「御社の機械は使いやすくない」から始まったメーカーのデザイン経営
富山県魚津市の産業機械メーカー「スギノマシン」は、創業80周年だった2016年、ロゴや商品デザインを一新しました。リニューアルは見た目だけで無く、機械の使いやすさから、企業理念、組織再編にまで広範囲に及びました。デザインを用いた経営改革のプロジェクトを率いた、創業家出身の副社長・杉野岳さん(46)に話を聞きました。
富山県魚津市の産業機械メーカー「スギノマシン」は、創業80周年だった2016年、ロゴや商品デザインを一新しました。リニューアルは見た目だけで無く、機械の使いやすさから、企業理念、組織再編にまで広範囲に及びました。デザインを用いた経営改革のプロジェクトを率いた、創業家出身の副社長・杉野岳さん(46)に話を聞きました。
1936年、杉野林平氏が大阪で杉野クリーナー製作所を創業し、配管内を清掃するチューブクリーナの製造を始める。太平洋戦争で工場を富山県魚津市に疎開。1971年に社名をスギノマシンに変更。産業用機械を続々と開発し、北陸有数のメーカーに成長した。
1936年に創業したスギノマシンは、ボイラー配管内部に付着したスケールを取り除くチューブクリーナが出発点でした。今では、超高圧の水で自動車や航空機の素材を切断するウォータージェットカッタをはじめ、医薬品や化粧品向けの微粒化技術など、幅広い商材を提供しています。創業以来赤字は無く、取引先は自動車、航空機、食品、エネルギーなど常時5千社以上です。
杉野さんは、創業者の四男だった父親の次男。一度富山を離れて就職しますが、2001年にスギノマシンに入社します。「父は授業参観にも来られない絵に描いたような仕事人間で、会社への強い思いは理解していました。父や色々な人から会社を手伝ってくれと言われ、これが私の責務だと思いました」
元々は父親もデザインが好きで、会社の新聞広告を主導し、デザイナーの案に自ら修正を入れるほどでした。杉野さん自身も「地下鉄の路線の色分けに、機能性と美しさを感じていました」。入社当時からスギノマシンにも機能的なデザインを採り入れられないか考えていましたが、10年以上思いを温めていました。
「機械のデザインやカラーリングに力を入れるなら、1円でも安くして下さいという世界です。私自身がなぜデザインが必要なのかが腹落ちできていないのに、社内に提案できるわけがありませんでした」
きっかけになったのは、大手の工業デザイン会社から「スギノマシンの機械は、ユーザーにとって使いやすくなっていない」という指摘を受けたことでした。
例えば、ウォータージェットカッタで研磨剤が飛散して機械が泥だらけになり、メンテナンスに支障をきたすことがありました。また、機械を使う際に足場の高さが合わず、顧客自身が踏み板を作って調整するケースもありました。
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「独りよがりの設計をしても、使いやすくはなりません。それをデザインの力で変え、スギノマシンの進むべき道を示したいと考えました」
経営の世代交代の時期だったことも大きかったといいます。「創業以来、当時の社長だった父・杉野太加良も含め、創業者を知る世代によるカリスマ経営でした。しかし、今や海外10カ国に拠点があり、社員の1割は外国籍です。カリスマオーナーが引っ張る経営では、成り立たなくなるという意識がありました。会社のあるべき姿や様々な製品の根底にある強みを、言葉を使わずとも浸透させられるアイコンを、デザインの力で作れないかと考えたのです」
杉野さんは2016年の創業80周年を控えたプロジェクトとして、社内横断的なデザイン経営のチームを立ち上げました。自身が責任者となり、若手を中心に20人を集めました。最初に、過去の社内報や新聞記事など膨大な量の資料を掘り起こし、顧客の反応や社会的反響を理解することからスタートさせました。地味な作業ですが、「スギノマシンがなぜ今まで受け入れられてきたかという歴史を踏まえなければ、デザインによる経営改革も宙に浮いた提案になってしまうからです」と振り返ります。
掘り起こす中で、自社の強みを、切る、削る、洗う、砕く、磨く、解(ほぐ)すという六つの「超技術」と位置づけました。そこから編み出した企業理念が「グローカルニッチリーダー」という造語でした。「スギノマシンはとがった技術で、高い付加価値を生み出すので、市場はニッチになります。しかし、そこでリーダーになることで、価格決定権や業界のスタンダードを作ることができる。超技術を高い値段で買ってもらい、その利益を開発に回し、さらなる超技術を生み出す。そうしたサイクルを作るのが、我々の生きる道なんです」
思いを表しているのが、「SUGINO」の「I」を「!」に変えた新しいロゴマークです。それは、プロジェクトメンバーのいち社員のひらめきでした。杉野さんは「提案があった瞬間、『来た!』と直感しました。我々が目指すものの中核が、ビックリマーク。お客様に超技術で驚きを与えて、グローカルニッチリーダーであり続ける。国内外に理念を説明できるロゴマークになりました」と振り返ります。
社員の意見も採り入れながら、ロゴや社内の作業服、プロダクトのカラーを、白と明るい緑を基調としたものに統一しました。しかし、デザインによる改革は「見た目」だけではありません。機械の開発段階から工業デザイナーに入ってもらい、ユーザーの作業効率を重視した設計を行いました。
杉野さんは代表例として、機械の加工から搬送、高圧洗浄まで行う一貫対応ラインを挙げました。加工機、搬送ロボット、洗浄機のセット製品ですが、元々は三つとも異なるデザインで統一感がありませんでした。「それぞれの機械を異なる事業部で作っており、高さや操作盤の位置が違うなど使いにくくなっていました。一つ一つの機械はユーザーフレンドリーを意識していても、セットで出荷した時、必ずしもそうなっていなかったのです。高さをそろえて、ユーザーが無駄な手間がかからないように、統一したデザインに改善しました」
組織改革にも着手しました。2000年ごろから工作機械や洗浄機、高圧ポンプなど製品ごとに分けていた六つの事業部を、精密機器とプラント機器を扱う二つの事業本部に集約したのです。独立採算で各事業部ごとの責任を明確化する製造業が多く、時代に逆行しているように見えます。しかし、杉野さんにはスギノマシンの歴史を踏まえた信念がありました。
「様々な製品群は、元をたどれば創業の礎になったチューブクリーナから植物の系統樹のように広がっています。例えば、高圧水とレーザーという別々の技術を組み合わせることで、新たな加工技術が生まれるなど、技術の連鎖こそが源泉でした。しかし、事業部制で組織を細分化し過ぎたことで、強みである横の連携が生まれにくくなっていました。収益性だけ考えるなら事業部制がベターです。しかし、自分が担当する製品しか知らない社員ばかりになったら、超技術が生まれなくなると周囲を説得しました」
デザインの力で経営改革に乗り出す手法は、まだ一般的ではありません。一般消費者の反応が見えにくいBtoB企業では、なおさらです。「10人いれば10個の意見があるので、社内の抵抗はやはりありました。でも、賛同は得られなくても理解はしてもらえます。クールヘッドで現状と課題をファクトで示し、ウォームハートで熱意を訴えました」
デザイン経営は、売り上げなどの定量的な効果が、すぐに数字に見えるわけではありません。杉野さんも「機械が使いやすくなった、メンテナンスしやすくなったという声はいただきます。でも、道半ばですし、数字的な効果が見えるかというと、非常に悩ましいです」と認めます。「だからこそ、経営に近い人間が腹をくくって取り組まないといけません。まさに米百俵の精神です」
2019年、杉野さんの兄良暁さんが社長になり、創業家の孫世代が経営の実権を握ることになりました。副社長の杉野さんは自社の将来に、高い理想を描きます。「(スポーツメーカーの)ナイキのように、ロゴを見ただけでスギノマシンという会社が浮かぶようにしたいです。顧客が精巧な機械がほしいと思ったら、スギノマシンに問い合わせてみようというイメージを築きたいし、社員にも我々はそういうものを求められている会社だと意識し続けてほしいです」
新型コロナウイルスの感染拡大で、スギノマシンも受注の激減や納入納期の延期などで、売上の大幅減少が危惧されているといいます。杉野さんは「残念ながら、一連のデザイン経営の取り組みが、直接的に苦境の打開につながるわけではありません」としながらも、こう強調します。「現在も開発や社内の生産体制の強化、そして、できる範囲の営業活動を続けています。コロナ以後の社会がどのような形になろうとも、我々の目指す姿は変わりません。それが社員にとってよりどころであり、シンボルの一つになっていると信じています」
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