社長の決断「脱どんぶり勘定」で収益改善 社員にも浸透する管理会計
1924年創業「木村石鹸工業」の4代目社長木村祥一郎さんが家業に戻って取り組んだことは「脱どんぶり勘定」でした。経営にかかわる数値の「見える化」に取り組んだ結果、業務用分野の商品の一斉に値上げする決断につながります。数値管理の大切さは今や社員の間にも浸透しています。
1924年創業「木村石鹸工業」の4代目社長木村祥一郎さんが家業に戻って取り組んだことは「脱どんぶり勘定」でした。経営にかかわる数値の「見える化」に取り組んだ結果、業務用分野の商品の一斉に値上げする決断につながります。数値管理の大切さは今や社員の間にも浸透しています。
大阪府八尾市の「木村石鹸工業」は1924年創業の石鹸メーカーです。4代目社長を務める木村祥一郎さんは、学生時代に仲間と起業した「イー・エージェンシー」の取締役を2013年6月に退任し、2016年9月に家業である「木村石鹸工業」の4代目社長に就任しました。
木村石鹸は、デザイン経営の成功例としてこれまで多数のメディアで紹介されてきました。
特許庁によると、「デザイン経営」とは、デザインの力をブランドの構築やイノベーションの創出に活用する経営手法です。デザイン経営の本質は、ユーザーを中心に考えることで、根本的な課題を発見し、既存の発想にとらわれない実現可能な解決策を反復・改善を繰り返しながら生み出し、企業のブランド力を高めることを指します。
木村石鹸は元々、洗剤の製造を創業から手がけてきましたが、製品はOEM(相手先ブランドによる生産)が中心で、近年は売上高利益率(粗利率)の低下が続いていました。家業に入った木村さんは、薄利多売の経営状況を改革しようと、2015年に自社ブランド「SOMALI(そまり)」を立ち上げ、消費者向けに台所や風呂用の洗剤を発売しました。
その後、ボディーソープやハンドソープ、シャンプーの販売も始め、女性を中心に高い人気を集めています。旧来の強みを生かして少ない投資で新たな分野に進出し、利益率の高い自社ブランド製品中心の業態に転換しています。
デザイン経営は、地方の中小企業にとってはとても魅力的な概念です。多くの地方は人口減少で経済規模衰退が確実視されるため、どの企業もこれまでの経営を継続するだけでは、徐々に経営体力がなくなると予想されます。
そのため、ブランド力を強化して求心力のある強いプロダクトを作り、域外からキャッシュを得る力をつけることが要求されています。
こうしたなか、木村さんはnoteで、自身の経験から『「デザイン経営」という言葉の危うさ、中小企業はまず「経営」に目を向けよ』と題した記事を公表し、自社ブランド立ち上げの前に取り組んだ経営環境の整備に取り組んだ経験を公表し、管理会計の重要さを指摘しました。
そこで、この記事では木村石鹸のデザイン経営ではなく、数値管理の取り組みについて紹介します。
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木村さんは家業に戻った2013年、会社の数値管理に大きな驚きを覚えました。管理会計の概念はまったくなく、管理している数値は年間の売上目標である「10億円」という数字のみです。
部門別の予算や、商品別の売り上げ目標もなく、社員のほとんどは売上以外の数値を把握していません。社長である父親は月次の決算書をチェックはしていたものの、在庫の棚卸は毎月行っていなかったため、決算書自体が経営実態を正しく表していない状況でした。
過去10年ほどの損益計算書を分析すると、販管費に大きな変動はないものの、粗利率悪化の傾向が続いており、結果として営業利益が低下しています。しかし、粗利率が悪化している理由は社内の誰にもわからず、粗利率悪化への対策も行っていませんでした。
木村さんはその時代を、『「経営」が行われていない状態で、「どんぶり勘定」そのものだった』と考えています。
当時の売上は、2社の大口取引先に約70%を依存しており、その2社との取引が減少すると、会社の存続問題になりかねません。必然的に価格決定の主導権は木村石鹸側になくなり、会社の命運を取引先に委ねていると言っても過言ではない状況でした。
そんな状況のなか、木村さんが最初に取り組んだのは、商品別、得意先別の粗利を分析し、経営にかかわる数値が誰にも見えるようにすることでした。固定費と変動費を分けて分析し、損益分岐点を把握し、予算や目標に落とし込みます。
分析を進めていくと、ヤシ油など原材料の仕入れ価格はじわじわと上昇を続けていたものの、それを売価に転嫁することができていないことがわかりました。そこで、業務用分野の商品について、一斉に値上げを行うことにしました。
20年もの間にわたって同じ価格で販売しているものもあり、各商品の粗利は、原材料費の高騰により、かなりの薄くなっていたため、適正な水準に修正しました。
一部の社員からは、「値上げすると顧客を競合に取られる」という声もあったそうです。木村さんは、「薄利多売を続けていても会社は成長できない」と強い意志を持ち、ある程度の顧客が離れることを覚悟して、値上げを断行しました。
実際に、値上げを伝えた営業社員が、顧客から「お前のところはもう二度と使わない」と罵声を浴びせられることもあったそうです。取引がなくなったり、競合に乗り換えられたりしたケースもありましたが、大きな損失は出ませんでした。
また、同じタイミングで、小規模な取引に対して行っていた集金を振込に切り替え、集金業務に使っていた時間を新規客獲得に使うことを試みました。
結果として、値上げによって収益性が改善しました。また、集金業務から解放された社員は、それまであまり営業を行ったこなかった関東エリアへの対応に時間を割けるようになり、売上の拡大につながりました。
木村さんはその後も、自社ブランド品の開発と並行して、算出した商品別、顧客別の粗利率などのデータを元に、目標や予算を立て、それを社員と共有する作業を地道に繰り返しました。トップが会計数値を意識する姿勢を見せることで、徐々に社内で管理会計の概念が浸透し、現在は各社員が数値管理を自主的に行いながら業務にあたっています。
木村さんは粗利率の把握や予算管理などについて、自戒を込めて、「中小企業はこのような当たり前の管理もできていない企業が多い」と指摘します。
「デザイン経営」という言葉は中小企業に魅力的に映り、新商品の開発やブランディングに取り組むケースが増えています。そのような見栄えのよい業務革新ももちろん重要ですが、地味な業務改革も同じくらい重要です。
木村さんは管理会計を「九九」に、デザイン経営を「微分積分」に例え、『「当たり前のこと」がきちんと出来てるかどうかに目を向けることも忘れてはいけない。知らぬ間に、九九もできてないのに、微分積分とか難しいことばかり考えてないかと、現在の自分にもきちんと問いかけないといけない』とつづっています。
「数字は経営の羅針盤」と言われることがあります。木村石鹸の事例のように、商品ごとの粗利率がわからなければ、どの商品を多く売るべきかわかりませんし、どこまで値下げに応じられるかもわかりません。
一方で、原価や販管費を細かく把握できていれば、原材料費の値上げや販管費の増大など、マイナスの要因が生じても早期に対応できるでしょう。
「どんぶり勘定」に心当たりがある方は、管理会計の重要さを見直してみてはいかがでしょうか。
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