「チャーミーちゃん人形」が救った危機 4代目が広げたレトロな魅力
東京都葛飾区の児玉産業TOYは、ソフトビニール人形「チャーミーちゃん」の製造販売で知られています。前身企業から数えて4代目の児玉洋祐さん(45)は、経営危機に直面しながらも、展示会への出展や海外展開、他企業とのコラボなどで「チャーミーちゃん」の昭和レトロな魅力を広めました。現在はアジア圏を中心に、生産が追いつかないほど輸出量が増えています。
東京都葛飾区の児玉産業TOYは、ソフトビニール人形「チャーミーちゃん」の製造販売で知られています。前身企業から数えて4代目の児玉洋祐さん(45)は、経営危機に直面しながらも、展示会への出展や海外展開、他企業とのコラボなどで「チャーミーちゃん」の昭和レトロな魅力を広めました。現在はアジア圏を中心に、生産が追いつかないほど輸出量が増えています。
児玉産業TOYは、児玉さんの祖父・衛さんが1930年に「児玉セルロイド」として創業したのが始まりです。当時はオリジナルデザインのキューピー人形や、卓球のピンポン球などのセルロイドおもちゃを製造していました。
50年代からは、割れやすく可燃性が高いセルロイドからソフトビニールに素材を変え、ソフビ人形の製造が事業のメインとなります。66年には児玉産業に改名しました。
製品はすべて笛入りで、押すと音が鳴る仕様でした。ソフトビニール素材のおもちゃに笛を入れる製造方法で、衛さんは特許を取得しています。
児玉さんの父・亮一さんが小学生のころ、現在の葛飾区立石に会社を移転。立石には大手玩具メーカーの下請け工場も多い中、児玉産業TOYは一貫してオリジナルデザインの商品にこだわって製造してきました。
移転後「もっとかわいく、児玉産業を代表する人形をつくりたい」との考えから新商品の開発に着手し、昭和40年代にチャーミーちゃん人形が誕生します。高度経済成長の波に乗って米国を中心に海外への輸出もはじまり、同社の事業は順調に発展しました。
それでも児玉さんは「サラリーマン家庭がうらやましかった」と振り返ります。
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「おもちゃみたい、というネガティブな言葉のイメージもあって、子どものころは恥ずかしいと思っていました」
チャーミーちゃん人形の人気が落ち着いてきたころ、新たに製造を開始したプラスチック製のおもちゃがヒットし、年商は3億円に到達します。当時大学生だった児玉さんも、少しずつ家業に興味を持ちはじめました。
しかしその後、業績が伸び悩みはじめるなかで、父の亮一さんが心筋梗塞で倒れてしまいます。幸い日常生活に戻れるほどに回復したものの、児玉さんは大学に通いながら家業を手伝いはじめました。
一度は普通の企業に就職してみたいと考えていた児玉さんは大学を卒業後、システム会社に入社します。しかしそのころ児玉産業の年商は、少子化の影響もあって最盛期の半分ほどにダウンしていました。児玉さんは24歳で家業に入ることを決意します。
「経営が苦しいとわかったうえで入社するのは、勇気が必要でした。でもそれ以上に、祖父の時代からの家業を無くしたくない気持ちが大きかったです」
入社したときは、社長の亮一さんと亮一さんの弟、経理を担当する児玉さんの母の3人で切り盛りしていました。体調が思わしくない父に代わり、入社直後から社長が担う業務をほぼすべて担当していたといいます。
入社してすぐ、音が鳴って光りながら回転する観覧車のおもちゃを開発し、売り上げにも大きく貢献しました。
ただし、プラスチック製おもちゃの新商品を開発するために必要な金型の製作には500〜600万、高ければ1千万円以上かかります。売り上げと開発費用が見合わず、プラスチックおもちゃの事業は縮小していきました。
その後、プラスチックのおもちゃ製造からは完全撤退し、製造コストの低い「チャーミーちゃん」を中心としたソフビ人形がメインになります。
しかし、玩具業界のメインが家庭用ゲーム機に移る中で売り上げは伸び悩み、かつての自社工場の土地に建てた賃貸ビルなどの不動産収入を頼りに、何とか玩具事業を継続する時期が続きました。
2016年、亮一さんが逝去したのを機に正式に社長に就任。児玉産業は不動産賃貸・管理業に特化させ、玩具事業を行う児玉産業TOYを子会社として設立しました。
児玉産業TOYの従業員は現在でも3人という少人数体制です。児玉さんは、会社の方針として「どれだけ苦しくても、営業はしない」と決めていたといいます。
「絶対にしないと決めているのは『売るため』の営業です。担当者の力量に左右される方法では、商品を長く愛してくれる消費者に届けられないと考えています。商品力が高ければ消費者の口コミなどで評判が広まり、商品が勝手に営業してくれると信じていました」
とはいえ、消費者に「知ってもらうため」の営業は必要です。業者や小売店との取引だけでは、チャーミーちゃんの魅力を伝えるチャンスは増えないと考え、消費者も参加できるBtoCの展示会への出展を決意します。
出展先を探すなかで見つけたのが「デザインフェスタ」(デザフェス)でした。
「昭和レトロブームもありましたし、チャーミーちゃんは映えるカラーリングなので、デザフェスに来る若い世代にもウケる自信があったんです」
デザフェスは1994年から始まり、2022年は約6万人が来場した大人気イベントです。
デザフェスで心がけたのは「全色展示」でした。チャーミーちゃんの魅力のひとつである、豊富な色展開をアピールするためです。カラフルなチャーミーちゃんがずらりと並ぶ様子は「映えスポット」として注目を集め、自然と人が寄ってきました。
出展は功を奏し、若い世代を中心に人気を集め、SNSや口コミでチャーミーちゃんの魅力が広がりはじめました。人気の染色作家からコラボ商品の申し出があったり、小売業者から取引の申し込みがあったり、ビジネスにつながるうれしい誤算もあったそうです。
BtoC展示会への出展で、業績回復への兆しが少し見えはじめましたが、目標とする売り上げには遠く及びません。
社長に就任して1年が経ち、今後の事業展開について悩んでいたところ、英国のインテリアメーカー「Lapin&Me」から取引依頼の英文メールが届きました。
Lapin&Meのスタッフの知人が、旅行で訪れた日本でチャーミーちゃんを購入。それを見た担当者がほれ込んで連絡してきたのです。「海外から声がかかるなんて思ってもいなかったので、本当にびっくりしました」
Lapin&Meからのアドバイスは同社にとって大きな転機になりました。
当時のチャーミーちゃんの価格は約800円。一体ずつ完全な手作業で生産しているため、コストを考えれば利益がほとんどない状態でした。Lapin&Meから「これだけ手が込んでいるのだから、価格を上げるべきだ」と言われ、現在は2860円(税込み)から展開しています。
おもちゃとしては高額ですが、児玉さんはこのころから「チャーミーちゃん」をインテリア雑貨として生産し始めました。英国でも玩具店ではなく、高級雑貨店や子ども服の店で販売されています。
英国との大規模な取引は約2年続きましたが、輸出量は次第に落ち着いていきました。次の一手を考えていたところに、新型コロナウイルスが発生。業績悪化を覚悟した児玉さんのもとに舞い込んだのが、ガチャガチャを展開するフィギュアメーカー・ケンエレファント(東京)からの取引依頼でした。
「以前からコラボガチャの打診はありましたが、英国との取引を優先していた時期だったのでお断りしていたんです。これからの事業展開に悩んでいたタイミングで声をかけていただき、とんとん拍子で話が進みました」
2021年10月に発売されたのが、チャーミーちゃん人形に動物の着ぐるみを着せた「なかよしチャーミーちゃん カラーリングコレクション どうぶつ編」です。昨今のガチャブームも相まって、累計販売数は10万個を突破しました。
ガチャの動物デザインで、通常サイズのチャーミーちゃんも販売しています。「ケンエレファントさんはさまざまな種類のサンプルをつくって下さるので、チャーミーちゃんの新たな魅力発見にもつながっています」
チャーミーちゃんは、企業だけでなく個人のアーティストとも多数コラボしてきました。15回以上のコラボで誕生したチャーミーちゃんの数は、ワンオフと呼ばれる一点ものが50体、量産品が300体ほどです。
そのすべてがアーティスト本人や代理店からの依頼で実現しています。コラボの内容について児玉さんは基本的に口出しはせず、すべてアーティストに任せているそうです。
「コラボしたいという時点でチャーミーちゃんに愛情があるのはわかりますし、アーティストさんそれぞれのこだわりもあると思うので自由にやっていただいています」
チャーミーちゃんの誕生から約50年。顔もスタイルも当初から変わっておらず、本物の昭和レトロであることが強みになっています。
丸みのある頰やおなかのデザインから幼児に見えますが、手足は意外と長め。今風のスタイルにレトロな顔立ちのギャップ、そして耳が隠れている点がコラボ映えする要因だと、児玉さんは分析します。
「チャーミーちゃんは耳が帽子で隠れているので、着色やカスタムによっては人間か宇宙人かが、わからないビジュアルにもできるんです。だからこそ想像力をかき立てられ、デザインの可能性が広がると思っています」
チャーミーちゃんのかわいらしいビジュアルに秘められた長い歴史にひかれる人が続出しています。
「私はただ、チャーミーちゃんの商品力を信じてやってきただけです。消費者の方や取引先、コラボしたアーティストの方たちが魅力を高めて付加価値をつけてくれました」
児玉さんは謙遜しますが、昭和レトロブームやKawaiiブームなどの波を察知して策を講じ、タイミングを的確に見極める手腕で会社の危機を回避してきました。
児玉さんは商品企画や広報活動などに専念し、チャーミーちゃんの製造工程はすべて委託しています。現在はアジアを中心に輸出量が増えていますが、完全な手作業なので量産できず生産が追いついていません。
生産体制の強化が目下の課題ですが、児玉さんは「委託先をむやみに増やしたくはない」といいます。苦しいときも一緒に頑張ってきた職人さんとの関係を大切にしたいと考えているためです。
「海外に委託工場を持てば、生産体制の問題はすぐに解決するかもしれません。でも、信頼できる職人さんたちと一緒に、メイド・イン・トーキョーにこだわってものづくりをしたいと考えています」
経営が危ぶまれていた時期、チャーミーちゃんの生産数は年間200〜300体程度でしたが、現在は75倍以上の年間1万5千〜2万体にまで伸びました。
人気の裏には、商品への深い愛と下町の義理人情、そして品質へのこだわりがありました。東京から世界へ、これからも児玉さんの挑戦は続きます。
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