医療従事者も使う「身につけるメモ」 ヒットの陰に水平のネットワーク
東京都立川市の工業用シールメーカー「コスモテック」は、「身につけるメモ」を開発し、医療従事者を中心に愛用されています。2代目社長の高見澤友伸さん(51)は、リーマン・ショックを機に下請けから方向転換し、自社製品の開発に乗り出しました。後編では、BtoC製品をヒットさせたプロセスを伺いました。
東京都立川市の工業用シールメーカー「コスモテック」は、「身につけるメモ」を開発し、医療従事者を中心に愛用されています。2代目社長の高見澤友伸さん(51)は、リーマン・ショックを機に下請けから方向転換し、自社製品の開発に乗り出しました。後編では、BtoC製品をヒットさせたプロセスを伺いました。
――社内で「埋もれた技術だった」というタッチパネル用保護フィルムが台湾でヒットしました(前編参照)。同じように、入れ墨や傷痕を隠す「特殊転写シール(タトゥーシール)」を、国内向け商品として前面に出したのはなぜでしょうか。
リーマン・ショック以降、国内向けにも新しいビジネスの可能性を探っていました。そのなかで、1993年に「水を使わず、すぐ貼れるタトゥーシール」を開発したことに注目しました。
当時もビジネスとしては成立しましたが、本業である工業用テープが急激に拡大したため、市場規模が小さかったタトゥーシールにはまったく力を入れていませんでした。
しかし、水を使わないタトゥーシールは珍しく、コストは高くてもユニークな製品。何かアイデアをプラスできれば、利益を出せるかもしれないと踏んだのです。
――事業を進めるにあたり、従業員の理解をどのように得たのでしょうか。
社内だけでアイデアを出すのは難しいので、宣伝や認知活動を通して、技術を外に開く方向性を共有しました。特殊な技術も、新しいビジネスを作ることでしか展開できません。色々なところに顔を出し、コネクションを作って、仮説でもいいから提案することを繰り返しながら、可能性を探りました。
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たとえば、タトゥーはコンテンツ業界との親和性が高いので、東京都が実施しているマッチングイベントには、必ず参加しています。それ以外にも、医療系の会合などにも参加して、タトゥーシールを医療系に応用できないかを模索した時期もありました。
2016年、タトゥーシールを東京都主催のビジネスデザインアワード(TBDA)に出品したのも、その一環です。企業とデザイナーのマッチングを目指すコンペティションと聞き、この製品をデザイン業界に知ってもらうことで、用途開拓の可能性が広がると考えました。
――アワードをきっかけに、デザインコンサルティング会社「kenma」と共同で商品開発を進めることになりました。
kenmaがタトゥーシールの技術を生かし、忙しい医療現場向けに「肌に貼って直接書けるメモシール」というアイデアを出してきました。ここまで「書く」ことにフォーカスしたのは、自分たちの発想にはなく、面白いと思いました。
医療従事者の多くが、手のひらや腕に直接文字を記録する「手メモ」をしている状況を、上から文字を書ける転写シールで解決できる可能性があることに気づきました。
――「肌に貼って直接書けるメモシール」は16年のTBDA優秀賞を受賞。18年には「ウェアラブルメモ(身につけるメモ)」をコンセプトにした「wemo」ブランドとして商品化し、大ヒットしました。
実は、TBDAで披露した案は、商品化の時点で頓挫しています。メモ帳としては値段が高すぎたのです。
kenmaからは代わりに、腕に巻きつけるシリコンバンドをメモ帳として使えないかというアイデアが出ました。バンドに特殊なコーティングを施すことで、文字を「書いて、消せる」という機能を付け、何度でも使用できるシリコン製のウェアラブルメモが完成しました。
コスモテックの技術のコアは、高分子材料を混ぜて塗ることです。粘着剤を塗ると粘着テープになるし、シリコンバンドの上に特殊素材を塗ると、wemoになるわけです。BtoC向けの製品開発は初めてチャレンジしましたが、今までの事業からはぶれていません。
――wemoには、どんな反響があったのでしょうか。
2017年の「国際 文具・紙製品展」(ISOT)に、wemoのプロトタイプを出展しました。一番小さな3メートル四方のブースを、常時30〜40人が取り囲み、ものすごい熱気でした。一見何か分からない目新しさと、メモを手に書くことで課題を解決するというストーリー性が注目されたようです。
「いかに足を止めてもらうか」を意識した、kenmaのブースの見せ方も効果的でした。新聞やテレビなど多数のメディアでwemoが掲載されました。
――BtoC向け商品の開発で、社員のモチベーションはどのように変化しましたか。
今まで社員は、自分が手がけたプロダクトを直接見る機会がほとんどありませんでした。それが近所の大型量販店でも扱われ、メディアに会社名が出ることによって、自信やモチベーションアップにつながっているでしょう。新しいことに取り組む機運が高まっています。
――wemoは、主にどのようなシーンで使われているのでしょうか。
医療の他にも、災害、農林水産、製造・建設など、メモをすぐ取り出せない現場で働く人をはじめ、飲食店のフロア業務など立ち作業をする人にも広く利用されています。認知症やADHD(注意欠陥・多動性障害)など、記憶が困難な方のサポートツールとしても活用されています。
発売から1年で、当初目標の10倍になる10万本の売り上げを達成できました。
――新規顧客を獲得できた要因は。
私たちにはない企画力、マーケティング力を持つ会社と組んだことです。kenmaがビジネスアイデアを出し、コスモテックが実現性を探るという役割分担がはっきりしていました。
イノベーションというと「技術革新」をイメージしがちです。しかし、少なくともwemoに、技術的なイノベーションはありません。アイデアのプロと協働して、すでに持っていた技術を横展開し、組み合わせることで新しい用途を生み出しました。
今もkenmaとの取り組みは続いています。wemoの書き味、消し味一つとっても、改良に終わりがありません。ポストイットのようにペタッと貼るタイプや、ボールペンではなく油性フェルトペンで書けるタイプなど、シリーズ展開も大切にしています。
今年のISOTでは、何度も書いて消すことができる、脱使い捨ての収納タグ「ReTag」という新シリーズを発表しました。
――コロナ禍の影響はありましたか。
売り上げでいうと、プラスとマイナス、両方の影響があります。経済の萎縮で売り上げが落ちながらも、ノートパソコンの出荷台数が飛躍的に増えて、粘着テープの需要が一時的に伸びました。ただ、それはあくまでバブルなので、長期的にみたらマイナスの方が大きいでしょう。
一番つらいのは、直接会っての面談が制限されることです。私たちのビジネスは、プロダクトではなく、ソリューションを売っています。
顧客に課題解決のための新商品を提案する際には、サンプルを出しながら、ひざとひざを突き合わせたコミュニケーションが、重要です。今の取り組みは数年後のビジネスの種まき。それが進まないことに危機感があります。
――コロナ禍の中でも、20年12月には大手文具メーカー「コクヨ」とのコラボレーションを行いました。
コクヨと協力して、「身につけるメモ」から発展させ、書いて消せる機能を付けたIDカードホルダーを発売し、現在、約1万個を売り上げています。人との出会いや、様々なリレーションシップが積み重なった成果です。
リーマン・ショック以降、下請けからの脱却を意識してから、水平のネットワークづくりを考えています。「wemo」という商品や技術を使いながら、一緒にビジネスをつくるパートナーを、積極的に探したいです。
――下請けから脱却し、自社の強みを生かして一般消費者向けビジネスに進出しようと考える製造業は少なくありません。成功させるためのポイントは。
初めからBtoCを狙うとうまくいかないと感じています。コスモテックでは結果としてBtoCになりましたが、それを目的にしたことは一度もありません。
あくまで、新しいビジネスを創造することが目的です。そのために自社の得意分野が何であるかを、外部の目線で整理して提示できるようにすること。さらに、自社ではできないことを他社との協業で補うことが、特に資源が少ない中小企業では重要です。
会社全体としては、自分たちが得意にしていることを深掘りし、(他社との)いい出会いを重ねて、広げることを意識しています。パートナーシップを深めることでしか、新しいビジネスは生まれないと思いますから。
――高見澤さんが描いている会社像や経営者像を教えてください。
規模の大小を問わず、ユニークなものを提供し続ける企業でありたい。そのためにも、変化に柔軟に対応できる組織である必要があります。リーマン・ショックやコロナ禍が示すように、外部環境はいつも変わるものだし、(一つに)依存しているとリスクも大きくなります。
経営スタイルは、それぞれのやり方でいいと思います。私と創業者は違います。将来、私の後継者になる人にも「この状況ならこうするべきだ」とは伝えません。状況に合わせて柔軟に変化を乗り越えてほしい。自分もその覚悟を持ちたいと思います。
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