M&Aの失敗を防ぐマネジメント 異なる文化を束ねるルール作りとは
中小企業の規模を拡大させるため、M&Aは有効な手段の一つになっています。しかし、異なる組織文化を持つ企業同士が、同じ目線に立ってビジネスを進めるのには困難も伴います。組織コンサルティング会社・識学の畠中光成さんが、組織マネジメントの観点からM&Aを成功に導くための具体的な手順やルール作りのポイントについて、事例などをもとに解説します。
中小企業の規模を拡大させるため、M&Aは有効な手段の一つになっています。しかし、異なる組織文化を持つ企業同士が、同じ目線に立ってビジネスを進めるのには困難も伴います。組織コンサルティング会社・識学の畠中光成さんが、組織マネジメントの観点からM&Aを成功に導くための具体的な手順やルール作りのポイントについて、事例などをもとに解説します。
M&Aを成功させる上で最も大切なポイントは、目的の明確化です。何のためにM&Aをするのか、それによってどうなりたいのかをはっきりさせた上で買収の準備に移ってください。
「M&Aの目的なんて事業拡大以外にないだろう」という声が聞こえてきそうですが、それだと不十分です。例えば、「2年後に営業利益30%増を達成したい」、「3年以内に海外の売上高の比率を20%以上にする」といったように、具体的な数字が入った目的を設定しましょう。もちろん、ある程度長期的スパンで考えて構いません。
しかし、多くの経営者は「いい案件があれば話を聞きたい」と条件ありきでM&Aを進めようとします。これが、M&Aがうまくいかない最大の原因です。
明確な目的を決めないまま始めるM&Aは、ゴールを決めずにスタートする長距離走と同じです。目指すべき場所が分からないため全速力を出せず、成否の判断もできません。目的がはっきりしていれば、そこに向けた最短距離を全力で走れますし、進捗状況の判断も容易にできるため、必要に応じた軌道修正がしやすくなります。
完璧な買い先は存在しません。どんな企業にも強みと弱みがあります。目的を持ったM&Aを実行し、成功につなげる努力をすべきなのです。
買収完了後は、買収相手を自社の文化に慣らしていく作業に着手します。これはPMI(Post Merger Integration)と呼ばれるプロセスになります。ここで鍵を握るのが共通のルールになります。
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異なる文化を持った二つの会社の間に行動の基準がなければ、両者はうまく混ざり合いません。それに、人間は同じルールを守る人を同一のコミュニティーに属する仲間と認識する生き物なので、ルールを統一すれば所属意識を醸成できます。
一口にルールと言っても様々なものがありますが、ポイントは「守ろうと思えば誰でも守れるルール」にすることです。例えば、「会議に出席する際は開始時間の3分前に着席する」、「在宅勤務時は始業時間までに上司にチャットで朝のあいさつをする」、「帰社時には机の上に何もない状態にする」といったものです。
このような働く姿勢を問うルールを、我々は「姿勢のルール」と呼んでいます。買い手側は買収先の経営者を通じて姿勢のルールを守らせるようにしましょう。「好きにやってください」という態度でいると、結局、成果を出すまでに時間がかかってしまいます。
ただし、あまりにも急な組織変革は買収先の企業に所属する社員の反発を招く恐れがあります。その会社には長年続いてきた慣習が横たわっています。強引にそれを変えてしまおうとする態度はお勧めしません。
文化の統一は手段であり、目的はあくまで業績のアップです。文化の統一に躍起になってPMIが進まないのは本末転倒です。そこで、有効なアプローチになるのは、業績報告のフォーマットや会議の頻度を統一することです。
組織には、売り上げや利益だけでなく、日々追いかけているKPIがあるはずです。その進捗状況を報告するフォーマットを一律同じ形にしましょう。
そして、買い手側が会議を1週間に1度行うとしたら、買収先も同じ頻度で実施するようにします。その際に、会議のやり方も合わせて統一しましょう。
こうすることで、買収先も自分たちと同じようにPDCAが回り始め、管理がしやすくなります。そこまで個人の行動を制限するわけではないため、社員も受け入れやすいはずです。
そのやり方に買収先の企業が慣れてきたら、「姿勢のルール」を守らせていくとよいでしょう。これによって最も無駄のないPMIができます。
私がコンサルティングをしている会社も、この方法を使いながらM&Aで結果を残しています。
ある中小企業は優れた基幹システムを自社で保有し、M&Aを繰り返して業績を伸ばしています。その会社の経営者は、「当社のグループに入ればこのシステムを好きなだけ使えます」と打ち出し、買収先の経営者を口説いています。
これは買収先の企業にとってのメリットだけでなく、基幹システムの統一によってPMIがスムーズに進むという買い手側の利点も含まれており、非常に巧みな戦略と言えます。
買収先の社員は、M&Aによって株主や上司が代わり、環境も変化するため、「これまでと同じ働き方はできない」、「これからどうなるのだろう」と恐怖を感じてしまうものです。それが離職につながってしまう場合もありますが、ある程度は仕方がありません。
離職をちらつかせて反発を表明する社員も出てきますが、組織側は反応し過ぎないようにしましょう。特に、個人に合わせたルール変更はご法度です。離職を盾に好き勝手な行動を取る社員が出てしまいます。
以上、M&Aの成功に必要な心構えを述べてきました。ルールの重要性を強調しましたが、日ごろからルールに基づくマネジメントをしていないと、PMIはうまく進みません。
最近は「自由な会社」をうたい、ルールの設定を嫌がる経営者も少なくありませんが、生まれも育ちも違う人間が集まった組織が、ルールなしでうまく機能するでしょうか。これを機に、日ごろからのマネジメントを見直してみてください。
後継者不足を理由に会社の売却を検討する中小企業の経営者は増えています。それゆえ、事業拡大を狙う経営者は、M&Aを経営戦略上の重要な選択肢の一つとして認識しておくといいでしょう。
識学上席コンサルタント・コンサルティング部 課長
関西学院大学法学部を卒業。松下政経塾を経て、衆議院議員を経験。議院運営委員会理事、憲法審査会幹事、国家安全保障に関する特別委員会委員などを歴任。おもに議員の身分に関わるルールや、安全保障政策を策定。民間企業では明治安田生命、リクルートに在籍。会社経営も経験。
(※構成・平沢元嗣)
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