アメフト元日本代表から農家へ 15代目が描くロスが出ない新規事業
東京都三鷹市の岡田農園は約1万平方メートルの畑を持ち、都市農業をリードしています。15代目の岡田啓太さん(34)はアメリカンフットボールの元日本代表で、結婚を機に婿入りしました。農業との接点はありませんでしたが、周囲からの教えを体で覚えながら、規格外の野菜を加工調理して販売するキッチンカーを運営するなど、新規事業にも意欲的です。
東京都三鷹市の岡田農園は約1万平方メートルの畑を持ち、都市農業をリードしています。15代目の岡田啓太さん(34)はアメリカンフットボールの元日本代表で、結婚を機に婿入りしました。農業との接点はありませんでしたが、周囲からの教えを体で覚えながら、規格外の野菜を加工調理して販売するキッチンカーを運営するなど、新規事業にも意欲的です。
目次
隆起した胸板、丸太のような上腕。岡田さんが収穫したキャベツやブロッコリーをコンテナに入れて持ち上げると、前腕に太い血管が浮き上がりました。今でこそ、はさみを使って器用に余分な葉っぱを落とす岡田さんですが、子どもの頃は、スポーツ一筋でした。
「兄の影響で、幼稚園の年少ぐらいから中学3年までサッカーをメインに続けていました。わんぱく相撲や水泳をやったこともあります」
体はみるみる大きくなり、小学6年のときには身長約170センチ、体重は100キロ近かったと振り返ります。中学卒業時に身長は180センチ近くなり、体重は最大で約120キロにも達しました。
アメリカンフットボールとの出会いは、中学3年のときでした。当時の教員から勧められ、高校の試合を観戦。観客との距離感が近く、選手同士が激しくぶつかる音に「なんだこれ!」と衝撃を受けました。
「当時は戦術的なことは分かりませんでしたが、とにかく迫力がありました。ボールを持って、みんなでタッチダウンまで持っていく団体スポーツであるところに惹かれました」
アメフト部がある高校を探し、東京都町田市の日大三高に進学しました。
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入部後、岡田さんはディフェンスライン(DL)を任されました。守備の最前線で相手選手にタックルを仕掛け、司令塔のクオーターバック(QB)にもプレッシャーをかける役割です。
当時は部員数が40人程度。アメフト部としては少なかったため、大柄な体を生かしてオフェンスライン(OL)も担当していました。OLは攻撃の際、味方が走るルートを作るために、他の選手とあらかじめ細かく決めている連係プレーがあります。「少しでも雑になると、相手DLに破られてしまうので重要なポジションです」
DLとOLでは求められる役割も違います。岡田さんは「両方をやっていたので、ルールや動きを覚えるのが大変でした」と振り返ります。
高校日本一を決める「クリスマスボウル」に2度出場しましたが、いずれも優勝は逃し、雪辱を期して進学先の日大でもアメフト部に入りました。
2年のときに大学アメフトの頂上決戦「甲子園ボウル」に出場。しかし関西学院大に阻まれ、またも日本一はかないませんでした。ただ、岡田さんは当時から注目選手として新聞に取り上げられ、4年のときには日本代表に選出されました。
卒業後は鹿島建設に入社し、事務の仕事をする傍ら、アメフトのXリーグの「鹿島ディアーズ」(現ディアーズフットボールクラブ)の一員としてプレー。工事現場の作業員からは「こっちの仕事をした方がいいんじゃないの?」、「一緒に手伝って」と声をかけられることもあったそうです。
「一つの作業現場も、ちょっとした団体スポーツと似ているところがあります。色々な業種の人とコミュニケーションを取りながら、職人さんたちにとっていい職場を作ることを意識していました」
7年間の会社勤務を経て、結婚を機に婿入り。同じ高校に通っていて、一人娘だった妻の実家の岡田農園で働き始めました。
畑違いの業種でも抵抗感はなかったといいます。
「自分はサラリーマン家庭で育った次男。実家を継ぐということもないですし、性格的にも『新しいことにチャレンジできる』という気持ちの方が強かったです」
ただ初めて農園を訪れたときは「こんなに大きくて、代々続いている農家なのか」と驚いたそうです。
岡田農園は約300年続く農家で、母屋周辺と数百メートル離れたところを合わせると、約1万平方メートルの農場を持ちます。これは小学校1校分の敷地面積に相当するそうです。
ここで1年間を通じて約30種類の野菜を生産、販売しています。岡田さんと先代の義父が中心となり、週に2度はボランティアも駆けつけて畑を管理しています。
「春は枝豆、そら豆、ホウレン草。夏はキュウリやナス、トウモロコシなどの夏野菜がメインになります。秋にも枝豆を作り、冬はキャベツやブロッコリー、白菜、大根が多いですね」
ジャガイモやたまねぎといった保存がきく野菜は、地元の農協を通じて学校給食に提供しています。
畑違いの世界に飛び込んだ岡田さんでしたが、義父から「徐々に慣れながらでいいから、やっていきなよ」と言われたことが支えになりました。三鷹地域の他の農家も温かく迎え入れてくれました。
「気持ち的にはリラックスした状態で入れました。そういう環境を周りが作ってくれました」
最初は種まき、収穫といった1年間のサイクルを覚えるのに苦労しました。虫の駆除が遅れて、葉を想定以上に食べられてしまったこともあったといいます。
それでも義父は「農業は毎年が勉強。一つの作物を40年間作っても、それは40回目の新しい挑戦だよ」と励ましてくれました。岡田さんはときにはメモを取りながら、農家としての経験を少しずつ体に染みこませていきました。
岡田農園の特徴は、代々こだわり続けている「土作り」です。
岡田さんが主に任されているのは、敷地内に立つケヤキの落ち葉を集めて、腐葉土にすることです。木くずを使うこともあるため、木々の枝切りも大切な仕事です。そこへ米ぬかや競馬場から出た馬のフンなどを混ぜて堆肥を作り、畑にまくことで、微生物が多いふかふかの土になります。
種をまく前のこだわりが野菜本来の味を引き出す、と岡田さんはいいます。「先代からずっと積み重ねて受け継がれているので、ゆくゆくは自分が守っていかないといけないですね」
「次に何をしなくてはいけない」と先を見通す力が試される点には、アメフトでのプレー経験が生かされているといいます。
「天気予報には敏感になっています。たとえばすごく暑い時期なら、こまめに水をあげたり、ネットを張って遮光したりして、対策を取れるようになってきているのかなと思います」
臨機応変に対応する力が、アメフトのDLと農業の共通点のようです。
就農前は「肉を中心におなかがはち切れるぐらい食べて、プロテインも飲んでいた」という食生活は一変。食卓には、自家製のトマトやブロッコリーを使ったサラダが、毎食並ぶようになりました。
「あまり味付けせずに、野菜本来の味を楽しんでいます。夏になるとキュウリも出始めます。取れたてを塩やみそをつけてかじるのは、最高ですよ」
野菜中心の食生活になったことで、血圧が下がったと言います。
農作業については勉強の日々ですが、21年には15代目として「Kane源」という会社を立ち上げました。大きさや形が適合しない規格外野菜などを収穫後に素早く加工・調理をして、キッチンカーを使って販売する事業を展開しています。
立ち上げの背景には、岡田さんの問題意識がありました。「農業をしていると、どうしても販売できずに、使われないまま捨てられてしまう野菜が出てきます。東京の野菜を知ってもらうため、地産地消の観点からも『何かできないか』と考えていました」
週6日、会社事務所隣の空きスペースを使って加工品を販売。東京都内や神奈川県内で開かれる地域のお祭りなど、人が集まる催しに出店する機会もありました。実際にキッチンカーを見せてもらうと、米国のスクールバスのような黄色の車体で、サーフボードが立てかけられていました。
メニューはサンドイッチのほか、「キウイとリンゴジャムのタルト」「ローズマリー風味のカボチャのポタージュ」といった地元の野菜や果物を使ったメニューが並びます。
「ロスが出ないように、食材の隅々まで使って取れたての新鮮なものを提供する仕組みになっています」と岡田さんは胸を張ります。
岡田さんには今、地元との結びつきをさらに強くしたいという思いがあります。根底にあるのは、農業にあまりなじみがない「東京」という地域性です。
「畑は野菜を作っている場所というだけではありません。最近では災害の避難場所になったり、休日のレジャーとしても使われたりしています。畑がないような地域に東京産の野菜を持っていって、地産地消を楽しんでもらいたいです」
実現のために自身のインスタグラムアカウントだけでなく、キッチンカー事業向けのアカウントも活用し、情報発信を強化しています。
岡田さんは就農後も、アメフト選手を続けていました。ですが、コロナ禍や自身のけがもあり、20年の序盤以降はフィールドから離れています。今は朝に30分ほど走ったり、約30キロのコンテナを持って移動したりすることが、トレーニング代わりです。
最後に岡田農園15代目として、今後の展望をうかがいました。
「まずは畑がないと家業もできなくなってしまいます。安心安全なものをより多くの人に食べてもらえるように、作り続けたいです。義父の教えを受け継ぐことが一番ですが、その先に子どもたちが興味を持つような食作りや地域密着の場を作りたいと思っています」
江戸時代から続く長い歴史を受け継ぎつつ、時代に合わせた情報発信や地域との関わり方を培っていくのが、岡田さんの願いです。
※下記のリンク先では、岡田さんの畑仕事の様子などを収めたインタビュー動画全編がご覧になれます。
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