目次

  1. PMI(Post Merger Integration)とは
  2. M&AにおいてPMIが重要な理由
  3. PMIの具体的なプロセス
    1. PMI推進プロジェクトの体制設計
    2. 統合方針の具体化
    3. PMI施策の決定
    4. Day1以降の対応実施、モニタリング
  4. PMIの成功ポイント
    1. 早期着手
    2. 最適なPMI担当者のアサイン
    3. 外部専門家の起用
  5. PMI実行には十分なリソースが必要

 PMI(Post Merger Integration:ポスト・マージャー・インテグレーション)とは、M&Aを企画した段階で、見込んでいたM&A後の統合効果を最大化するための統合プロセスです。その対象範囲は、経営、組織、業務、管理など統合に関わるすべてに渡ります。

 PMIの最終的な目的は、M&Aの戦略上の目的を実現させること、および企業グループの企業価値向上にあります。

M&AにおけるPMIの位置づけと実施手順
M&AにおけるPMIの位置づけと実施手順(デザイン:吉田咲雪)

 M&Aを行う際は、基本的に買収対象企業のバリューアップ(シナジー効果実現など)のための何らかの仮説があり、各種デューデリジェンス(DD)やその他の手続きを通じて、仮説が実現できそうか、または別の課題ないかを検証します。

 PMIがM&Aにおいて重要なのは、その検証した仮説の具体化、課題への対応を行うプロセスだからです。

 これまでに70社を超えるM&Aを実施し、M&Aにより急成長してきた「M&Aの匠」と(私が勝手にお呼びしている)日本電産株式会社の永守重信会長も、「M&Aの成否は2割が交渉であり、8割がPMIに依存する」と述べています。

 M&AにおけるPMIは、次のようなプロセスで進められます。

  1. PMI推進プロジェクトの体制設計
  2. 統合方針の具体化
  3. PMI施策の決定
  4. Day1以降の対応実施、モニタリング

 各フェーズを、以下で順に詳しくご説明します。

 M&A成立日(以下、Day1)と同時に、PMIを実施できるように、PMI推進プロジェクトの体制設計を行います。ここで設置するのが分科会、ステアリングコミッティ、PMO(事務局)の3つです。

PMI推進プロジェクト体制の全体像
PMI推進プロジェクト体制の全体像(筆者作成)

①分科会

 分科会は、統合における各種課題の洗い出し、対応策を立案する機関です。管理系分科会と事業分科会の2種類があります。

  • 管理系分科会
    業務をスムーズに実施するとともに、統合によって新たに発生する課題に対処し、さらなる業務の効率化を行えるようにするために設置される機関。担当分野は「財務経理」「人事」「システム」「ガバナンス・内部統制」など
  • 事業分科会
    シナジー効果の発揮や事業オペレーション統合のために個別に設置される機関。担当分野は「販売・企画」、「開発・製造」「仕入・物流」など

②ステアリングコミッティ

 対応策の立案では、各分科会ではできない経営判断を伴う意思決定や方針決定が必要となります。そのためにステアリングコミッティ(PMI統合プロジェクトの最終意思機関)を設定し、メンバーを選定します。

③PMO

 ステアリングコミッティでスピーディかつもれなく重要な意思決定を行うためには、各分科会の検討状況や必要な事項のエスカレーションを適時に実施しなければいけません。そのため、各分科会とステアリングコミッティの間にPMO(事務局)が設置されるのが通例です。

 各種機関を設置したら、PMIプロジェクト全体の意思決定や報告ルール、必要な会議体の設計を行います。

 統合に向けたビジョンを明確にし、これに基づく統合戦略の策定を行います。統合戦略には、期待されるシナジー効果の一覧や主要施策、主要なマイルストーンが記載されます。

 マイルストーンについては、経理・財務の四半期決算や申告のように法定の締め切りとそれ以外に分け、トラブルや混乱を招かないようなプランニングが重要になります。

 下表のように、機能別に具体的なタスクを想定しながら統合方針を策定し、さらに具体的なアクションプラン(タスクのスケジュールも含む)を策定します。

PMIの対応事項一覧
PMIの対応事項一覧(筆者作成)

 シナジー施策については、Day1以降の効果を最大化するために、シナジー施策の具体化を行い、数量目標の設定、効果の定量的評価を行う段階に入っていきます。

上場企業による買収の場合

 上場企業による買収の場合、各領域別のPMIで特に注意すべきは、経理財務PMIです。これは、上場企業には四半期決算という明確な法定の締め切りが存在するためです。

 それまで経理を税理士法人に任せっきりであった非上場企業であっても、未適用の会計基準(収益認識基準、税効果会計、退職給付会計など)を適用しなければいけません。また、会計方針が正しく適用されているか、買収企業との会計方針の差異はどこにあるのか、などを把握して調整する必要もあります。加えて、早期に決算を締められるように決算プロセスを整備し、期限までに取得日の貸借対照表を完成させて、監査法人の監査をうけることも求められます。

 これらのプロセスは、IPO準備企業であれば数年かけて準備するものです。ただ、経理財務PMIでは最長で3か月、平均して1か月半程度という非常に短期間で実施する必要があります。プロジェクトマネジメントの難易度も高いため、対象会社の規模が大きい場合には、専門家を起用して作業を実施してもらうケースは少なくありません。

 Day1以降に買収企業の価値向上のための対応、および業務を支障なく行うための対応を、分科会ごとに検討して実施します。

 M&A計画策定時に計画した事項が「絵に描いた餅」にならないためには、モニタリングが重要です。各分科会の定期的な報告をもとにPMI施策の進捗状況を確認し、必要に応じて改善策を策定します。領域によっては、施策の成果を評価するためのKPIを設定し、施策の効果を定量的に把握します。

 PMIはM&Aにおいて重要であり、成否の鍵を握るのは先述のとおりです。

 ただ、実際は「買うことが目的化」して被買収企業を放置し、いわゆる「買いっぱなし」の状態になり、シナジー効果の発現はおろか、既存の事業ですら低迷し、数年後に低価格で他社に売却したり、清算を行ったりするケースもよく見られます。

 上場企業でも、決算を見ると、毎年のように多額ののれん減損損失を計上している会社もあります。企業会計基準委員会の「のれん及び減損に関する定量的調査」によれば、前年度にのれんを認識していた会社のうち減損損失を認識している会社は、平均して15-20%程度あるようです(参照:同資料 p.22)。

 これらのM&Aの失敗には、「買収価格が高すぎた」ことや「買収の経営戦略上の意義が薄く、シナジー効果も見込めないのでそもそも買うべきではなかった」ケースもありますが、適正な価格でシナジー効果が見込める会社を買収していたとしても、PMIの失敗によるものも多くあるものと推測されます。

 では、PMIを成功させるには何をしたらいいのでしょうか。筆者は、とくに次の3つが重要だと考えています。

 デロイト トーマツ コンサルティング合同会社による2018年の調査によれば、「M&Aを実行する際に設定していた目標を何割達成できたか」という質問に対してを質問し、「8割超」と答えた企業は、PMIをデューデリジェンス開始以前と、非常に早期段階からスタートしていたことが明らかになっています。

日本企業の海外M&Aに関する意識・実態調査結果

出典:日本企業の海外M&Aに関する意識・実態調査結果 p.5│デロイトトーマツコンサルティング合同会社

 M&Aにおけるシナジー効果の発現や、課題に対する対処は、買収より時間が経過すればするほど難易度が高まるため、できるだけ早期に着手しなければなりません。

 また、被買収企業の従業員のケアが効きやすいのも早期着手のメリットです。

 買収直後の被買収企業の従業員は、オーナー経営者から見捨てられたような気持ちになりがちです。これを急いで手当てせず、放置すると、会社にとって重要なキーマンが社外流出したり、メンバーのモチベーションが低下したりして、シナジー効果が発現しないだけでなく、既存事業すら低迷することがあります。

 被買収企業の従業員の不安を払拭するためには、案件成立前から本件の目的や戦略を明確にし、案件公表後すぐに統合作業(両社の差異や課題の認識、取り組むべき領域の洗い出し、課題対応策立案)を開始するとともに、被買収企業の従業員に対してすみやかに統合後のビジョンを伝達し、「会社を良くして、従業員を幸せにしたい」という思いを共有することが重要です。

 PMIでは、統合を進めていく責任者を設定します。特に重要な子会社に対しては、即座に専任の担当者を現場に送り、被買収企業の従業員と現場で共に汗をかいて、ひざ詰めで協議を行うことが重要です。

 できれば買収企業のトップが定期的に現場を視察し、統合がうまくいってなければ原因分析して、対処策を指示することも重要です。

 先ほど紹介した日本電産では、海外企業を買収した場合には、日本人を社長にしないというルールを設けています。また、グループとして求められる利益水準を経営陣に伝達して、これを達成できない場合には経営陣を交代させることもあるなどのドラスティックな対応をしており、被買収企業に一定のプレッシャーを与えながら、企業価値の最大化に取り組んでいます。

 場合によっては外部の専門家を起用することもおすすめします。多数のタスク(法的なものも含む)を短期間でこなせるリソースがない、経理財務PMIのように会計上の専門的な知識が必要で、かつ短納期のタスクが多い、などの場合は積極的に検討ください。

 ただし、PMI作業の大部分を外部に委託するのは望ましくない場合もあります。これは、支払報酬が高額になるばかりか、M&Aのノウハウが自社に蓄積されないためです。専門家に何をどこまで依頼するか、きちんと住み分けを検討した上で依頼を行ってください。

 残念ながら、M&Aには失敗も多くあります。M&Aプロセスにおける失敗を原因としたものもありますが、案件の成立はゴールではなく、M&Aの目的を達成するためのスタートに過ぎないことを十分に理解せず、買うだけで企業価値が増加するという誤解が多いためとも考えられます。

 被買収企業の企業価値を向上させるには、シナジーの実現が必要です。また、被買収企業が、業務をスムーズに実施できるように、統合後のビジョンとガバナンスに合わせて業務プロセスやシステムを一部統合したり、最適化したりしなければいけません。

 PMIは、そうした企業文化や経営理念の異なる会社を統合して、統合効果を最大化するためのプロセスです。

 ただ、PMIの実行にはとにかくリソースが不足しがちであるため、買収の予算だけではなく、PMIの予算も事前に確保することがポイントになります。また、必要に応じて外部専門家を起用することも重要です。