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人類移住の可能性も。世界の起業家が奮闘
はるか遠い小惑星の欠片(かけら)を小惑星探査機「はやぶさ2」が地球へ届けてくれた日からもうすぐ1年。
宇宙航空研究開発機構(JAXA)の次の探査ミッションとして注目を集めているのは、火星の周りを回る衛星「フォボス」から試料を持ち帰る火星衛星探査計画(MMX)です。
成功すれば、世界初の火星衛星からの試料採取となります。
世界的に宇宙ベンチャー企業が次々と頭角を現す今、各国政府の役割も変わってきています。
地球に近い地球低軌道で、人工衛星や国際宇宙ステーションが運用されていますが、より遠い深宇宙の開拓も政府に求められるようになったのです。
深宇宙である火星の探査では、JAXAのような公的機関だけでなく、世界の民間企業が台頭しています。
火星は将来的に人類が移住できる可能性があるとされ、その実現に向けて起業家たちが奮闘しているのです。
火星を舞台にしたビジネスの動向と取り組みの狙いをまとめました。
JAXA、海外連合チームに先駆け「世界初」なるか
これまでに旧ソ連やアメリカ、欧州宇宙機関(ESA)、インド、アラブ首長国連邦(UAE)、中国が、火星に探査機や探査車を到達させることに成功しています。
少しずつ火星の姿が見えるようになってきているわけです。
今後予定されている、火星の試料を地球へ持ち帰るプロジェクトによって、謎の解明がさらに加速するかもしれません。
火星衛星探査計画(MMX)
JAXAが主導するMMXの目的地は、火星の衛星の1つ「フォボス」です。
フォボスには、隕石(いんせき)の衝突で火星から吹き飛ばされた物質が降り積もっていると考えられています。
MMXのミッションは、フォボスに探査機を送り、フォボスと火星の試料を地球に持ち帰ること。
小惑星探査機「はやぶさ」と「はやぶさ2」で確立した、天体から試料を持ち帰る「サンプルリターン」を武器に、火星圏の謎に迫ろうというわけです。
フォボスがどのようにして誕生したのかは諸説あり、結論は出ていません。
探査機が持ち帰る試料は、フォボスの起源や惑星の進化の過程を明らかにする手がかりになるでしょう。
さらに、試料からは微生物の死骸が検出される可能性もあり、MMXは火星生命探査においても重要な役割を担っています。
探査機は2024年度に打ち上げ、翌年に火星近傍に到着。
フォボスの観測と試料の採集を終えた後、2029年に地球に帰還する予定です。
探査機は、いつでも打ち上げられるわけではありません。
軌道の関係で、火星に探査機を効率的に運べるタイミングは約2年ごとに訪れます。
2024年度の打ち上げを逃すと、次の機会まで2年も待たなければならないのです。
この2年の差が大きな意味を持ちます。
アメリカ航空宇宙局(NASA)とESAは、共同計画ですでに火星の試料採取に成功し、2030年代初めに地球へ帰還予定です。
つまり、世界初の「火星圏」のサンプルリターンとなるためには、NASAとESAよりも早く地球へ帰還する必要があるのです。
そういう背景があり、2024年に確実に打ち上げられるよう、力が注がれています。
マーズ・サンプル・リターン(MSR)
NASAとESAの共同計画「マーズ・サンプル・リターン(MSR)」は、10年以上にわたる大規模プロジェクトです。
まず、2020年に打ち上げられ、火星に着陸したNASAの探査車「パーサヴィアランス」がロボットアームのドリルを使って岩石や塵(ちり)を採取し、専用の容器に収めて地下に保管します。
2020年代後半に打ち上げる、ESAが開発する探査車でそれを回収し、NASAが開発するロケットで地球へ持ち帰る、という流れになっています。
「パーサヴィアランス」が着陸したのは、直径45kmほどの「ジェゼロクレーター」です。
35億年以上前に湖が存在していたのではないかと考えられていて、生命の痕跡を発見できるのではと注目されている場所です。
NASAは、9月1日に探査車「パーサヴィアランス」が、初めて岩石の採取に成功したことを画像で確認できたと発表しています。
「パーサヴィアランス」は今後も移動しながら、岩石や塵の採取を続けます。
火星ぐらしを想定した健康実験、来秋開始
前述の通り、火星には人類が移住できる可能性があります。
NASAを中心に有人火星着陸や滞在に向けた検討が進められているほか、火星開発に参入する民間企業も増えています。
アルテミス計画
NASAはアポロ計画以来となる有人月面着陸を行う「アルテミス計画」を始動させました。
実はこのアルテミス計画の最終目的地は、月面ではなく、火星なのです。
アルテミス計画の一環で構築が検討されている、月を周回する宇宙ステーション「ゲートウェイ」は、火星へ向かう中継基地としての利用も想定されています。
このゲートウェイの構築には、日本も参画を表明し、居住モジュールの建設や物資補給を担当する予定です。
ゲートウェイの完成は2028年、有人火星着陸は2030年代と見込まれています。
健康・パフォーマンス探査研究(CHAPEA)
NASAは、火星での生活を想定した模擬実験「健康・パフォーマンス探査研究」(通称CHAPEA)を行います。
CHAPEAは3回の実施が計画され、1回目の実験期間は2022年秋からの1年間。
一般募集された参加者は、訓練や実験などを行いながら、健康状況やパフォーマンスがどのように変化するのかデータをNASAに提供します。
この模擬実験で使用される施設「マーズ・デューン・アルファ」の製作には、3Dプリンターで住宅建設を行うアメリカのベンチャー企業・ICONが加わっています。
ICONは、月面の住宅建設開発プロジェクトを発表したことでも知られます。
ベンチャー企業「Relativity Space」
地球から物資を輸送するのは難しく、現地での製造技術が求められる火星において、3Dプリンターの活用は有力視されています。
3Dプリンターでロケットを丸ごと製造するベンチャー企業・Relativity Spaceも火星開発を目指す企業の1つ。
「地球と火星における人類の産業基盤を向上させること」をビジョンに掲げ、将来的には火星に3Dプリンター工場を造る構想もあるようです。
SpaceX
人類の火星進出における最大の壁の1つは、輸送手段です。
火星にたどり着くことができても、帰りのロケットの燃料を搭載できず、片道切符の旅となる恐れがあります。
イーロン・マスクが率いるSpaceXは、火星の二酸化炭素と水を使って帰りのロケットの燃料を製造する構想を持っています。
ただ、火星に水が存在するかは明らかになっておらず、現時点では実現可能性が高いとは言えない状況です。
イーロン・マスクは、2002年にSpaceXを創業した当初から、火星移住を目標として掲げていました。
SpaceXが生み出す新たなテクノロジーに期待したいものです。
(朝日新聞社の経済メディア「bizble」で2021年10月1日に公開した記事を転載しました)