給与額を自己申告に変えた谷元フスマ工飾 中央集権的だった組織が自律型に

創業79年の谷元フスマ工飾(大阪府八尾市)3代目の谷元亨さん(50)は、BtoB事業のふすま・建具製造に加え、オンラインショップなどのBtoC事業を育て、事業多角化と成長を実現しました。その土台には、中央集権型から社員が自律的に動けるようにするための組織変革がありました。自己申告型の給与制度、権限委譲によるリーダー育成、地域に開かれたワークショップによる社員のモチベーションアップなど、谷元さんの取り組みと成果に迫ります。
創業79年の谷元フスマ工飾(大阪府八尾市)3代目の谷元亨さん(50)は、BtoB事業のふすま・建具製造に加え、オンラインショップなどのBtoC事業を育て、事業多角化と成長を実現しました。その土台には、中央集権型から社員が自律的に動けるようにするための組織変革がありました。自己申告型の給与制度、権限委譲によるリーダー育成、地域に開かれたワークショップによる社員のモチベーションアップなど、谷元さんの取り組みと成果に迫ります。
谷元さんは2008年の社長就任後、ふすまの市場縮小に危機感を感じ、新事業開拓を試みました。ふすまの代わりにデザイン性の高いドアなどを扱うオンラインショップ「和室リフォーム本舗」を始め、工夫と改善を重ねて売り上げを伸ばしてきました。今ではオンラインショップをはじめとするBtoC事業が売り上げ全体の15%を占めるまでに成長しています(前編参照)。
和室リフォーム本舗は谷元さんがトップダウンで進めてきた一方、事業成長につれて、社員らが現場でスピーディーに判断できるようにならないと、時代の変化に対応できないのでは、と考えるようになってきました。
谷元フスマ工飾は父・一男さん(80)の代まで全情報が社長に集まり、従業員への指示もすべて社長から下される「中央集権的な会社」(谷元さん)でした。前職の日本IBMで、チームで情報共有しながら現場で意思決定する風土に慣れていた谷元さんは衝撃を受け、「自分では同じことはできない」と感じました。
「日本全体が右肩上がりの時代は中央集権型の方が効率もよく、利益も上げられたのは理解しています。でも時代は変わり、特に僕たちの業界は市場が縮小している。もっと現場の情報や若い人の新しい感覚に基づいて社員一人ひとりが判断して動ける組織にしないと、いずれ会社が存続できなくなると思いました」
谷元さんは現場の全社員が自律的に動けるよう、営業、製造、施工など六つある部門のリーダーに指示を伝え、その後に各リーダー経由でメンバーに指示する体制に変えました。とはいえ、長年の指揮系統に慣れたリーダー層を中心に、それまでの癖はなかなか抜けません。
そこでお手本にしたのが、同じ八尾市の「木村石鹸工業」でした。社長の木村祥一郎さんは谷元さんと同年代の後継ぎ仲間。自律型組織で会社を成長させていた同社の制度について話を聞き、谷元さんが2022年4月から本格的に導入したのが自己申告型の人事給与制度です。
↓ここから続き
この制度では、社員一人ひとりが期初に達成目標を決め、それにふさわしいと考える給与(基本給)の額を上限・下限を設定したうえで申告してもらいます。それをリーダーが取りまとめて経営陣と協議して必要に応じて微調整し、さらにリーダーと社員と合意したら実際にその給与額が支払われる仕組みです。対象は正社員約40人です。
目標の達成自体は翌年の給与に影響はありませんが、達成できるようリーダーは2カ月に1回の頻度でメンバーと面談し、サポートします。もちろん高い目標を設定して結果的に達成できない場合もありますが、その場合は翌年度の給与の自己申告時にリーダーが実現可能性を踏まえたアドバイスをしています。
制度移行で人件費は上がった一方、谷元さんは社員一人ひとりが能動的に行動するようになったと感じています。パフォーマンスも上がり、30代前半でリーダーに昇格したメンバーも出ました。そして「何よりリーダーたちの意識が大きく変わりました」と言います。
「リーダーは期初にメンバーと決めた給与額はもちろん、期中に目標を達成するためのサポートにも責任を負います。制度導入前と比べ、メンバーはまずリーダーに報告・相談するようになり、リーダーも経営陣と同じ目線でメンバーを見るようになったと感じています」
組織力をさらに高めるため、業務改善や会計の研修にも注力。「経営目線」で売り上げと利益の関係をとらえることで、社員一人ひとりが「この業務を効率化して経費が下がれば利益も給与も増える」というマインドになったと谷元さんは感じています。
社内の情報共有も進めています。六つの部門はそれぞれ業務内容が異なり、部門間の異動もあまりありません。営業の社員が工場の実務がわからなかったり、東京営業所に誰がいるかを知らなかったりするといった「部門の壁」のようなものがありました。
そこで社員全員がお互いの業務内容を把握できるよう、2021年から社内限定のSNS型コミュニケーションツールを導入。社員一人ひとりが業務日報のような内容を、なるべく写真付きで投稿しています。
すると、あまり接点がなかった社員同士で会話が始まったり「いいね」などのリアクションが寄せられたり、といった交流がじわじわと始まるようになりました。
「こうした取り組みは谷元フスマ工飾を『居心地の良い会社』にするための必要投資です。当社はふすまや建具、リフォームを通じてお客さまに居心地の良い空間を提供しています。肝心の社内の居心地をもっと良くして一人ひとりが活躍できるようにすることで、お客さまへの提供価値も上げていきたいと思います」
実際に成果も出ています。例えば施工管理部門にもこれまでなかった営業目標を決めた結果、施工部門の社員が営業して獲得する案件が増えています。オンラインショップの部門でも、ドアのデザインを変えたり素材を多様化したりするなど、より顧客のニーズに合った商品やサービスを提供できるようになりました。
谷元さんはコロナ禍前から自社工場内で、地元の子どもたち向けにふすまなどのものづくり体験ワークショップを定期的に開いています。「和室リフォーム本舗」などのBtoC事業を推進するなかで、個人の顧客の声を聴く機会を増やし、将来住まいを選ぶ機会を持つ子どもたちに和室の良さを広げたいという思いからでした。
ワークショップではまずふすまの歴史を紹介し、社員が製造工程を実演。その上で、子どもたちに小さいサイズのふすま紙を貼ってもらい、アートパネルにして自宅に持ち帰ってもらいます。
近年は自宅に和室がないため、ふすまを見たことがない子どもも多く、ワークショップでは初めての体験に興味津々だそうです。そしてふすまは張り替えて何度でも使えるということを、親も含めて理解を広げたいと考えています。
谷元さんは、ワークショップに登壇する社員らが地元との交流を通じて、仕事へのモチベーションを高めていると感じています。
「普段の業務で、ワークショップに参加する子どもたちのように『すごい』と驚かれる機会はそうありません。新鮮な反応をもらうことで、自信と誇りにつながっているようです」
2025年春から開かれる大阪・関西万博でも、来日する観光客向けのワークショップの開催に向けて、万博事務局と協議しています。
「居心地の良い会社」づくりは採用ブランディングも意識しています。谷元フスマ工飾では年2人程度を新規に採用し、多くは近くの大阪府立布施工科高校からです。現在の従業員は20代以下が約18%を占めています。
ただ、一人でふすまや建具を作り、リフォームができるようになるには、基本的に3年程度かかります。
谷元フスマ工飾ではものづくり企業にありがちな厳しい指導や「背中を見て学べ」ではなく、「人に優しく」を社員教育のテーマとして明文化しています。「なるべくみんなの忙しさに偏りが無いよう、仕事の役割分担を見直しています」
またオンラインショップなどの新規事業の成長に伴い、これまで外部委託していた商品のデザインも内製化しました。2024年4月には専門学校を卒業したばかりのデザイナー1人が入社しています。
デザインの内製化で注力しているのが、2021年に立ち上げたインテリアブランド「waccara」(ワッカラ)です。デザイン性の高いふすまの模様や、そのふすまの柄を利用したアートボード、マスキングテープなどの身近なアイテムを販売しています。
きっかけの一つが主にTikTokで使われている「#和室界隈」というインターネットスラングを、若手社員から聞いたことでした。投稿内容は決して和室を否定するものではありません。しかし、若い世代には和室がいまだ「古い」イメージを持たれていることに、谷元さんはあらためてショックを受けたのです。
谷元さんは入社して間もない頃にも、デザイン性の高いふすまを作ろうと和紙にデザインやイラストを印刷して販売しました(前編参照)。
この事業はさほどうまくいきませんでしたが、それからも「デザイン性を高めて今のライフスタイルに合うふすまを作りたい」という思いを持ち続けていたのです。
「和室の特長である落ち着きの空間を別の形で提案することで、若者の和室に対するイメージを変えていきたい。オンラインショップの知見も蓄積され、さらなる新規事業に取り組む余裕もできたことから、waccaraを立ち上げました。和室がない今の住まいにあえて『和の落ち着き』を提供する事業に育てたいです」
谷元さんはwaccaraの事業を、想定ターゲットである若者に近い年代の社員に任せていきたいと考えています。waccaraに先だって、2012年に発売した「華引手」という新商品シリーズも、その後の事業推進はほぼ若手社員に任せています。
「waccaraも華引手も現時点で売り上げ全体に占める割合はわずかです。それでも、いずれはBtoB事業、『和室リフォーム本舗』に次ぐ第3の柱に育つことを期待しています」
今も祖業の「ふすま」を社名に冠し続けている谷元フスマ工飾。「ふすま屋のこだわり、誇りをずっと伝え続けていきたい」と谷元さんは言います。
一方、関西地区のふすま製造業者などで構成する関西襖内装事業協同組合によると、関西ではピーク時の2000年に30社あったふすま屋が今では8社ほどに減りました。業界内で競争する余力はなく、各社ともふすま製造以外の収益源を模索している状況だと谷元さんは話します。
コロナ禍とその後の資材高騰も痛手になっています。ゼネコンやハウスメーカーによる発注時点から実際の施工までに資材の価格が上がってしまい、価格転嫁も間に合わないからです。
一方、旅館や和室があるホテルに泊まろうとする外国人観光客が増えています。またモダンな和風にリノベートするホテルも全国的に勢いを増しており、谷元さんは「和室の良さを見直してもらい、ピンチをチャンスに変えるときが来た」と受け止めています。
「新築住宅やリフォームだけでなく、インバウンド需要も受け止め、事業や商品の開拓にチャレンジしたいと思います。そして和空間のあり方をさまざまな人々に提供できる会社として存続させたいです」
(続きは会員登録で読めます)
ツギノジダイに会員登録をすると、記事全文をお読みいただけます。
おすすめ記事をまとめたメールマガジンも受信できます。
おすすめのニュース、取材余話、イベントの優先案内など「ツギノジダイ」を一層お楽しみいただける情報を定期的に配信しています。メルマガを購読したい方は、会員登録をお願いいたします。
朝日インタラクティブが運営する「ツギノジダイ」は、中小企業の経営者や後継者、後を継ごうか迷っている人たちに寄り添うメディアです。さまざまな事業承継の選択肢や必要な基礎知識を紹介します。
さらに会社を継いだ経営者のインタビューや売り上げアップ、経営改革に役立つ事例など、次の時代を勝ち抜くヒントをお届けします。企業が今ある理由は、顧客に選ばれて続けてきたからです。刻々と変化する経営環境に柔軟に対応し、それぞれの強みを生かせば、さらに成長できます。
ツギノジダイは後継者不足という社会課題の解決に向けて、みなさまと一緒に考えていきます。