組織マネジメントとは 事業承継後の組織を強くする実践的アプローチ

組織マネジメントとは、組織のパフォーマンスを最大限に高めるための手法です。とくに事業承継後は組織のあり方そのものを見直し、強化する絶好の機会ですが、組織運営上の課題が顕在化しやすい時期でもあります。ツギノジダイで識学が連載してきた「組織マネジメント」で紹介された知見をもとに、組織マネジメントの一つの手法として紹介します。
組織マネジメントとは、組織のパフォーマンスを最大限に高めるための手法です。とくに事業承継後は組織のあり方そのものを見直し、強化する絶好の機会ですが、組織運営上の課題が顕在化しやすい時期でもあります。ツギノジダイで識学が連載してきた「組織マネジメント」で紹介された知見をもとに、組織マネジメントの一つの手法として紹介します。
目次
事業承継後の組織改革において、まず着手すべきは、組織運営の根幹となる基盤の整備です。誰もが安心して能力を発揮できる環境を整えることが、あらゆる施策の前提となります。
連載記事「組織マネジメント」は、明確で客観的なルール設定が、効果的な組織マネジメントの出発点であると説明しています。これは、組織内に予測可能性と公平性をもたらすための基盤づくりにつながります。
変化の大きい時期は、先代経営者の個人的なスタイルや暗黙の了解に頼った運営は不安定さを招きます。明文化されたルールが、新体制における共通言語となり、安定した組織運営を可能にするのです。
記事「M&Aの失敗を防ぐマネジメント 異なる文化を束ねるルール作りとは」によると、まず着手すべきは、「姿勢のルール」と呼ばれる、能力に関係なく誰もが守れる具体的な行動規範の導入です。
たとえば、「会議には3分前に着席する」「オンラインミーティングには開始3分前までに入室する」「退社時には机の上を整理整頓する(キーボードとマウス以外は片付ける)」といった、観察可能で具体的なルールです。
これらを徹底することで、社員に「ルールを守る」という基本的な習慣を根付かせ、上司の指示が通りやすい素地を作ることができます。
記事「心理的安全性は居心地のよさではない パフォーマンスを高める方法とは」は、明確なルールにより、従業員が常に「空気を読む」必要性を減らし、心理的な負担を軽減すると説明しています。
問題が発生した場合でも、「ルールを守っていたか」「ルール自体に不備はなかったか」という客観的な基準で判断できるため、個人への責任追及に陥ることを防ぎます。
これは「人を責めるな、ルールを責めろ」という考え方であり、特に新旧の文化が混在する承継期や、M&A後のPMIで、異なる背景を持つ従業員間の無用な摩擦を避け、建設的な問題解決を促す上で極めて重要です。ルールという客観的な土台があって、心理的安全性が確保され、公平な組織運営が可能になるといいます。
心理的安全性とは、単に「居心地が良い」「仲が良い」といった状態を指すのではありません。本当の心理的安全性とは、従業員が非難や不利益を恐れることなく、問題点を指摘したり、疑問を呈したり、あるいは計算されたリスクを取ったりできる状態を意味します。
このような環境を醸成するためには、まず、問題や懸念事項の報告を奨励し、むしろ義務付ける文化を作ることが重要です。
たとえば、週報などで業務上の課題や顧客からのフィードバック、現場で感じた違和感などを必ず報告させるルールを設けてみましょう。報告された問題は、個人を罰する材料ではなく、組織として改善すべき点、すなわちルールや仕組みの不備を発見する機会として捉えるのがよいでしょう。
また、従業員が努力したにも関わらず目標達成に至らなかった場合、その失敗を責め立てるのではなく、未来志向で対応することが肝要です。「なぜできなかったのか?」と過去を問うのではなく、「では、次にどうするか?」と問いかけ、本人に改善策を考えさせ、前向きな行動を促しましょう。
この際、上司は感情的にならず、冷静かつ建設的に対応しましょう。
強固な基盤の上に、組織を前進させるための推進力を生み出す必要があります。明確な目標設定による方向付けと、効果的なリーダーシップの発揮がその鍵となります。
目標が曖昧では、組織としての成果にはつながりません。記事「KGI・KPIの設定手法を事例で解説 社内に浸透させるためのポイントは」によると、事業承継後の新体制には、組織全体が向かうべき方向を明確に示し、進捗を管理するための仕組みとして、KGI(重要目標達成指標)・KPI(重要業績評価指標)の導入・運用が有効です。
まず、経営者は、事業承継後の1~3年といった中期的な期間で達成したい具体的な目標、すなわちKGIを設定します。売上高、営業利益、従業員数、拠点数などが例として挙げられますが、現状維持ではなく、やや高めの挑戦的な目標を設定しましょう。
あるいは、「従業員の給与を10%引き上げたい」といった動機から逆算して必要なKGIを設定することも可能です。
次に、設定したKGIを達成するための中間目標として、具体的なKPIを設定します。KPIはKGIから逆算して設定することが重要です。たとえば、KGIが「年間売上10億円」であれば、それを達成するために必要な要素(顧客単価、商談数、見積もり提出数、架電数など)に分解し、それぞれの目標値をKPIとして設定します。
これらのKPIを月次、週次といった短い期間で管理することで、目標達成に向けた具体的な行動管理が可能になります。
設定されたKGI・KPIは、経営層から中間管理職、そして現場のメンバーへと、階層に応じてブレイクダウンして落とし込む必要があります。
その際、KGIだけでなく、それを達成するための具体的なKPIもセットで提示することが不可欠です。単にKGIだけを示して「後はよろしく」と丸投げするような進め方は避けましょう。
また、KPI設定や進捗管理の方法について、管理職層への十分な教育も必要となります。進捗が芳しくない場合でも、経営者や上司が安易に答えを与えるのではなく、担当者自身に改善策を考えさせることが、自律的な成長を促す上で重要です。
記事「ナンバー2をパートナーにしない 頼れる右腕の育て方を解説」によると、承継後の経営者が一人ですべての業務を抱え込むことは、組織の成長を妨げてしまいます。
経営者を支え、組織運営の中核を担う「ナンバー2」の育成は急務ですが、その関係性の構築には注意が必要です。
最も重要なのは、ナンバー2を対等な「パートナー」ではなく、明確な上下関係を築き、維持しましょう。
経営方針などの重要な意思決定は経営者が行い、ナンバー2はその決定を実行する役割を担います。この関係性が曖昧になると、ナンバー2が経営者の決定を軽視したり、自身の権限を過度に主張したりするリスクが生じます。特に親族がナンバー2を務める場合は、馴れ合いが生じやすいかもしれません。
ナンバー2を育成するためには、経営者は勇気を持って権限を委譲し、その遂行を信頼して見守る姿勢が求められます。ナンバー2を飛び越えて、その下の社員に直接指示を出す「一個飛ばし」は厳禁です。
これはナンバー2の存在意義を失わせるだけでなく、現場の社員がナンバー2ではなく経営者の顔色をうかがうようになり、組織の指揮命令系統を混乱させ、責任感の欠如を招きます。経営者が現場の状況を把握することは重要ですが、現場で直接指示を出すのではなく、必ずナンバー2を通しましょう。
組織の持続的な成長のためには、従業員一人ひとりが意欲を持って能力を発揮できる環境を整えるとともに、属人化を解消する必要があります。
事業承継に伴う変化は、従業員に不安を与え、モチベーションの低下や、職務への意欲を失い最低限の仕事しかしない「静かな退職(Quiet Quitting)」を引き起こす可能性があります。これを防ぐためには、働きがいのある環境づくりが不可欠です。
記事「お荷物社員をエースに 静かな退職を防ぐ経営者の役割とは」は、ルールの徹底により、人間関係の不和など、業務遂行の阻害要因を取り除くことが基本となります。感情的な指示や叱責を禁止し、ルールに基づいたコミュニケーションを徹底することで、従業員は安心して業務に集中できます。
次に、従業員のモチベーションの源泉となる「やりがい」を生み出すための動機付けが必要です。これには、仕事そのものから得られる満足感や達成感といった「内発的動機付け」と、昇給や昇格といった「外発的動機付け」の両方が重要です。
内発的動機付けを高めるためには、従業員に対し、期限と達成状態が明確な目標を与え、それを達成するために必要な権限を付与し、目標達成までのプロセスはある程度本人に任せることが有効です。目標は、簡単すぎず難しすぎない、本人の能力に応じた適切なレベルに設定することが重要です。
従業員の努力や成果が報われる評価制度は、モチベーション維持の根幹です。
記事「管理職になりたくない会社に潜む問題 経営者が取るべき手段を解説」によると、重要なのは、役職が上がるにつれて責任が重くなり、それに見合った収入が得られるように、役職と報酬を明確に連動させることです。
プレーヤー(一般社員)のままでいる方が管理職よりも稼げるような給与体系は、昇進意欲を削ぎ、リーダー育成の妨げとなるため、是正が必要です。また、残業時間の長さではなく、成果や効率性が評価され、報酬に反映される仕組みへと転換することも重要です。
記事「デスマーチを防ぐポイントとは 脱属人化の具体的な方法を解説」によると、特定の従業員がいなければ業務が回らない「属人化」の状態は、その従業員の離職リスクだけでなく、業務のブラックボックス化、非効率、他の従業員の成長機会損失など、多くの問題を引き起こします。
事業承継後の組織力強化のためには、この属人化を解消し、業務を「仕組み化」することが不可欠です。
その最も効果的な手段が、業務マニュアルの作成と活用です。会社に必要な業務プロセスを洗い出し、詳細なマニュアルを作成することで、担当者が変わっても、あるいは新しい担当者でも、一定の品質で業務を遂行できるようになります。
マニュアル作成において特に重要な点は、その作成を、いわゆる「天才」的な熟練者ではなく、その業務を最近になってようやくできるようになった従業員に担当させることです。
熟練者は、無意識のうちに重要な手順を省略したり、初心者には理解できない専門用語を使ったりしがちで、結果として分かりにくいマニュアルになってしまうことがあります。
一方、学習過程で苦労した経験を持つ従業員は、初心者がつまずきやすいポイントや、理解に必要な前提知識を把握しているため、より効果的なマニュアルを作成できる可能性が高いのです。
熟練者の役割は、そのマニュアルの内容を確認し、精度を高めることにあります。
なお、DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進は、生産性向上や脱属人化に有効な手段ですが、業務プロセスが十分に理解され、マニュアル化された後に着手すべきです。現状の業務が整理されていない段階で安易にツールを導入しても、期待した効果が得られず、無駄な投資に終わる可能性があります 2。
事業承継後の組織は、既存事業の安定的な運営を維持しつつ、新たな成長機会を探求していく必要があります。変化に対応し、持続的な成長を実現するための組織運営について考察します。
既存事業の深化・効率化(知の深化)と、新規事業の探索・開拓(知の探索)を同時に追求する「両利きの経営」は、企業の持続的成長に不可欠な考え方です。しかし、これを実現するには、強固な組織基盤が前提となります。
記事「両利きの経営を成功させる組織のつくり方 五つのポイントを解説」によると、既存事業の運営が不安定な状態では、新規事業にリソースを割くことは困難です。
その上で、既存事業・新規事業それぞれについて、5~10年といった中長期的な視点での事業計画を策定する必要があります。新規事業には既存事業からの人材異動が伴うことも多く、一時的な既存事業の業績低下も覚悟する経営者の決意が求められます。
また、既存事業の顧客基盤や営業チャネルを新規事業に活用するために、既存事業部門が新規事業への顧客紹介(トスアップ)や提案を行った場合に、それを評価する仕組みを導入することが有効です。これにより、部門間の連携を促進し、新規事業の立ち上がりを支援します。
最も重要な注意点として、新規事業に注力するあまり、既存事業の管理を疎かにしてはならないという点が挙げられます。既存事業が順調であっても、日々の管理を通じて問題の兆候を早期に発見し、対処することが、組織全体の安定性を維持する上で不可欠です。
持続的な成長を実現するための組織運営は、M&A(企業の合併・買収)におけるPMI(Post Merger Integration:統合プロセス)にも言えることです。M&A後の組織マネジメントの知見は、事業承継後の文化融合にも応用できます。
まず、M&A(または事業承継)を通じて何を目指すのか、その目的を明確にすることが重要です。目的が明確であれば、文化融合やルール作りの方向性も定まります。
次に、異なる背景を持つ従業員が共に働くための共通の土台として、「姿勢のルール」のような、誰もが実行可能な共通ルールを設定し、徹底することが有効です。報告書のフォーマットや会議の頻度などを統一することも、組織の一体感を醸成し、効率的な運営につながります。
新しい制度や仕組みを導入する際には、既存の従業員にとってメリットがあることを示し、変化への抵抗感を和らげる工夫も有効です。例えば、より効率的な業務システムを導入するなど、双方に利益のある提案を心がけましょう。
感情的な判断や、特定の人に合わせたルールの変更は、不公平感を生み、組織の混乱を招きます。明確なルールによって、変化に対する従業員の不安を和らげ、信頼関係を構築しましょう。
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