ロフトワーク
2000年に創業。「クリエイティブ・カンパニー」を掲げ、企業などのWEBやブランディング、空間まで幅広い分野のデザインを手がける。東京・渋谷の本社でデジタルものづくりカフェ「FabCafe」を展開している。
経営チームにデザインの責任者がいて、デザイナーが商品開発の最上流から関与するというのが大きな定義です。デザイナーが技術部門とペアを組んで、生活者のインサイト(まだ見つかっていない商品ニーズ)を掘り起こす流れが大切だと考えています。
今までは研究開発部門が企画して商品案が固まった後でないと、デザイナーの仕事が始まりませんでした。しかし、最先端の人工知能(AI)を使ったとしても、技術だけでカバーできるものは限られます。デザインの力を使って、インサイトを見つけるという可能性が広がっています。
商品開発は「100倍速くなった」「半分の重さになった」という分かりやすい数字による差別化が主流でした。しかし、技術レベルが上がるにつれて、商品に対する不満が少なくなっています。技術を追求して差別化しても、生活者レベルではほとんど違いが分かりません。そうではなく「地球環境に優しい」、「仲間とつながれる」など、人間のセンシビリティー(細やかな感情)にニーズが移行する時代に入っています。
「何%気持ちよくなったか」というのは数値化できないので、デザインへの投資は遅れました。しかし、デザイナーというのは、生活者がどのように商品を使うか、どうすれば喜ぶかを常に考えています。デザイナーが常に経営陣と対話していれば、企業のビジョンを具現化して、開発の早い段階で商品のプロトタイプを作ることができます。私も経営者ですが、デザイナーが「千晶さん、つまりこういうことなんです」と見せる成果物が、自分の想像を超える出来栄えになっていた、ということはよくあります。
デザイン経営の実践例は地方にも
――それは、従来型のマーケティングとはどう違いますか。
20年間ロフトワークを経営していて、消費者という言葉は使っていません。例えば20代の既婚女性向けというコンセプトがあれば、その中の60~70%に受けいられるものを作るのがマーケティングでした。でも、これからは、自社の商品を使うかどうかが問題ではなく、自社のビジョンを問い直し、生活者のインサイトに働きかけていくということだと思っています。
――2020年3月に発行したロフトワーク制作の冊子「中小企業とデザイン経営」では、菓子製造販売の「たねやグループ」(滋賀県近江八幡市)や、アウトドア用品メーカー「スノーピーク」(新潟県三条市)など地方企業の事例を取り上げています。
1872年に和菓子屋として創業した「たねや」は、広大な森に本社やショップ、農園を連ねた「ラ コリーナ近江八幡」を作りました。商品を売るだけではなく、コメ作りなども手がけ、年間300万人以上が訪れています。単に和菓子や洋菓子が売れるから「ラ コリーナ」を作ったというだけでは説明がつきません。創業の地である近江八幡の自然を守りたいというビジョンのもとで、デザイン経営を行っています。
スノーピークも「野遊び」や「人間性の回復」というビジョンを掲げ、単なるアウトドア用品販売を飛び越え、ライフスタイルを提案している企業です。
両社ともに経営の上流からデザインを入れています。プロダクトでは差別化がしにくい時代に、企業には自社の商品という狭いレベルではなく、どんな社会的価値を見いだしたいのかという視点でビジョンを考えてほしいと思っています。
デザイナーがビジョンを具現化する
――中小企業がデザイン経営を実践する意味は何でしょうか。
経営規模が小さければ、社長の声が届きやすいという面はあります。また、たねやの例を見ても分かるように、創業の地を守りたいというビジョン策定も、デザイン経営の重要な役割です。中小企業の場合は事業承継する後継者が、大きな課題にぶつかることも多いですが、その時にデザイン経営という考え方が、一つの答えになることもありそうです。
経営者はだまされたと思って、優れたデザイナーと一度仕事をしてみることをお勧めします。自分が言葉にしかできなかったビジョンを、デザイナーは商品などで具現化してくれます。「自分が発した言葉が、こんな形になるんだ」というだけで発見があります。
――新型コロナウイルスの感染拡大で、テレワークの普及、宅配やサブスクリプションモデルへの移行など、従来のビジネスモデルががらりと変わる可能性があります。デザイン経営もその一翼を担う可能性があるのでしょうか。
古くは王様や貴族社会、近代では企業がトップダウンで経済活動のルールを決めていました。しかし、これからは個々人が色々なニーズを持っています。それを束ねる役割を担うのが企業です。UberやAirbnbのように、まずは個人がビジネスを行い、それをやりやすくするプラットフォームを、企業が提供するという形に経済が移行するでしょう。
厳しい時期だからこそ、自社が何のために社会に存在するのかを問い直していかなければなりません。経営者とデザイナーとの間には溝があります。でも、その溝を常に面白がれる視点を持ってほしい。それは、中小企業の皆さんへの鼓舞でもあるし、自分自身に言い聞かせていることでもあります。
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