開きました。また、自らポップアップストアを運営することで、お客さんと直接コミュニケーションを取り、良さや価値を伝えていきました。
3.組織の変革をデザインする
ビジョンを社内に浸透させるため、組織にどう変革をもたらすかも重要です。ベビー・子ども関連ブランド、ファミリアの社長である岡崎忠彦さんが事業を継いだときは、業界や市場の変化なども相まり、売り上げが下がり始めていました。社長就任当時、社内では「自分たちは子供服メーカー」という認識が強くありましたが、会社のあり方を問い直そうと、創業当時の理念に立ち戻りました。
創業者の坂野惇子さんは岡崎さんの祖母で、NHK朝の連続テレビ小説「べっぴんさん」のモデルになりました。ファミリアは坂野さんを含めた4人のママ友によるベンチャービジネスだったのです。子どもの学びや暮らしの環境を良くすることが、戦後復興につながるという理念が、そもそもの始まりでした。
子供服メーカーという看板は、後からついたものです。創業の理念に立ち戻ったことで、経営ビジョンを「子どもの可能性をクリエイトする」に更新しました。
岡崎さん自身が経営者でありながら、デザイナーでもあります。本社の移転や本店をリニューアルを通して、働く場所に自分たちが目指す世界観を表現していきました。オフィスにディスカッションが生まれやすい環境を作るなど、フラットな組織を目指し、社員の平均年齢や構成も変わりました。新規事業の提案も出るようになり、社員から「こどもてんらんかい」というワークショップのアイデアが生まれました。子供服メーカーでなく、子どもの可能性をクリエイトするというビジョンが社員に浸透したからこその発想です。
4.共創のコミュニティをつくる
中小企業1社ではなく、コミュニティの力を使ってビジョンを育てる視点も大切です。遊具製造や保育園運営などを通し、あそびの空間づくりを行うジャクエツでは 、「Play Design Lab」という組織を作りました。子どもが遊ぶのに最適な環境を作り出すのが目的ですが、大学教授やインテリアデザイナー、グラフィックデザイナー、建築家、プロダクトデザイナーなどの外部の専門家が入っています。
必ずしもこのメンバーでプロダクトを作るわけではありません。企業のビジョンを軸に、コミュニティという緩いつながりで研究し、新しい価値を社会に提案するということです。そこから、見たことも無い遊具や新しい遊び方が生まれました。
さらに、遊具を置く施設の先生向けにプレイブックを作り、どうやって遊ぶかという学びを共有しています。また、遊具は安全性が大事です。開発を通じて得られた知見を、ジャクエツ独自の安全基準として共有しています。
自分たちがオープンになることで、外から新しい情報が入ってくる。1社ではできないことを可能にする仕組みが、共創のコミュニティでビジョンを育てるということなのです。
5.文化を生み出す
新しい価値を社会に受けいれてもらうことで、時間をかけて伝統文化が作られます。滋賀県近江八幡市のたねやグループは元々和菓子屋でしたが、本社周辺に「ラ コリーナ近江八幡」という本社機能と商業施設を兼ね備えた施設を作り、森の再生事業も行っています。ラ コリーナで自分たちが目指すビジョンを体現することで、訪れた人たちに世界観を体感してもらっているのです。
たねやグループはお菓子を作るにあたって、季節の移ろいを大切にしています。ラ コリーナの他にも、たねやでは各店舗に自分たちで育てた山野草を飾って、季節の変化をお客さんに感じてもらい、そこから生まれる会話を楽しんでもらっています。山野草が元気な状態を保つために、店から本社に戻し、一度植え直して育ててから、また店に出しています。
自分たちの創業の地である近江八幡へのリスペクトがあり、近江八幡の自然から生まれてきた伝統を継承した上で、これからの生き方を紡ぎ出しています。
デザイン経営をどうやって始めるか
デザイン経営を実践する企業にみられる5つの特徴を紹介しました。皆さん、ワクワクする部分もある一方、何から始めればいいのか、デザイナーはどうやって見つけるか、デザイン経営を始めるのにどんな支援が受けられるのか、などの疑問点が浮かんできていると思います。
今回紹介したのは、デザイン経営を10年以上手がけている会社が多数です。皆さんはまず、小さく始めて段階的に導入し、その中で得られた学びをもとに改善を繰り返していくことが大切ではないでしょうか。
※次回のリポートは、ファミリア社長の岡崎忠彦さんたちが、デザイン経営の実践例を詳しく語ります。
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