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 あらゆる分野で製品やサービスが飽和状態となり、品質や機能では差別化が難しい時代に入りました。デザイン経営とは、社会のニーズを利用者目線で掘り起こし、デザインの手法を用いてブランドやイノベーション力を高め、企業価値をバージョンアップする取り組みを指します。例えば、アップル社の「iPhone」は、誰が見ても一目でアップル社のiPhoneだと分かるデザインになっているのが典型です。日本では良品計画、マツダ、メルカリなどがデザイン経営の先端企業として挙げられます。

 経済産業省・特許庁もデザイン経営に力を入れ始めました。民間有識者らと「産業競争力とデザインを考える研究会」を組織し、2018年5月に「デザイン経営宣言」という報告書をまとめました。報告書では、デザインについて「人々が気づかないニーズを掘り起こし、事業にしていく営み」と位置づけています。そして、企業がデザイン経営を実践するための必要条件として、次の二つをあげています。

  1. 経営チームにデザイン責任者がいること
  2. 事業戦略構築の最上流からデザインが関与すること

 「産業競争力とデザインを考える研究会」のメンバーでクリエイティブ企業・ロフトワーク代表の林千晶さんは、こう解説します。「デザイナーは、生活者がどのように商品を使うか、どうすれば喜ぶかを常に考えています。デザイナーと経営陣が常に対話していれば、企業のビジョンを具現化して、開発の早い段階で商品のプロトタイプを作ることができます」

 では、中小企業とデザイン経営はマッチするのでしょうか。多くの中小企業は経営層にデザイン責任者がいるわけではなく、特にエンドユーザーが見えにくいBtoB企業では、必要性が認識されにくい面があるでしょう。

 それでも、大阪市に本社を置く計測機器レンタル会社「ソーキ」では2020年にロフトワークの協力の下、全社一丸でデザインを用いた改革を進め、ロゴを一新。「『はかる』の未来を創起する」という新たなタグライン(企業理念)も作りました。同社の事例からは、中小企業がデザイン経営を導入する意義が見えてきます。

ソーキは1989年に創業。測量、重さ、気象、温度、水位、ガス検知、安全管理など様々な用途の計測機器を取り扱い、建機レンタル会社を通じて土木工事現場などにレンタルしています。その数は約2000機種3万台にのぼります。また、計測機器をソフトウェアで制御し、自動測量や位置誘導、マシンコントロールなどのシステムの開発、レンタルにも取り組んでいます。。今は年商約50億円、従業員260人の規模になりました(写真はソーキ提供)

 土木建設分野での計測機器レンタルで成長を遂げたソーキは、創業25年の2014年、2代目の都志直博さんが社長になったのを機に、企業文化を変えようとしました。収益性の改善に取り組み、先代の時は数%だった営業利益率を、直近では10%台にしました。それでも、まだ道半ばだったといいます。

 経営企画室長の本杉賢司さんは「ソーキはこれまで土木建設業界のお客様に育てて頂き、順調に成長してきました。そのせいか、弊社の文化は保守的で受け身なところがあります。しかし、この先は人口減少による土木の需要の頭打ちが懸念されます。このため新規開拓に取り組むという意識改革が、課題になっていました」と言います。

 なぜ、意識改革に、デザインの手法を採り入れたのでしょうか。同社マーケティング部長の双木(なみき)万梨子さんは「今までは、会社の存在意義を明確にしなくても、うまくいっていましたが、変化の時代には、ソーキの強みをお客様に自ら提案する姿勢が必要です。社内の空気を変えるには、ロゴやカラーなど、デザインを一新し、目に見えるもので伝える効果を狙いました」と話します。

インタビューを受ける本杉さんと双木さん。2人とも中途入社で、外からの目線を生かして、ソーキの改革に取り組みました。

 2020年に入り、デザイン経営の社内プロジェクトがスタートしました。ソーキは経営層にデザイン責任者がいたわけではありません。しかし、デザインの専門集団であるロフトワークに依頼し、経営の最上流からデザインに取り組む体制ができました。

 デザイン経営は一部の人間が進めても、社内の大多数が置き去りなら、「笛吹けど踊らず」になってしまいます。特許庁が2020年3月に発行した冊子「『デザイン経営』の課題と解決事例」では、8つの課題を挙げています。 

・経営陣の理解不足
・効果を定量化できない
・組織体制・評価指標ができていない
・ビジネスとの両立
・全社的な意識の不統一
・人材・人事
・用語・理解の不統一
・既存プロセスへの組込

 デザイン経営に最重要なのは、クリエイティブのセンスではありません。自分たちの足元を、丁寧に見つめ直す作業が大切なのです。そこで、ソーキが特に重きを置いたのは「全社的な意識の統一」です。双木さんは「社員一人一人が自社を見つめ直さないと、デザインによるCIの構築も他人事になります」と振り返ります。ロフトワークは現場社員に、会社の強みや弱み、仕事のやりがい、働く上で大切にしていることなどを丁寧にヒアリングしました。営業や商品企画といった顧客と接する部門だけでなく、機材管理やメンテナンスなどバックオフィスも対象にしました。

ソーキの社員が出した意見は付箋に書き出されて、集約されていきました(ソーキ提供)

 本杉さんは「機材管理などは社内でもルーティンワークと思われがちですが、実は日々小さな改善を重ねていることが、このプロジェクトで分かりました。バックオフィスの声も経営に届くという印象を持ってもらえました」。社内横断的に出た声は付箋に書き出し、何千枚もの意見をデータ化し、課題を抽出しました。

 2016年に、ロゴなどを一新した富山県の産業機械メーカー「スギノマシン」も過去の新聞記事や社内報をひっくり返すアプローチで、自社の強みを掘り下げていきました。

 意見をもとに決まったソーキのタグライン(企業理念)が「『はかる』の未来を創起する」でした。双木さんは「何かを『はかる』という作業は、すべての創造の起点になります。今は計測機器レンタルがメインですが、『はかるの実現』というキーワードから、色々なビジネスが生まれる可能性を秘めている。そして、土木建設を通じて、未来の社会環境作りに貢献したいという願いが込められています」と説明します。

 「創起」という言葉は旧社名の「創紀商会」を下敷きにしており、創業者の思いも引き継いだ上で、アップロードしている姿勢が伝わってきます。

 ロゴは「SOOKI」の「OO」をアレンジして、「∞(無限大)」を表現。未来へのチャレンジ精神を示しました。「ものづくりには人と人とのつながりが欠かせません。∞にはチェーンでつながるイメージも込めました」(双木さん)。

企業価値が明確になったことで、営業担当者からは「自信を持って営業に行ける」という声があがっているといいます。

 同社でもデザインが斬新過ぎれば、社員や顧客がついていけないのではないか、という懸念があったといいます。しかし、今回のCIやロゴは、社員へのヒアリングや同社の歴史がベースになっており、目新しさと会社の強みが同居する作りになりました。すでに新しいロゴやタグラインを入れた名刺は作成し、社用封筒なども一新しました。

 デザイン経営の課題である「効果の定量化」や「既存プロセスへの組込」へのアプローチはこれからです。社員向けの行動指針や、会社案内のパンフレット、ブランディングサイトの開設など、社内外にソーキの企業価値を浸透させる取り組みを続ける予定です。

 ソーキでは、顧客目線に立った取り組みとして、7月中旬から「SOOKI Movie Studio」という動画コンテンツを、公式サイトで展開しています。取り扱いが難しいレンタル機器を、動画で分かりやすく解説する試みです。毎月30本以上を撮影・編集して、最終的には500~1000本にするのが目的です。

 「顧客が企業と接点を持つあらゆる体験に、デザインの価値や意志を徹底させる」(デザイン経営宣言)というデザイン経営の役割が、動画コンテンツの取り組みに生きているようにみえます。双木さんは「お客様が喜んでくれて、新しい機材を借りてみようと思ってもらえれば、ほかのサービスを利用する機会にもつながります」と言います。

 ロフトワークの林さんは「経営規模が小さければ、社長の声が届きやすいという面はあります。厳しい時期だからこそ、自社が何のために社会に存在するのかを問い直していかなければなりません」と強調します。

 創業から年月を重ねた中小企業こそ、デザインの力を借りて、自社の強みを再定義し、スピード感をもって社内外に企業価値を示すことができます。攻めの経営へ、自社の武器をもう一度磨き上げる地道な作業こそが、デザイン経営なのです。