目次

  1. 政府、中小企業の輸出拡大を支援 日商も政府の後押し提言
  2. ロシアからの撤退企業、4割に 収束見通せず再び拍車
  3. ロシアからの日本企業撤退、連鎖反応に注視
  4. レピュテーションリスク、重い課題に
  5. 政治と経済、より密接に
  6. 人権問題もレピュテーションリスクの一つ
  7. 輸出拡大とレピュテーションリスクのバランス

 岸田首相は11月1日に公表した総合経済対策のなかで「新規輸出中小企業1万者支援プログラムの推進」を掲げています。

総合経済対策で「円安を生かした政策」について話す岸田文雄首相(朝日新聞のデータベースから)

円安により国内立地環境がコスト面で大きく改善する中、こうした分野の国内供給力を一気に強化し、輸出拡大を図るとともに、農林水産物の輸出拡大、これまで国内での供給にとどまっていた地域の中小企業の輸出展開などを強力に後押しし、円安メリットを活かした経済構造の強靱化を図る。

「物価高克服・経済再生実現のための総合経済対策」について(内閣府の公式サイトから)

 これに先立ち、日本商工会議所は政府へ「地政学リスク、ウィズコロナ時代における中小企業の海外ビジネス促進に向けて」という提言を出し、次のような支援を要望しています。

  1. 海外ビジネスへの挑戦を後押しする情報の拡充
  2. 海外販路開拓の加速に向けた環境整備
  3. 海外ビジネスに対応できる国内外人材の確保、育成への支援拡充
  4. 海外ビジネス(進出後・撤退等)に伴う各種課題への支援体制強化

 一方で、世界に目を向けると前回記事「日中関係の地政学リスク 日本の中小企業はどこまで備えるべきか」でも紹介した通り、国際政治は大国間競争の時代に再突入し、対立が先鋭化しています。

 10月31日、帝国データバンクが公表した統計によると、2022年2月時点でロシアに進出している日本企業169社のうち、10月25日までにロシア事業の停止や制限・撤退を明らかにした企業が75社と全体の4割に上っていることが分かりました。

ロシアに進出している主要企業の事業停止・撤退状況(帝国データバンクのプレスリリースから)

 そして、ロシアからの撤退を表明した企業は8月時点で10社以下でしたが、9月からの2ヵ月間で新たに10社の撤退が明らかになるなど、日本企業の脱ロシアの動きに再び拍車が掛かっているといいます。

 この背景について、ロシアによるウクライナ戦争の収束が見通せず、ロシアでの事業を維持する方が撤退・損切りして再参入するよりコストが掛かるとの判断があった、と産経新聞は10月31日付のニュースで、帝国データバンクの担当者のコメントとして報じました。

 一方、これを国際政治の視点から考えてみましょう。2月24日のロシアによるウクライナ侵攻は世界を震撼させ、欧米や日本は一斉にロシアへの制裁を強化し、欧米日本とロシアとの政治、経済的な関係は急激に悪化しました。日本企業の間では停止や制限、撤退などの動きが見られました。

 それ以降は“冷え込む欧米日本とロシア”、“徐々にウクライナ優勢となるが一進一退の戦況”、“ロシアとの関係を維持する中国やインド”などという状態が一定化したことで、日本企業の脱ロシアを巡る動きはいったん鈍化しました。

 しかし、9月になると、プーチン大統領が軍事的劣勢を打破する目的で部分的動員令に署名し、一部ロシア人が戦場に駆り立てられるようになり、ウクライナ東部南部4州のロシアへの併合を一方的に宣言したことで、ロシアを取り巻く国際情勢はいっそう厳しさを増しました。

 核兵器の使用を巡っても緊張が高まり、日本企業の脱ロシアの動きに再び拍車が掛かったことでしょう。同じころ、大手自動車メーカーのトヨタとマツダ、日産が相次いでロシアからの撤退を表明しましたが、これによって今後連鎖反応的なものが激しくなる可能性も考えられます。

 ロシアからの撤退を表明した企業の中には、このような国際政治から生じるレピュテーションリスクを懸念した経営者も少なくないでしょう。

 撤退という決断は企業にとって非常に重く、企業によってそれぞれ独自の理由もあります。しかし、国際政治がグローバリゼーションから再び大国間競争の時代へ回帰するなか、企業にとって国際政治から生じるレピュテーションリスクはこれまで以上に重い課題になる可能性があります。

 冒頭の帝国データバンクの統計によると、各国企業のロシア撤退率で最も高いのはノルウェーで56%に達し、以下、英国が47%、フィンランドが46%、ポーランドが45%、カナダが33%、米国が28%、スウェーデンが24%、ドイツが20%、フランスが13%、日本が11%、イタリアが5%になったといいます。

各国企業のロシア事業撤退割合(帝国データバンクのプレスリリースから)

 過半数に達しているのはノルウェーのみですが、マクドナルドやスターバックス、アップルやエイチアンドエム、ケンタッキーなど世界を代表するグローバル企業は相次いでロシアからの撤退を表明しています。

 ここで問題となるのは、どこまで政治と経済を分けて考えることができるかです。

 ロシアから撤退した企業、ロシアに残っている企業の中には、“ロシアでの事業継続は利益を生まない”、“ロシアからの撤退は大きな損失で簡単ではない”という非政治的な意見もある一方、“軍事侵攻したロシアでビジネスを継続することは人道的に許されない”、“ロシアでの事業継続は自社の評判を落とす”など政治的な懸念も少なくないと思われます。

 ロシアでビジネスを続ける企業は、ほかの企業、顧客などからの企業イメージが悪化する恐れが考えられます。現時点で大きな問題になっているわけではありませんが、水面下ではロシアでの事業継続という国際政治から生じるレピュテーションリスクに直面している企業もあるかもしれません。企業の世界でも、政治と経済の狭間はこれまで以上に低くなってきていると感じています。

 一方、人権問題から生じるレピュテーションリスクを警戒する企業も増えています。米バイデン政権は中国が抱える人権問題で圧力を強め、新疆ウイグル自治区で横行する強制労働によって生産、製造された品々の輸入、取引を禁止する政策を強化しています。

 たとえば米国では2022年6月、前年12月にバイデン大統領が署名して成立したウイグル強制労働防止法が施行され、米国へ物品を輸出する際、企業に製品が生産過程で強制労働によって生産されたものではないことを明確に証明する義務が課され、それができない場合は物品の輸出が禁止されることになっており、今日日本企業にとっても大きな課題となっています。

 日本企業の間でもミズノやカゴメ、ワールドなどは新疆ウイグル産の綿花やトマトの使用停止を発表しました。2021年秋に共同通信が報道したところによると、ウイグル産綿花を巡り、日本のアパレルやスポーツ関連企業18社のうち13社がウイグル産綿花の調達見直しを検討していることが明らかになりました。

 そのうち3社はすでに使用を停止し、5社が今後中止にする、4社が使用量を減らすと回答しました。

 ユニクロを展開するファーストリテイリングは2021年1月、ウイグル産綿花で製造されたとみられるTシャツが米国で輸入差し止めに遭い、フランスでは現地の人権団体から刑事告発されたことが報道されました。

 ミャンマーでは2021年1月にクーデターが発生し、現在軍事政権が実権を握っていますが、欧米諸国はそれを認めず人権侵害が横行しているとしてミャンマー軍事政権への制裁を強化しています。

 その後、軍事政権と関わりがある企業と取引を続けているというレピュテーションリスクを警戒してか、キリンやエネオスはミャンマーからの事業撤退を表明しました。

 これらウイグルやミャンマーを巡る日本企業の決断・行動の背景には、それによって生じる企業イメージの悪化への懸念があります。

 今日はロシアによるウクライナ侵攻が大きな問題になっていますが、この先も日本企業を取り巻く難題が続くことでしょう。

 米中対立は台湾問題を筆頭に激しくなる一方で、米中の経済完全デカップリング(経済やサプライチェーンのブロック化)は非現実的でも、経済を舞台とした米中戦争が今後さらに激化すれば、米中双方に大きなシェアを持つ日本企業は大きなジレンマに直面する恐れも考えられます。

 日本政府ならびに経済団体は中小企業の輸出拡大を後押ししようとしている一方、目の前にはレピュテーションリスク(地政学リスク)が横たわります。このジレンマに中小企業経営者はどう向き合えばよいでしょうか。

 最初に答えですが、これについては明確な正解はなく、企業によって正解が異なると思います。経営判断において地政学リスクは絶対的なものではなく、労務リスクや災害リスク、法務リスクなどと同じように経営判断における1つのリスクと位置付けるべきです。

 地政学リスクがあるからといってすべての企業がそれを回避するわけではなく、たとえば中国リスクが叫ばれるなか、ニトリホールディングスは2023年末までに中国国内で展開する店舗を100まで増やす方針を明らかにし、村田製作所は江蘇省にある工場で445億円を投じて生産棟を新たに建設するという最大規模の設備投資を発表しました。

 日本の企業はこれまでも地政学リスクがある中でも世界経済の中で活動し、それが日本経済の発展をもたらしました。よって、地政学リスクの高まりが指摘される中でも、日本企業は世界を舞台に経済活動を継続する必要があり、それが今後の日本経済の繁栄につながるはずです。

 よって、ここで重要なのは、“地政学リスクを十分に見極め、リスクの最小化と利益の最大化を目指す”という戦略意識です。たとえば、中国リスクが叫ばれる現状においては、できる部分とできない部分を精査し、できる部分においては、1つに既存の中国シェアをASEANなど第三国にシフトさせる、日本へ回帰させるなどを検討してみるといいでしょう。

 また、サプライチェーンにおいても調達先を中国から第三国にシフトさせる、サプライチェーンを中国とその他でデカップリングさせるなど様々な案があると思われます。

 地政学リスクから完全に抜け出し、100%利益を守るということは極めて難しいものです。しかし、予見される潜在的リスクを見極め、受け身の危機管理から攻めの危機管理に転じることでリスクを最小化することはできます。

 ここでは地政学リスクから生じるレピュテーションリスクを紹介しましたが、地政学リスクが不確実性と不透明性にあふれ、一瞬で暴発する恐れのあるリスクであるからこそ、攻めの危機管理が重要だと思われます。ロシアによるウクライナ侵攻から、我々はそれを教訓とするべきでしょう。