目次

  1. 入社と同時にスタートした抹茶作り
  2. 減っていく茶畑に危機感
  3. 社長に就任、出雲抹茶を新たな武器に
  4. 出雲抹茶からヒットスイーツが誕生
  5. 出雲抹茶は鮮やかだと、エビデンスで説得する営業
  6. 山陰地方だからできた、色鮮やかで苦くないお抹茶
  7. 取材をした老舗食堂からみた成功要因

――桃翆園を継がれるまでのキャリアを教えてください。 

 三人兄弟の長男として生まれ、大学卒業後の2007年に桃翆園に入社しました。実家は会社の敷地内にあり、会社のこと、従業員のことを身近に感じられる環境で育ちました。下2人の兄弟が継がないと言っていたこともあり、自分が継ぐことになると小さな頃から決めていました。

――入社されてから、どのようなお仕事をされていましたか?

 入社を決めた頃、当時の社長の号令で創業100周年の記念事業として新たな茶畑の造成が決まりました。出雲は不昧公(ふまいこう)こと松江藩主・松平治郷(まつだいら はるさと)公の影響で、江戸時代から和菓子とお茶の文化が根付いた街なのですが、出雲はおろか中国地方では抹茶が生産されていませんでした。そこで我々が、もともと作っていた煎茶に加え、抹茶作りも手がけることになりました。

 入社直後から2年間茶畑で働き、畑を耕すことから茶の手入れ、収穫などをおこないました。初めて茶畑となる場所を見た時、「こんなだだっ広いところで作るのか」とそのスケールに驚きました。その後にお茶の加工を行う製造ラインに異動になります。

 さらに1年ほど経った頃、欠員が出た営業担当に移りました。取引先のスーパーや小売店に出向くとこから始まり、メーカーの営業にも行きました。営業を通じて、小売店でのディスプレーの仕方や、大口顧客のニーズをいかに満たすのかなどお茶の売り方を学びました。契約書を交わさずにやり取りが行われる、お茶取引独特の商習慣も目の当たりにしました。

(続きは会員登録で読めます)

ツギノジダイに会員登録をすると、記事全文をお読みいただけます。
おすすめ記事をまとめたメールマガジンも受信できます。