「次世代の蔵元を育てたい」 新政酒造8代目がコロナ禍でも攻める理由
全国に根強いファンが多い新政酒造(秋田市)の8代目・佐藤祐輔さん(46)は、コロナ禍のこの1年、逆に攻めに出ています。人気銘柄の10周年記念イベントを仕掛けたり、全国の酒蔵の若手をもり立てる一般社団法人を創設したりしました。業界全体の復活に向けてアイデアを繰り出す理由を聞きました。
全国に根強いファンが多い新政酒造(秋田市)の8代目・佐藤祐輔さん(46)は、コロナ禍のこの1年、逆に攻めに出ています。人気銘柄の10周年記念イベントを仕掛けたり、全国の酒蔵の若手をもり立てる一般社団法人を創設したりしました。業界全体の復活に向けてアイデアを繰り出す理由を聞きました。
――佐藤さんは2020年5月、事業承継をテーマに、ツギノジダイのインタビューに登場していただきました。あれから1年、コロナ禍の影響はいかがでしたか。
2020年は酒米があまり収穫できなかったという事情もあり、21年は生産量が1割以上減少してしまいました。利益はそれ以上に落ちているでしょう。でも、新政酒造はまだ余裕がある方です。取引している酒販店は、阿鼻叫喚といった状況です。
こうした酒販店は、飲食店が主要な販売先です。21年4月に(緊急事態宣言下の)飲食店で酒類の提供ができなくなった後は、壊滅状態だったのではないでしょうか。20年よりも落ちているし、コロナ前の19年対比だと、もっとひどいことになっていると思います。
――新政酒造の看板銘柄「No.6」(ナンバーシックス)が21年に発売10周年を迎え、「No.6」の限定シリーズ6種類を、約1年かけて発売する企画を打ち立てました。コロナ禍でも積極的に仕掛けている理由は何でしょうか。
日本酒は「ハレの日」のお酒です。鬱屈した日常に対抗し得るのかなと思い、企画を進めました。2月の第1弾では、人気イラストレーター兼デザイナーのダイスケリチャードさんがデザインしたボトルを限定販売し、東京・渋谷で発売記念イベントを開きました。
その時、ダイスケさんがデザインしたキュートなイラストや、Tシャツ、ポスターなども販売しました。お酒は飲むと無くなりますが、グッズがあれば、思い出を残してもらえます。
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「No.6」10周年企画
新政酒造の代表銘柄「No.6」の誕生10周年を記念して、日本を代表するクリエーター6人とコラボした「No.6」限定酒6種類を、21年末までに順次販売する。第2弾は書道家の紫舟さん、第3弾は人気ゲーム「ファイナルファンタジー」のアートディレクター、上国料(かみこくりょう)勇さんがボトルをデザインした。毎回、発売に合わせたポップアップストアも展開する。
コロナ禍前から、10周年プロジェクトを進めていましたが、当初の計画よりもかなり手の込んだ展開になりました。ポップアップストアも計画にはありませんでしたが、密にならないように感染防止対策を万全にして、気合を入れて実行しました。会場のデザインや設営、撤収と、数人の社員で行ったので、大変でした。
――あえて当初よりも積極的なプロモーションを行ったのはなぜでしょうか。
僕自身もストレスがたまり、精神的にいい状態ではありませんでした。祭りなども封じられている中、自宅でおいしい酒を飲んでもらうのは、何よりの「ハレ」になります。業界も売り上げが相当落ち込みましたが、それでも日本酒を忘れてほしくない、一矢報いたいという気持ちでした。
――お客さんの反応はいかがでしたか。
イベントに参加した皆さんは、熱心でしたね。新政酒造の前掛けを付けてくれたり、頒布会で配ったノベルティーのバッジをつけたり、前もって手に入れた「No.6」のグッズを着飾ってくれたり。新政のファンだと認識できる格好をしてくれて、こちらが元気をもらいました。
――コロナ禍で、一般消費者との交流が深まった面もあるのでしょうか。
あると思います。我々は造りの職人集団です。伝統の木桶で仕込んでいて工程も複雑なので、生産数量が限られていました。なので、酒を大事に扱ってくれて料理も良く、多くの人にリーチできるような、優秀な飲食店に置いてほしいと思い、限られた酒販店に販売をお願いしていました。結果的にですが、個人のお客さんが自由に買えるという状況ではなかったかもしれません。
しかし、この状況で一般のお客様が、新政酒造の4合瓶を買えるチャンスが増えました。元々、1人でスッと飲めるような酒を目指していたので、「気づいたら瓶が空っぽになった」という反響は、うれしかったです。
――コロナ禍は、12年に経営を引き継いでから一番の苦境なのでしょうか。
いや、07年に家業に戻ったときの方が100倍苦しかったですよ。福島県のとある酒蔵さんは「厳しいけど、東日本大震災より、よほどまし」という感想を漏らしてましたが、同じような心境でしょうか。
酒蔵は歴史が長いので、戦時中のひどい話を聞くこともあります。ストレス耐性が強い業界かもしれないですね。コロナ禍は、ワクチン接種者が増えれば何とかなるという希望もありますから。
――2020年12月、佐藤さんが代表理事となり「J.S.P(ジャパン・サケ・ショウチュウ・プラットフォーム)」という一般社団法人を立ち上げました。
木屋正酒造(三重県)や小牧醸造(鹿児島県)など、日本酒や焼酎を造っている全国39蔵が参加し、生産技術に関する勉強会を行ったり、ホームページやSNSなどで各酒蔵の情報を発信したりしています。
我々は酒造りの会社ですが、販売に関しては酒販店などにアウトソーシングしてきました。ところが近年、地酒が広く知れ渡ったことで、酒販店が扱う銘柄数が増え、個々の酒蔵の情報を以前のように、十分に客に伝えることが、構造上難しくなっている傾向があります。
コロナ禍を受けて蔵元仲間でオンラインで話をしていて、蔵のファンになってもらうような情報を、自分たちからもお客さんに伝えるべきではという話に発展しました。J.S.Pは、ある程度名前が売れた蔵よりも、これからを担う新しい蔵が市場に出ていくための自己PRの場として設立しました。
J.S.Pには、地域性を尊重した、こだわりの酒造りがモットーの蔵ばかりが集まっています。そのこだわりや独自の取り組みなどを深く知ってもらうことで、より深くお酒を楽しんでいただくことができます。そのためには、J.S.Pのようなプラットフォームで、自発的に自分のファンをつくる姿勢が必要なのです。
――今後のJ.S.Pの活動は。
会員蔵元のライブコマースを近日中に企画しています。蔵元自らが出演して、画像や映像を用いながら、自分の蔵の歴史や、独自のポリシーや世界観などについて話し、その蔵に興味をもっていただくような取り組みです。週1回開くので、1年で52蔵を紹介できる計算になります。
販売本数は、このサイトのみの限定品になりますので、多くても300本程度かなと思いますが、ライブコマースで酒蔵のファンを増やして、その先の定番商品を酒販店で買ってもらえるような流れを作りたいです。
――佐藤さんはフリージャーナリストから家業に転身しました。発信力を重視するのには、そうしたキャリアも影響しているのでしょうか。
日本酒はいい造りをしていても、あまり知られていないという現実もあります。私は日本酒に興味が無かったジャーナリスト時代、静岡県の名酒「磯自慢」を味わい、心が動かされました。同時に「こんなにいい日本酒があるのに、知らなかったなんて」という、自分自身への憤慨もありました。
日本酒を世に送り出すための回路が必要だと思っていました。以前は、同業者向けとはいえブログも定期的に書いていましたし、現在もツイッターは活用しております。
酒蔵の事業承継を目前に控えた若手も多いし、最近、蔵元としてデビューしたのに売れなくて困っているケースもあります。新しい人材を入れないと、日本酒はジャンルとして退化します。次世代を担う蔵元を育てないといけない、という思いで活動しています。
――コロナ禍に立ち向かおうとする後継ぎ経営者へのメッセージをお願いします。
今は少子高齢化による酒離れなど元々あった潜在的な問題が、コロナ禍で早く表面化しただけとも言えます。
こんな時にこそ、あらゆる産業で、若い人材がすぐに経営の主役になるべきです。剣の練習をしているうちに戦いが終わっては意味がありません。経営改革を進める重要なプレーヤーとして、逆にやりがいが生まれるのではないでしょうか。
私が家業に戻った時、新政酒造の業績は最悪でした。でも、あれほどハッピーだったことはありません。もし業績が良かったら「机の前に座って何もするな」と言われたでしょうから。利益が上がらなければ苦しいかもしれませんが、人生における状況とは別です。逆にチャンスだと感じてほしい。行動がすべてだと思っています。
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