デスマーチを防ぐポイントとは 「脱属人化」の具体的な方法を解説
「デスマーチ」とは、長時間労働が当たり前に起きている過酷な現場を指す言葉です。デスマーチを放置していると、いずれ会社が立ち行かなくなります。さらなる事業成長を目指す経営者は、デスマーチの主な原因となっている「属人化」を無くすため、適切な対策を講じる必要があります。組織コンサルティング会社識学の上席コンサルタント・尾崎幸一朗さんが、経営者が実行するためのポイントについて、事例を交えて具体的に解説します。
「デスマーチ」とは、長時間労働が当たり前に起きている過酷な現場を指す言葉です。デスマーチを放置していると、いずれ会社が立ち行かなくなります。さらなる事業成長を目指す経営者は、デスマーチの主な原因となっている「属人化」を無くすため、適切な対策を講じる必要があります。組織コンサルティング会社識学の上席コンサルタント・尾崎幸一朗さんが、経営者が実行するためのポイントについて、事例を交えて具体的に解説します。
20年以上も前の話になりますが、私は大学卒業後、自動車部品メーカーのシステムエンジニアとして、エンジン制御用ソフトウェアの開発に携わっていました。デスマーチも自ら体験しています。毎日ではありませんが、忙しい時期は深夜0時に帰れたらいい方で、連日の徹夜も珍しくなく、夜中に近くの銭湯へ行ってから作業を続けるような日々を送りました。
デスマーチは元々、IT業界の過酷な労働現場を表現する言葉でしたが、現在では業界を問わず使われています。私が経験したような環境は、特定の業界に限った話ではないでしょう。
デスマーチはつまるところ、ある仕事を期間内に完遂するための人材が足りていないという状態です。明らかに無理な依頼を受けてしまったために、現場がデスマーチと化すときもありますが、「ある程度余裕があったはずなのに、いつのまにかデスマーチに突入していた」というパターンを繰り返し、それが常態化してしまう企業も少なくありません。
その原因は、組織によって多少の違いはありますが、大抵は業務の属人化です。組織内で特定の社員にしかできない業務が増えていくと、デスマーチが起きやすくなります。
仕事の進捗に遅れが生じる場合は、人を増やすか別の誰かに代えるかして対応するべきですが、属人化の状態ではそれができません。最後までその社員が1人でその仕事を終わらせねばならず、結果として長時間労働につながるのです。
属人化を防ぐには、マニュアルの策定が最も有効です。会社の業務を全てマニュアル化すれば、個人に依存せず、組織として継続的に成長できるようになります。では、中小企業経営者はどのように社内業務のマニュアル化を進めればいいのでしょうか。
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マニュアル化で重要なポイントは、「できる人」に作らせないことです。
例えば、「天才」と称される職人が自らの仕事をマニュアルに落とし込もうとしたとします。すると、重要な部分が全く記載されていなかったり、細かすぎてどこが大事か分からなくなったり、天才にしか理解できないマニュアルになってしまいます。
そのため、マニュアルは仕事を覚えてもらいたい社員自身に作成させ、それを責任者が確認・承認し、リリースする流れが理想です。できなかった人ができるようになったというマニュアルは分かりやすく、スムーズな知識の共有が可能です。
ある家族経営のIT企業は、マニュアル化が一切進んでおらず、経営陣に負担がかかり過ぎていました。社員たちは経営陣に比べて手が空いていましたが、経営陣の意思決定がなければ動けず、教育体制もありません。それこそ、超一流のエンジニアだった会長にしか分からない業務が多々あったくらいです。
この会社は70代の会長が40代の息子に社長を譲っていましたが、全員が会長を向きながら仕事をし、社長がマネジメントしにくい状態にもなっていました。会長自身、自分の影響力を誇示し続けたいという思いがあったのかもしれません。
そこで、会長の仕事を含めて業務のマニュアル化に乗り出し、若い社長をトップに据えた組織体制を明確に整えました。経営陣の手が空いたことで未来に向けたさまざまな施策を打てるようになり、業績は大きく上向きました。
マニュアルを作ろうとすると、嫌がる社員が一定数出てきます。「今からあなたの仕事をマニュアル化して、誰でもできるようにします」と言われたら、自分の努力や経験が軽視されていると感じるからです。
自分にしかできない仕事に強い誇りや熱意を持っている社員に、仲間とはいえ自分のノウハウを共有したくない、吸い上げられたくないという心理が働くのは不思議ではありません。
しかし、経営者である以上、会社のことを第一に考え、「後進を育ててもらいたい」とその社員に伝えるべきです。そして、後進の育成自体を評価項目に設定しましょう。
ただし、「現場仕事だけを突き詰めたい」と希望している技術者が、次々と特許を取得するような唯一無二の存在なら話は別です。
その社員の存在は会社にとって有益性が大きいです。場合によっては後進を育てる「マネジメントコース」と、技術を突き詰める「スペシャリストコース」のようにキャリアパスを分けるのもいいでしょう。
それでも、マネジメントコースの方が、長い目で見て会社に大きな利益をもたらしてくれるはずです。マネジメントコースに身を置く社員には、会社の上層部になるためのビジョンを描けるようにし、その結果、給与や待遇が大幅に向上する道筋を用意する必要があります。
たとえスケジュール上厳しいと分かっていても、受け入れざるを得ない突発的な仕事の依頼もあるでしょう。特に、中小企業ではそれを断ると会社が傾いてしまうというケースも珍しくありません。
会社が倒産しては全てが無駄になります。時にはデスマーチを覚悟で対応するのも一つの経営判断でしょう。しかし、全社員を「36協定」の範囲内で適切に働かせなければならないことも、組織運営では重要です。
余裕のある仕事ばかりではないかもしれませんが、部下には必要な休息を与え、健康的に働ける環境を維持することが、長期的には会社の持続可能な成長につながります。
忘れてならないのは現場の事実情報にしっかり耳を傾けることです。現場は無理だと分かっていたけれど、「どうせ聞いてもらえないから」と何も言わなかった。そのせいでデスマーチへ突入したあげく納期も守れなかったとなれば、本当に最悪です。
社員に長時間労働を強いる現場は、会社としての成長が期待できません。会社が成長しなければ新しい事業やポジションは生まれず、社員の成長は頭打ちになります。その結果、本来、会社にとって最も有益である成長意欲の高い人ほどチャンスを求めて会社を去ってしまうリスクがあります。
「この仕事は君にしかできない。頼んだよ」と言えば、社員は高いモチベーションを持って仕事に臨んでくれるでしょう。しかし、それも一時だけです。一人の社員に非常に大きな負担を強いることになり、いずれ離職してしまいます。
特定の社員がいなければ成り立たない状態は極めて脆弱です。その社員が自分勝手な行動を取るようになり、組織全体の秩序が乱れる恐れもあります。
私はよく、経営者の皆様に次のように問いかけます。「もし、今の売上高が最終目標であるなら何も問題ありません。しかし、今よりも5倍、10倍の売り上げを目指すのであれば、現状の組織構造で対応できるでしょうか」と。
売り上げが伸びるということは、それだけ市場の需要に応え、社会に与えている影響力が高まり、会社のブランド価値が向上している証拠です。社員にとっても「あの会社で働いているなんてすごい」と周りに言われる企業の方が誇りに思えるでしょう。
どんなに飛行機を改良しても、宇宙には到達出来ないのです。10倍の結果を出すために必要なのは、小手先の変化ではなく、抜本的な改革なのです。
経営者である以上、常に5倍、10倍という大きな目標を追いかけ続けてほしいと思います。そのためにも、決してデスマーチを放置せず、抜本的な改革を行ってください。
識学上席コンサルタント コンサルティング部 課長
大学卒業後、愛知県の自動車部品メーカーに入社。SEとしてエンジンの開発に関わる。5年ほど勤務した後、26歳から副業的に講師業を始め、27歳で独立。32歳で東京へ進出し、教育事業の会社を設立。10年ほど手がけるもコロナ禍となり、地元名古屋に戻ることを決意。その後、識学に入社し現在に至る。
(※構成・平沢元嗣)
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