心理的安全性は「居心地のよさ」ではない パフォーマンスを高める方法とは
パフォーマンスの高い組織の共通点として「心理的安全性」という言葉が注目されています。ただ、それは好き勝手に意見を言い合える「居心地のよさ」ではありません。経営者がその意味を正しく理解しないと、組織崩壊を招く恐れもあります。組織コンサルティング会社識学の上席コンサルタント・冨樫篤史さんが、日常的に社員を怒鳴っていた経営者のマインドチェンジの事例などをもとに、心理的安全性の高い組織を築くための方法を解説します。
パフォーマンスの高い組織の共通点として「心理的安全性」という言葉が注目されています。ただ、それは好き勝手に意見を言い合える「居心地のよさ」ではありません。経営者がその意味を正しく理解しないと、組織崩壊を招く恐れもあります。組織コンサルティング会社識学の上席コンサルタント・冨樫篤史さんが、日常的に社員を怒鳴っていた経営者のマインドチェンジの事例などをもとに、心理的安全性の高い組織を築くための方法を解説します。
目次
心理的安全性(Psychological Safety)は、自らの意見や疑問を率直に表明できること、失敗やミスを報告しても非難されないことなど、組織内で安心して行動できる状態を指します。ハーバード・ビジネススクールのエイミー・エドモンドソン教授が1999年に提唱しました。その後、グーグルが2012年~2015年にかけて実施した「プロジェクト・アリストテレス」という調査で、パフォーマンスの高いチームの共通点として心理的安全性の重要性を提示しています。
以来、心理的安全性は日本でも注目を集めました。心理的安全性の高い組織を築く目的は、組織内の情報流通不全の解消です。ただし、何もかも言い合える状態が理想ではありません。この点は後述します。
エドモンドソン教授がこの概念を提唱した1990年代の米国では、医療や航空分野での事故が相次いでいました。教授は調査の中で、事故の原因は「現場の声が上層部に届かない」、「問題提起がしづらい」といった状態が生まれているためだと指摘しています。
日本でも同様の問題は顕在化しています。近年、自動車業界で多数の不正や不祥事が明るみになりました。その中の1社で、排気ガス試験の不正をしていたメーカーを調査した第三者委員会の報告書を読むと、現場の社員が上司に繰り返し「問題がある」と報告していたにもかかわらず、上層部は一向に対処せず、次第に部下側は報告をあきらめてしまっていたと記されています。
なお、上司側は第三者委員会に対し、「現場からは問題の報告はなかった」と証言していました。つまり、問題だと認識していなかったのです。「言っても無駄」、「発言すると評価に悪影響が出るかもしれない」という空気が蔓延している状態は、まさに心理的に安全でない組織です。
近年はVUCA時代と呼ばれ、ビジネス環境が極めて早いスピードで変化しています。従来のように、一部の経営層だけで意思決定するトップダウン型では、現場の変化に対応する難易度が上がっていると言えるかもしれません。そう考えると、心理的安全性の高い組織は全員が自由に発言できるフラット型の組織であると思い込みたくなります。
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しかし、フラット型組織はメンバー全員が高い専門性と自律性を兼ね備え、互いを尊重し合える関係が前提となります。
そんな状況は極めてまれでしょう。その前提がないなかでフラット型組織を志向すると、誰も責任を取らず、好き勝手に動いて組織が空中分解する事態に陥ってしまいます。
それに、優秀な人材は組織に縛られる理由がなくなり、自らの力で道を切り拓こうとする傾向もあります。したがって、心理的安全性の向上を目的としても、階層型の組織構造自体を否定する必要はないのです。
では、心理的安全性の高い組織を築くにはどうすればよいでしょうか。ポイントは大きく三つあります。
一つ目は、ルールの設定です。
ルールは社員を縛るというイメージを持つ人が多いかもしれませんが、何でも自由にできる、言い合える組織が心理的に安全なのではありません。
むしろ、基準やルールが明確だからこそ、その中では社員同士の衝突や摩擦が起きにくくなり、安全な環境が生まれます。あいまいなルールしかなく、普段から空気を読む必要がある組織の方がよほど心理的安全性は低いのです。
仮に、何らかのトラブルが発生した際は、社員がルールを守っていたのか、ルールがなかったのか、あってもあいまいだったのかを確認しましょう。
ルールを守っていなかったのであれば個人の問題ですが、残り二つは組織の問題であるため、個人を責めてはいけません。
「人を責めるなルールを責めろ」の姿勢が大事です。同じトラブルがもう一度起きる恐れもあるため、早急にルールを追加してください。
トラブルはたしかに短期的にはネガティブな出来事ですが、長期的に見れば改善の起点になり得ます。真に問題なのは、トラブルではなくその隠蔽であるという視点が、経営者には不可欠です。
二つ目のポイントは役割と責任の明確化です。
例えば、「この業務の責任者は部長か、それとも課長か」がはっきりと決まっていないといった状態の会社はありませんか。
これでは、誰もが自らの責任を果たすために全力を尽くそうとしません。トラブルが起きても、全員が自分のせいではないと思い、責任回避の行動を取るようになります。
これを防ぐには、組織図を整え、各ポジションの役割と責任を明確にしましょう。「責任の明確化」というのは、それを果たすことによって評価が上がり、報酬が増えていく仕組みまで含みます。
当然、責任を果たせなければ評価・報酬が下がる形にすべきです。トラブルが起きると、担当者個人の能力不足のせいだと考えられがちですが、個人にひもづく責任の考え方こそが、隠蔽や報告の遅れを生む温床となります。
三つ目のポイントは、日頃から社員に不具合をひねり出させることになります。
現場の気付きやトラブルはどんどん報告すべきものであるという文化を根付かせるのです。
「お客さまからこう言われた」、「納品現場でこんな反応があった」、「実はここがやりづらい」ーー。毎日の仕事の中で社員が肌で感じている違和感や課題は極めて貴重ですが、こうした情報は自然には上がってきません。
「言いやすい環境を作ったつもり」では不十分です。だからこそ、経営者は「週報に必ず一つは不具合を書きましょう。『今週はありません』ではなく、無理やりでもひねり出してください」といったくらいのルールを定めて集めましょう。
経営者は、これくらい徹底しても情報は十分に上がってこないものという前提に立つべきです。
テキストや口頭で日々受ける報告が、事実に基づいた情報か、単なる意見や表面的な説明なのかを判断するのは容易ではありません。それゆえ、時には自ら現地へ足を運び、自分の目で判断するようにしましょう。
東京に本社を構える製造業の経営者に上記のアドバイスをしたところ、彼は北海道の自社工場をふらっと視察に訪れたといいます。そこで、「意外と寒い」、「思ったより社員のスキルに差がある」といった情報を持ち帰ってきました。その後、すぐに是正に向け動き出したのは言うまでもありません。
これは他の業種でも同様です。顧客接点や作業現場を観察することで、報告や数字では見えない現状が理解できます。
ただし、経営者が現場を観察し、実際に課題や問題点に気づいたとしてもば、現場で即指示を出すのではなく、ナンバー2以下を通じて対応すべきです。そうしないと、指揮命令系統が崩れてしまいます。
ある介護施設を運営する企業の社長は、日常的に社員を怒鳴りつけてばかりいました。この社長は顧客に対して最高のサービスを提供するという思いが強く、社員にも非常に高いレベルを求めていたのです。
全社員に自ら指示を飛ばし、ミスが起きようものならその都度「なぜできないんだ」と感情的に責め立てていました。
当然、社員はどうすれば怒られずに済むかだけを考えるようになります。ミスを隠す、報告を遅らせるは当たり前で、心理的安全性はまったく存在していませんでした。
筆者はまず、社長に社内の全グループLINEから抜けてもらうようお願いしました。何しろ社長は、11ものグループLINEに入り、ひっきりなしに通知が鳴っていたのです。これでは経営に集中できるわけがありません。
そして、ナンバー2の専務とのみやり取りをしてもらうようにし、社長、専務、マネジャー、スタッフという1階層の組織体制を整えました。
その上で整備したのが、厳格な接客・接遇マニュアルです。あらゆる行動の判断基準を言語化・共有したので、ミスが起きても「誰が悪いか」ではなく、ルールはどうだったかを問うようになりました。
その結果、社長は本来の仕事にだけ時間を使えるようになり、現場の社員も社長の顔色をうかがわなくて済むようになったことで、どんどん改善提案が出てきたそうです。売上高も3年後には3倍に増加しました。
心理的安全性を高めたいからといって、誤った施策を講じている経営者は少なくありません。
その一例が飲み会の開催です。飲み会を増やせば一時的に社員の結束力は高まるかもしれませんが、部下は上司との距離が近づいたと勘違いし、上司の指示に従おうとしなくなります。
「居心地のよさ」が心理的安全性の構築に必須であると勘違いすると、その会社はいずれ淘汰されるでしょう。
心理的安全性の確保はあくまでも手段。企業経営の目的は市場に対してより大きな価値を生み出し、評価され、報酬を得ることです。社員が企業からもらえる最大の有益性は報酬だということを忘れないでください。
最後に、心理的安全性を高める手段として有効と考えられている「360度評価」について触れます。上司だけでなく部下や同僚に社員を評価させる仕組みには、大きな落とし穴があります。
それは、評価者となる部下が上司を好きか嫌いかで判断してしまいやすいことです。結果として、上司は部下に迎合するようになり、厳しさを伴う本来のマネジメント機能が失われていきます。
上司は経営層から「業績を上げろ」と叱咤を受け、部下には「もっと優しくしてほしい」と訴えられる。板挟みの状態が続くと、一番下の層の社員に優しい職場にはなるでしょうが、中長期的に見れば組織全体のパフォーマンスは落ちていきます。
ここまで、心理的安全性の高い組織を築く方法について解説しました。中小企業経営者の皆様は「うちの会社は心理的安全だ」とあぐらをかかず、謙虚な姿勢で一度社内を見渡してみてください。
識学 上席コンサルタント
立教大学卒、経営学修士(MBA)。株式会社識学では、設立初年度の2015年に入社し、大阪支店立ち上げ、新規事業開発、コンサルタントの品質管理責任者を歴任した後、事業再生として中小製造業へ役員常駐し、売上、経常利益の大幅改善を果たす。著書に「伸びる新人はこれをやらない」がある。
(※構成・平沢元嗣)
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