お酒ファンとのつながりを求めて 酒蔵の後継ぎ団体が試飲イベント
広部憲太郎
(最終更新:)
秋田市の新政酒造8代目・佐藤祐輔さん(47)が代表理事を務め、50の酒蔵が加盟する一般社団法人「ジャパン・サケ・ショウチュウ・プラットフォーム」(J.S.P)が2022年10月末の2日間、東京都内で初のリアルイベント「秋のUTAGE2022」を開きました。酒販店や飲食店との取引が中心だった酒蔵の後継ぎたちが、コロナ禍を機に消費者とのつながりを深めるため、自らイベントを企画。自慢のお酒を提供しながら運営でも汗を流し、来場した約2350人の日本酒・焼酎ファンと交流を深めました。
お酒ファンが列をなす
秋晴れとなった10月末の土日、東京・豊洲のウォーターフロントにある屋外会場に、たくさんの日本酒・焼酎ファンが列を作りました。
2日間にわたって開かれた「秋のUTAGE」には45蔵が参加。期間中は各蔵が交代でブースを出しながら、限定酒も含む代表銘柄を提供しました。参加者は有料で試飲でき、各蔵の後継ぎとも対面で交流できるとあって、会場は熱気にあふれていました。
当日はキッチンカーを設置。ミニコンサート、大道芸なども企画され、家族連れで楽しめる工夫も凝らしました。自身の蔵が出店しない時間帯は、後継ぎたちもプラカードを持ったり案内役を務めたりして、率先して運営に携わりました。
後継ぎが主体でイベント準備
新型コロナウイルスの感染拡大による飲食店の休業で、酒蔵は大きなダメージを受けました。後継ぎたちがオンラインを通じて経営の悩み相談などの意見交換を重ね、2020年12月に立ち上がったのがJ.S.Pです。
酒蔵はこれまで飲食店や酒販店といった「toB」のつながりが深かった一方、お酒ファンと直接の接点を持つ機会は少なかったといいます。
J.S.P理事で、焼酎造りを手がける小牧醸造(鹿児島県さつま町)3代目の小牧伊勢吉さん(44)は「コロナ禍で飲食店が閉じて流通が止まり、露出する機会がゼロになりました。このままでは俺らはつぶれてしまうのではないかという危機感がありました」。
J.S.Pも後継ぎ同士がテイスティングや醸造技術、経営を学ぶ集まりでしたが、一般消費者に酒蔵や酒造りの魅力を直接発信するため、「UTAGE」と題したユーチューブチャンネルを立ち上げ、定期的にライブコマースを開いています。「秋のUTAGE」はそうした取り組みの延長で、同団体初のリアルイベントとなりました。
J.S.P監事で、せんきん(栃木県さくら市)11代目の薄井一樹さん(42)は「いつか対面でお酒を注ぐイベントをやりたいと思い、ようやく実現できました」と言います。
酒造組合や酒販店が主催する日本酒・焼酎イベントは少なくありません。ただ、J.S.Pのような酒蔵有志が企画するものは珍しいといえます。
自治体や消防との交渉、集客方法や看板のデザイン、会場での日本酒の保管方法といったオペレーションまで、J.S.Pに加盟する酒蔵の後継ぎたちは、自らが主体となって準備を進めました。
会員は全国各地にまたがるため、ZoomやSNSを駆使しながら、担当ごとにグループを作って準備したそうです。「秋のUTAGE」には加盟50蔵のうち45蔵が出店し、残りの酒蔵もユーチューブを通じて参加しました。
ファン層の拡大に手応え
「秋のUTAGE」は、これからブレークを目指す若手の後継ぎにとって貴重な機会となりました。「八兵衛」という代表銘柄を持つ元坂酒造(三重県大台町)7代目の元坂新平さん(32)は、自身が手がけた新ブランドの日本酒「KINO」などを提供しました。
同社もコロナ禍による売り上げへの影響は甚大だったといいます。蔵の経営力を高めるため、元坂さんは伝統を引き継ぎつつ「KINO」を全国や海外へと広げていく考えです。
「KINOを広めようと思っていますが、飲んでもらわないことには(日本酒ファンに)分かってもらえません。J.S.Pの先駆者に学びながら、自分たちで市場を切り開いていきたいです」と決意を話しました。
「秋のUTAGE」は、ファミリー層や若者の参加者が目立っていたといいます。薄井さんは「コロナ禍前の日本酒イベントはコアなファンの方が多かったですが、お客さんの層ががらっと変わった印象です」。
自ら消費者とつながろうとしているJ.S.Pのメンバーは、「秋のUTAGE」でさらなるファン層拡大への手応えをつかんだようです。
「醸造だけの時代ではない」
J.S.Pでは、他の蔵の製造方法を学んで商品開発につなげるといった交流の輪も生まれています。
家業の新政酒造を全国ブランドに育てたJ.S.P代表理事の佐藤さんは、若手の後継ぎに大きな期待を寄せています。「蔵元の間で名前が広まれば、酒販店やその周辺にもじわじわと名前が広がります。酒蔵の後継ぎは醸造だけやっていればいい時代ではありません。若手にJ.S.Pでの活動を担ってもらい、頑張って伸びてほしいと思います」
同じ業界の後継ぎ同士が、地域の壁を越えて汗をかきながら、消費者向けのプロモーションを一緒に企画し、市場全体のパイを広げていく。J.S.Pの試みは他業界の後継ぎにも参考になりそうです。
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この記事を書いた人
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広部憲太郎
ツギノジダイ副編集長
北海道函館市出身。2000年に朝日新聞に入社。記者としてスポーツや地方創生の分野などを担当。前任地の三重県では、農林水産業や酒蔵など伝統産業の経営者に取材する機会が多かった。2020年から現職。
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