「お荷物社員」をエースに 「静かな退職」を防ぐ経営者の役割とは
昇進や昇格を目指さず、最低限の仕事しかしない──。そんな「静かな退職」と呼ばれる現象が広がりつつあります。人的リソースが限られる中小企業でその状態を放置しておくと、経営に深刻な影響を与えかねません。コンサルティング会社・識学の上席コンサルタント・本田務さんが、「静かな退職」が起きる原因をひもときながら、経営者が講じるべき対策や、いわゆる「お荷物社員」をエースに変えた事例を紹介します。
昇進や昇格を目指さず、最低限の仕事しかしない──。そんな「静かな退職」と呼ばれる現象が広がりつつあります。人的リソースが限られる中小企業でその状態を放置しておくと、経営に深刻な影響を与えかねません。コンサルティング会社・識学の上席コンサルタント・本田務さんが、「静かな退職」が起きる原因をひもときながら、経営者が講じるべき対策や、いわゆる「お荷物社員」をエースに変えた事例を紹介します。
目次
「静かな退職」は、米国で話題を呼んだ「Quiet Quitting」の訳語で、昨今は日本でも注目を集めています。実際に退職するわけではないものの、仕事への熱意を失い、いつ退職しても構わないと考えているように見える状態です。響きは「窓際族」と似ていますが、窓際に追いやられたのではなく、自ら頑張り過ぎない働き方を選んだ点が異なります。
コロナ禍以降、仕事に対する価値観の多様化が進み、プライベートの時間を大事にしたいという理由で、「静かな退職」を選ぶ社員が増えました。転職が当たり前となり、今の会社に長く居続けるつもりはないと決めた社員もその傾向があります。
経営者にしてみれば「静かな退職」は見過ごせません。社員一人ひとりの成長に伴って、業績が伸びる組織が理想であるはずです。
では、「静かな退職」を防ぐにはどうすればいいでしょうか。その答えは実にシンプル。働きやすい環境を整え、やりがいを感じながら社員に仕事をしてもらうというだけです。ここからは、中小企業の経営者が講じるべき具体的な対策を解説します。
まず、働きやすさは仕事に集中できる環境が大きく影響します。スポーツをする前にグラウンドやコートの石を拾う作業と同じ。これがなければ、地面の石を避けることに意識が向いてしまい、競技に集中できません。
では、仕事に集中できる環境とは何でしょうか。
↓ここから続き
さまざまな要素がありますが、最も大きなものは人間関係でしょう。「私ばかり電話対応をさせられている」、「上司の機嫌が悪いから報告を後に回そう」といった社員は、人間関係のストレスを感じている典型です。
特に、上司の気分がルールになっているような組織では、その下で働く社員が振り回され、組織の効率や士気が低下していきます。
例えば、「自由にやっていい」と言われたからその通りにしたのに、後になって「普通そんなことしないでしょ。少しは考えてよ」と言われたら、誰であれ嫌な気分になります。
全く異なるバックグラウンドを持った人間が集まる組織で、人間関係の不和は生まれて当然です。そこで、鍵となるのが明確なルールの設定です。
社員同士で空気を読んだり、顔色をうかがったりすることに意識を奪われないよう、ルールで防ぐのです。例えば、次のようなルールが考えられます。
違反があれば、経営者が必ず守らせます。全員が順守するようになってはじめてルールは適切に機能するからです。
もちろん、それで人間関係の不和が完全になくなるわけではありません。それでも、ルールを整えれば問題を限りなく小さくできるのです。
社員には、モチベーションの源泉となるやりがいを見い出してもらわねばなりません。そのためには、大きく二つのポイントがあります。
一つは内質的な動機付けです。これは、人に指示されるのではなく自分の意思で決めて行動できるという満足感や、できなかったことができるようになる達成感を指します。
もう一つが物質的な動機付け。いわゆる昇給や昇格が該当します。
この二つ(内質的動機+物質的動機=内発的動機)がそろわなければ、社員はやりがいを持って働けません。仕事を進める際、上司の指示を逐一仰がないといけないなら、社員は楽しくないですし、頑張っても給与が同じなら、やる気を出さず仕事ができない振りをするはずです。
そこで必要になるのが、部下に対する目標の設定とフィードバックです。
部下には必ず、いつまでに何をしてほしいかといった、期限と状態が明確な目標とそれを達成するための権限を与えましょう。そして、進捗を定期的に確認してください。目標が高過ぎても低過ぎてもいけません。ちょうどいいラインの目標を提示しましょう。
ここが上司の腕の見せどころです。目標が決まったら、後は部下の好きにさせます。
フィードバックは週1度がおすすめです。人間は弱い生き物なので、このフィードバックがないと手を抜いてしまいます。毎週、やらざるを得ない環境をセットするのです。
進捗に問題がなければ何も言わずに終了で構いませんが、芳しくなければどう行動を変えていくかを社員自身に考えさせます。
このとき、「こうしたらいい」などという指示を出さないようにしましょう。「困ったとき、黙っていれば上司が助けてくれる」と勘違いした部下は成長できなくなるからです。
ただし、何も教えないのはNGです。考える能力が不足している場合は、研修(考え方や知識)を行います。あとは、ゴールを手前に設定する(例:アウトラインだけ考えさせる)。もしくは、前提となるルールを設定して(例:フォーマットに必要事項を記載させる)、考える領域は狭めつつ、少しずつでも考えてもらうイメージです。
経営者はこうした目標設定を管理職に対して行い、管理職にも同じような役割を課しましょう。
もう一つ、忘れてならないのが評価制度です。責任の大きさによって給与が増えていく仕組みは、必ず用意しなければなりません。
ポイントはマイナス評価、つまり目標未達成の場合に評価が下がる仕組みです。これがないと社員は「結果を残せなくても給与は落ちないから別にいいや」という気持ちになります。
時々、会社が社員にモチベーションを与えなければならないと勘違いしている経営者がいますが、モチベーションは外部からではなく、社員自身の内側から生まれるもの。二つの動機付けがあれば、自然とモチベーションはわき上がります。
一方、社員が自ら目標を立てるMBO(目標管理)制度であれば、やりがいを感じながら働けるし、静かな退職も防げるのではないか──。そう考える経営者がいるかもしれません。
その効果は不明ですが、MBO制度は別の観点から避けるべきだと断言できます。
社員に目標を決めさせると、必ずと言ってよいほど低めのラインを出してきます。会社の求める数値からはかけ離れているため、部下にもっと上げるよう説得する作業が付きまとうでしょう。
私が過去に勤めていた会社では、MBO制度の下、期が始まる半年前から予算会議を行っていました。社員に目標を出させ、経営陣がチェックし、親会社が確認する流れでしたが、社内確認が済んでも、親会社から「もっと高い目標を設定するように」とお達しが来たら、最初からやり直しです。
これは極めて無駄な作業です。給与の高い役員がこのような無駄な作業をするくらいなら、上から目標を落としていき、それを達成するために必要な権限を上申させる方がよほど効率的です。
最後に、ある自動車ディーラーで実際にあった話をご紹介します。
そのディーラーには、「静かな退職」をしていた40代の男性社員がいました。独身かつ実家暮らしで、収入は最低限でいいと考え、全く働かない「お荷物社員」だったのです。
ルールも守らず、指示にも従わない男性社員への指導を、周囲もあきらめてしまっていました。
私は店長に、これまでに述べた通りの指導をしてもらうよう伝えました。評価制度を整え、しっかりと目標を与えながら毎週の管理を行ったのです。
とはいえ、その社員はほとんど仕事をしてこなかったので、目標を与えてもどう動いたらよいか分かりません。
そこで、その社員の力量から判断し、日々何件の商談を確保したらよいのか、そのためには何通メールを送らねばならないかを計算し、毎日指示を出すようにしました。
最初のうちは「午前中の3時間で既存顧客へ30通メールを送ってください」と指示しても、「無理です」と返ってきます。そんなときは、次のような会話を重ねました。
「では、何通なら可能ですか」
「……10通です」
「分かりました。まずは10通送りましょう」
一段ずつ階段を上がる経験を積んでもらうようにしたのです。そして、月間1台の契約を達成するためには、見積書をどれだけ出さないといけないか。商談すべき件数は何件かを基に、次の目標を決めていきました。
何をするか明確にしたら、期限が来るまでは口出しをせず待ちます。目標未達成だったときは、次のようなアプローチで改善を期待しました。
「先週の目標は10件の商談でしたが、5件しか実施できませんでした。今週はどう行動を変えていきますか」
その社員はどうなったでしょうか。
最初こそ嫌そうな顔をしていましたが、だんだんとやる気を出してきたのです。というのも、商談が入ったり契約が決まったりすると達成感が出て仕事が楽しくなります。給与も上がって、周りからも一目置かれる存在になりました。
すると、自分なりに工夫して仕事に臨むようになり、最終的には同地区のディーラーのなかでもトップクラスの成績を残して表彰を受けたのです。お荷物社員からエースへと変貌を遂げた瞬間でした。
この社員が特別だったわけではありません。誰でもこうなれるチャンスがあります。大切な社員を、経営者が適切に導いてあげてください。
社員が成長し、その結果会社の業績が伸びていけば、社員は会社に誇りを持ってさらなる成長を望むようになり、会社は一層発展していくでしょう。
この循環を生み出せたら継続的に業績を拡大させられます。本記事がその一助になれば幸いです。
識学上席コンサルタント 営業部
ビジネス・ブレークスルー大学大学院、MBA(経営管理修士・経営学修士)を取得。GMOインターネットグループのグループ会社で営業部門の取締役として従事。国内外の販売網を構築し、アプリのストア公開数を国内最大級にすることに貢献。その後、国内初となるコネクテッドカーサービスのセールスとマーケティングを担当したのち、識学に入社。
(※構成・平沢元嗣)
(続きは会員登録で読めます)
ツギノジダイに会員登録をすると、記事全文をお読みいただけます。
おすすめ記事をまとめたメールマガジンも受信できます。
おすすめのニュース、取材余話、イベントの優先案内など「ツギノジダイ」を一層お楽しみいただける情報を定期的に配信しています。メルマガを購読したい方は、会員登録をお願いいたします。
朝日インタラクティブが運営する「ツギノジダイ」は、中小企業の経営者や後継者、後を継ごうか迷っている人たちに寄り添うメディアです。さまざまな事業承継の選択肢や必要な基礎知識を紹介します。
さらに会社を継いだ経営者のインタビューや売り上げアップ、経営改革に役立つ事例など、次の時代を勝ち抜くヒントをお届けします。企業が今ある理由は、顧客に選ばれて続けてきたからです。刻々と変化する経営環境に柔軟に対応し、それぞれの強みを生かせば、さらに成長できます。
ツギノジダイは後継者不足という社会課題の解決に向けて、みなさまと一緒に考えていきます。