「一代限り」だったパン店で成長した2代目 脱ワンオペで人材が定着
岡山市のパン店「おかやま工房」は創業者の河上祐隆(つねたか)さん(60)が直営店を構えながら、全国約300店舗の開業支援ビジネスを広げ、一代で会社を大きくしました。息子で2代目の勝史(かつし)さん(36)は店長のワンオペ労働を変えるなどして働き方改革を推進。人材の採用と定着を図り、父のビジネスをさらに発展させるために知恵を絞り続けています。
岡山市のパン店「おかやま工房」は創業者の河上祐隆(つねたか)さん(60)が直営店を構えながら、全国約300店舗の開業支援ビジネスを広げ、一代で会社を大きくしました。息子で2代目の勝史(かつし)さん(36)は店長のワンオペ労働を変えるなどして働き方改革を推進。人材の採用と定着を図り、父のビジネスをさらに発展させるために知恵を絞り続けています。
目次
岡山市に2店舗、米国に2店舗の直営店を構えるおかやま工房は、全国でパン店の開業を支援する「リエゾンプロジェクト」を展開しています。
「未経験者でも5日間でパン屋になれる」という触れ込みのもと、研修料10万円、契約料300万円で開業を支援するビジネスモデルを築きました。現在の支援店舗数は265。直近の売上高は約6億円で、約80人の従業員を抱えます。
祐隆さんはパン職人として大阪で小さな店を構えた後、勝史さんのぜんそくの療養のため、岡山に拠点を移しました。勝史さんの成長に合わせるように、祐隆さんはおかやま工房を「パン屋」から「企業」へと生まれ変わらせました。
2009年にリエゾンプロジェクトを立ち上げてからは事業を急拡大し、海外進出も果たしています。
ただ、そんな父の背中を見ていた息子の勝史さんは、子どものころにこう思っていました。
「パン屋の仕事は深夜3時から始まって夜も遅く、父も忙しくて大変そうでした。一緒に遊んだ記憶もほとんどありません。父からも『パン屋の仕事はしんどい』と言われていたので、自分が後を継ぐなんて考えたこともありませんでした」
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それでも、大学卒業を控えた勝史さんは、おかやま工房への入社を決意します。「社会に出ることを真剣に考えたとき、どれだけ力になれるかわからないけど、これまで育ててくれた親への最後の孝行のつもりで就職しようと考えました」
一方、父の祐隆さんは戸惑いを隠せませんでした。
「仕事がきついパン屋は創業者一代限りで終わり、子どもが後を継ぐケースはほとんどありません。うちも僕一代と思っていたし、息子の入社で従業員が余計な気を使って働きづらくなるのが嫌だったんです」
祐隆さんは今は亡き先妻に相談しました。先妻からは「これまでたくさんの部下にパンづくりを教えて独立を支援してきたのに、息子に教えることはできないの?」と言われたのです。
祐隆さんはその言葉にはっとします。そこで、かつて自分と一緒に働いていた妻を勝史さんが働く支店の店長に据え、「息子を頼んだ」とお願いしました。
08年、いち新入社員として入社した勝史さんは父を「社長」と呼び、祐隆さんも息子を「河上くん」と呼ぶようになりました。それは今も続いています。
「先輩や上司にも敬語なので、社長にも24時間敬語です。“なあなあ”にしたくないという社長の強い意思がありましたし、僕もそういうものだと思っていました」
入社した勝史さんを待ち受けていたのは、ハードな毎日です。早朝3時からパン生地の仕込みをして、午後8時まで立ちっぱなしでした。
店の先輩が独立し、勝史さんは1年ほどで部下を持つようになると、家業の構造的な問題に向き合うようになります。
「忙しすぎて従業員が疲弊していました。入社してすぐに退職する社員も多く、相当な覚悟のある人しか続かない職場には無理があると思いました」
特に店長にはスタッフ管理、イベント企画、ディスプレーなどの業務が集中している状態だったといいます。
勝史さんは、祐隆さんにも相談して働き方改革に着手しました。
ディスプレーは販売スタッフ、新商品開発は全員、SNSなどのPRは新人というように分業を徹底。組織改革も進めて、店長やリーダー職といった役職も廃止しました。「店長のワンオペ組織」から移行し、目指したのは部活動のような組織といいます。
「小学生からサッカーをやっていたので、部活動の延長のような組織のほうがうまくいくと感じていました。全員が同じ目線で同じ目標を目指すフラットな組織を理想にしました」
そんな提案に、祐隆さんも「昔とは時代が違う。息子の意見を聞かないと、若い子を使うことができないと思いました」と賛同します。大手人材会社とも相談しながら改革を進め、週休2日、1日8時間労働を徹底しました。
「私は仕事はつらいものと教わりましたが、同業者の後継ぎが長く続かずに辞めてしまうのも、パン屋の仕事がきつすぎるからです。息子は『苦しかったらみんな辞めていく』と言います。楽しく働ける環境づくりは、経営戦略上も重要だと感じました」
改革の結果、最も大きな効果が表れたのが退職率の減少です。それまで3年続く人材はほとんどいなかったのに、今では5年、10年勤務するスタッフばかり。女性スタッフも多く、育休後に復帰する人も珍しくありません。
働きやすい会社というイメージが地元の専門学校などで広まり、自然に人が集まる状態になったことで、採用にかける費用も激減しました。
勝史さんが入社して4年目の11年、祐隆さんが先に取り組んでいたインドネシアの開業支援事業で、おかやま工房から常駐スタッフを派遣することになりました。治安が不安定な場所への赴任ということもあり、息子の勝史さんに白羽の矢が立ちました。
祐隆さんは「生活習慣が違う海外で頑張ればタフになって成長できる。度胸試しと思い、送り出しました」と言います。
「20代のうちは何でもやって、すべて吸収しようと思っていました」という勝史さんは言葉が通じないインドネシアに10カ月ほど滞在しました。
店の日本人スタッフは勝史さん1人。治安が悪く、店と自宅の往復だけの毎日で、ストレスも多かったといいますが「仕事はやりがいがありました」。
日本のように季節の商品を出したり、競争意識の高い従業員を束ねたりしながら、短期間で6店舗の開店にこぎつけました。
このときの経験が、後の同社の海外支援事業に大きく役立ちます。東南アジア、中国、米国など海外からのオファーも相次ぐようになったのです。
勝史さんは「海外での支援事業や直営店もオープンし、僕も世界中を飛び回る日々でした。いろいろな国の経営者とやり取りをして、考え方や文化の違いからくる多様な経営スタイルを学べました」
海外への拡大路線はリスクも多く、失敗に終わった事業も多くありました。5千万円、1億円という高額な投資をしても回収できず「そのたびに倒産しかけて、銀行から運転資金を借りました」(祐隆さん)。
しかし、父の挑戦を間近で見てきた勝史さんはこう話します。「新規ビジネスを始めるときは、社長はもちろん、僕も失敗するとは思っていないんです。リスクはあるかもれないが、社長がやると決断したならその意思を尊重する。そこで最大限の努力をして結果を出すことが自分の役割だと考えていました」
経営危機を脱したのは、リエゾンプロジェクトの成長でした。人気経済番組で取り上げられたことで知名度が広がり、一気に支援件数が増えました。
特に最近はコロナ禍によるテイクアウト需要の高まりもあり、開業支援の説明会参加者数がコロナ前の倍になりました。参加者の半分以上が実際に契約し、開業支援を受けています。
勝史さんは帰国後に取締役となり、20年には常務に就任しました。祐隆さんはリエゾンプロジェクトと海外事業などのプロデュース、勝史さんは国内の直営店経営というように、役割を分担しました。
常務就任後は、祐隆さんと経営に関するミーティングの機会が増え、経営者としての目線が身についたと感じています。
「会社の数字を一層シビアに見るようになりました。店長時代は売り上げを追いかけていればよかったのですが、今は利益を上げるにはどうするかという視点で経営を考えるようになりました」
コロナ禍の最中には、直営店に「定休日」を導入しました。以前は、少ないスタッフが交代で週1回休む体制でしたが、全員が定休日に休めるようにしました。
休日出勤がゼロになり、残業も減少。スタッフはしっかり休みが取れ、有給休暇も取得しやすくなったといいます。
「定休日があることで売り上げ自体は減少しても、コストを抑えられるので利益はアップしました。経営課題の捉え方という点ですごく勉強になりました」
コロナ禍でも、同社はパンの個包装を行いませんでした。勝史さんは「うちは焼きたてを出すことが大切で、熱々のままだと袋には入れられません。個包装を求める声もありましたが、袋に入れたら負けと思っていました」。
こうした取り組みも奏功し、おかやま工房の業績はむしろ伸びているといいます。
祐隆さんは5年後の65歳には社長を引退して経営を勝史さんに任せ、自身は海外でパン屋開業などのプロデュース業に専念することを計画しています。
勝史さんは創業者の父のやり方とは違う形で、家業の未来を描いています。
「僕自身は会社を大きくして知名度をあげるよりも、きちんと利益があげられる仕組みづくりを重視するつもりです。それを現場のスタッフに給与として還元することで、働きやすく給料もいい会社、というのをモチベーションにしてもらいたいです」
テイクアウトのパン業界にはコロナ禍は追い風で、おかやま工房も国内だけでなく米国の直営店でも業績を伸ばすことができました。次は、アフターコロナを見据えて、さらなる勝ち残り戦略の一手を打つつもりです。
少子高齢化や過疎化は、おかやま工房にとっても転換点になりそうです。勝史さんはこう話します。
「これまでのように店舗を増やして売り上げを拡大する時代は終わりました。生き残るためのひとつとして、例えばデリバリー専門店のパン屋などもあり得ると思います」
小規模ベーカリーだけでなく、日用品を扱う小規規模店の開業や、高齢者向けのデリバリー事業に、パン店開業のノウハウが転用できるとも考えています。まだアイデア段階ですが、商機はあるとにらんでいます。
創業者の祐隆さんは、おかやま工房の未来図を語る勝史さんの話に横でうなずきながら、事業を任せる側としての心構えを次のように語りました。
「息子は冷静沈着な経営判断をできる人材です。事業継承後は息子に一任して、私自身は第二の人生の夢を追求したい。そのためにも、あと5年で会社の借金をゼロにして息子に引き渡すのが、私の使命だと思っています」
父と息子の二人三脚の企業経営は、5年後の引き継ぎに向け、新しいフェーズに突入しています。
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