「見た目の美しさ」だけじゃないデザイン経営 ものづくり企業の実践例
良品計画やマツダなどが取り入れ、経済産業省も推進するデザイン経営を、中小企業はどのように実践すればいいのでしょうか。クリエイティブ企業・ロフトワークが2020年9月に開いたイベント「ものづくり企業のデザイン経営」(協力:ツギノジダイ)では、デザイン経営を自社の課題解決に生かした地方企業や、デザインの力で地場企業を後押しした自治体の事例が紹介されました。
良品計画やマツダなどが取り入れ、経済産業省も推進するデザイン経営を、中小企業はどのように実践すればいいのでしょうか。クリエイティブ企業・ロフトワークが2020年9月に開いたイベント「ものづくり企業のデザイン経営」(協力:ツギノジダイ)では、デザイン経営を自社の課題解決に生かした地方企業や、デザインの力で地場企業を後押しした自治体の事例が紹介されました。
まず登壇したのは、八幡ねじ(愛知県北名古屋市)社長の鈴木則之さんです。同社は1946年、鈴木さんの祖父がねじの製造工場として創業。現在は商社の役割も果たしています。鈴木さんは3代目の経営者です。年商は約250億円で、従業員数は国内外で1000人を抱えています。
2019年には2つの製品でグッドデザイン賞を取るなど、デザインを重視するものづくり企業として知られています。製造だけでなく、デザイン経営を取り入れたきっかけは、「ねじという商材が抱える課題にあった」と鈴木さんは振り返ります。
「ねじは製品そのもので差別化できない商材です。中小企業の経営者は多くの場合、品揃えの豊富さや、低価格、即納体制といった工夫で差別化を図ってきました。私たちも同様でしたが、次第に『このままで本当に事業は発展していけるのだろうか』と感じるようになりました」
安さや便利さを追求するだけでは、他社から抜きん出ることは難しい。そんな課題に直面した八幡ねじは、1996年に企業経営にデザインを本格導入することを決断します。
当時、八幡ねじの主力事業は企業向けの部品供給でした。その後、DIYブームが広まり、ホームセンターを通じて一般の人もねじを購入するようになっていました。しかし、消費者は作りたいものはあっても、どのねじを購入すればいいのかまでは分かりません。そこで選びやすく、買いやすいパッケージで差別化を考えました。
「パッケージのデザインを相談する過程で、『ねじの魅力は無駄を削ぎ落とした機能美にある』とデザイナーに言われたことが印象に残りました」と鈴木さん。これは八幡ねじの本質を表した言葉でもあると捉え、「無駄を削ぎ落とす」という方針のもと、パッケージだけでなく、事業全体も見直していきました。
その象徴として、まずは企業ロゴを刷新します。売り手・買い手・世の中の三方が幸福になる事業を目指す「三方善」という創業以来の理念を右肩上がりの三本線で表したロゴを、あらゆる顧客接点に使い、ブランドとしてのイメージを統一していったのです。
そうしたデザインマネジメントを通じて、「複雑化するビジネスをシンプルに整えることで価値を生む」という意味の「整流化」という事業コンセプトも導かれていきました。同社は現在、ねじに限らず、金属の加工部品やDIY関連製品など、約40万アイテムに及ぶ商品ラインナップがあります。すべての事業は、このコンセプトを中心に展開されています。
鈴木さんは「中小企業では必ずしもマーケティングが重視されていない」といいます。特に企業向けのBtoB事業を行うものづくり企業にはその傾向が強く、八幡ねじも自社で顧客のニーズを探り、製品・サービスを独自に企画するといった経験に乏しいことが課題となっていました。
自社でマーケティングや企画の機能を持たなければ、中小企業はずっと下請けの立場にとどまり、業界の動向に左右されやすい不安定な経営を続けることになってしまいます。同社が注目したのがデザインの方法論でした。
「しかし、」と鈴木さんは強調します。
「商品の企画はデザイナーを入れればできるようになります。ただ、それを現場の社員が積極的に売ってくれるようになるかは別です。デザイン経営には組織の風土改革が絶対に必要です」
組織内の意識を統一するため、鈴木さんは2019年末から社長直下のプロジェクトチームを作りました。デザイナーだけでなく、エンジニアや営業など、社内のさまざまな部署から集まったメンバーが長期ビジョンを作り、それを実践していくための方法を提案しています。
「デザインは見た目の美しさを追求するだけのものではありません。本質は顧客の抱える課題は何か見つけることにあります。想像力を働かせて解決策を探る。そして、実際の製品・サービスとして形にする。それこそがデザインです」
「デザイン経営とは経営理念を軸に、この一連のプロセスを組織に浸透させていくものだと考えています。デザイナーを入れて終わりではありません。全社員が顧客の課題発見から解決策の提示、具体化まで実行できる集団にしていく。それが私たちのデザイン経営です」
イベントでは、大阪府八尾市の経済環境部産業政策課係長である松尾泰貴さんも登壇しました。松尾さんは、同市がロフトワークと推進する「YAOYA PROJECT(ヤオヤ・プロジェクト)」を運営しています。
ものづくりの街として発展してきた同市には、製造業だけで3000社以上あります。ほとんどが金属や樹脂、繊維などの加工技術で日本の製品を支えてきた下請け企業です。松尾さんは「高い技術力を持ちながらも、世の中には知られていない企業ばかりでした。八尾市の企業の魅力を広く知ってもらうための試みが『YAOYA PROJECT』です」と説明します。
プロジェクトのテーマは「共創」です。参加企業には自社の持つ技術や特徴について、ウェブを通じて発信してもらいます。中小企業は企画やマーケティングの経験に乏しいことは分かっていても、専門の人材を獲得することは難しいのが現状です。プロジェクト1年目は、市内の中小企業8社が参加。公募で集まった国内外のデザイナーとマッチングしました。
プロジェクトは1年目から反響を呼び、英語と中国語でも発信したことから、日本だけでなく海外からもオファーがありました。96個のアイデアが集まり、仮眠用アイマスクや折りたたみソファーなどユニークな製品が生まれました。
松尾さんは企業とデザイナーをマッチングさせるだけでなく、彼らが二人三脚でものづくりに取り組める環境も整えました。
「こういうプロジェクトでは企業が技術だけを提供して、肝心の企画はデザイナー任せになってしまうことがよくあります。しかし、それではプロジェクトが単発で終わってしまい、自社製品の開発が継続されないと感じていました」
プロジェクトでは2019年、台湾で企業とデザイナーが参加するワークショップを開催しました。企業訪問や市場調査をデザイナーと一緒に進めてもらうことで、参加企業の経営者たちに、「自分たちがやりたいこと」を言語化してもらう狙いがありました。
「中小のものづくり企業は、大企業からの受注がほとんどです。『やりたいこと』を意識せずとも経営が成り立っていました。そこでワークショップでは、経営者自身の価値観を明確にすることが大切でした。どんな製品を良いと感じるのか、どんなショップに自社の製品を置いてもらいたいのかという会話を、デザイナーとひたすら積み重ねてもらいました」
デザイナーとの共同作業で生まれた試作品は、台湾での展示会を経て、実際に販売されました。特に好評を博したのは、錦城護謨という企業が手がけた、切り子ガラスを意識しながらも、透明度の高いシリコーンゴムでできたロックグラスでした。
プロジェクトが好評だったことから、それまで自社製品の開発を行っていなかった地元企業も手応えを感じ、2年目には「もっとやってみたい」という提案が増えているそうです。
「参加を希望するデザイナーも増えており、その中には1年目でメンターを務めてもらった方々もいます。『あそこでは何か新しいことができそうだ』というイメージを広めていくことで、八尾市をイノベーションが生まれる街に変えていきたいと思っています」
※イベントリポート後編では、鈴木さん、松尾さんと、ロフトワーク代表の林千晶さんによるクロストークの模様をお届けします。
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