老舗酒蔵6代目が生産量を10倍に 而今を生んだ品質管理と流通戦略
三重県名張市の木屋正(きやしょう)酒造6代目・大西唯克さん(45)は、日本酒ファンに人気の高い名酒「而今」(じこん)を自ら生み出しました。旧態依然とした酒造りに疑問を感じ、データに基づく製造や設備投資で生産量を10倍にしつつ、品質維持にこだわった流通戦略でブランドを守っています。
三重県名張市の木屋正(きやしょう)酒造6代目・大西唯克さん(45)は、日本酒ファンに人気の高い名酒「而今」(じこん)を自ら生み出しました。旧態依然とした酒造りに疑問を感じ、データに基づく製造や設備投資で生産量を10倍にしつつ、品質維持にこだわった流通戦略でブランドを守っています。
――子供のころは家業や後継ぎという立場に、どんな思いを抱いていましたか。
物心ついたときから、酒蔵の息子ということに誇りをもっていました。小学校でも「酒屋の息子」みたいな呼ばれ方もしましたし、選択肢の一つとして心の中にはありました。
――大学卒業後、実家には戻らず、乳業会社に就職しました。
大学生のときに「酒造り」が天職とは、なかなか決められませんよね。学生時代は日本酒にこだわりもなく、ビールばかり飲んでいましたし、家業の状況も知りませんでした。 家業を継ぐか別の道を歩むか、気持ちは半々でしたが、家業につながるアルコールや発酵に関わる仕事に就いて勉強したいと思いました。
乳業会社には4年間勤めました。仕事内容も乳製品の殺菌、瓶詰め、機械の扱いや掃除など酒造りに共通する部分が多かったです。生産管理のノウハウ、衛生管理、品質向上への意識も、大手ならではの厳しい基準がありました。ここで学んだ仕事への姿勢は、今に生きています。
――家業を継ぐと決めたきっかけは何だったのでしょうか。
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そこが難しくて・・・。決定打のようなものはありませんが、強いていうならやりがいですかね。大企業の生産部ではできることは限られています。自分で全部責任を持ってモノづくりを手掛けてみたい。それが家業ならできると思ったんです。
――2002年、会社を辞めて実家に戻り、広島県の酒類総合研究所を経て、2年間は前杜氏の元で蔵人として酒造りを手がけました。
戻ったときは父親が社長で、同じ杜氏(製造責任者)が45年間、創業以来の銘柄「高砂」を造っていました。今のような吟醸造りではなく、造れば売れる時代のいわゆる普通酒が主軸でした。
半年ほど酒類総合研究所で学んだことが、うちの蔵では全然出来ていませんでした。洗米も、米の吸水時間をストップウォッチで測るのではなく、杜氏の感覚で決め、温度管理も適当でした。火入れのタイミングも、作業の手が空いたときにしていました。
広島時代、地酒専門店で流通しているお酒を飲み、あまりの美味しさに感動しました。自分の蔵の酒と明らかに違う。製造技術、品質管理の差を痛感し、このままじゃダメだと思いました。お客様の目線にたったモノづくりができておらず、売り上げも右肩下がりで、課題は山積みでした。
――酒蔵では杜氏を季節雇用し、製造を任せるやり方が主流でしたが、後継者不足や酒造りの変化で、蔵元(経営者)自らが杜氏を務める「蔵元杜氏」が広まっています。大西さんも2004年、木屋正酒造初の蔵元杜氏に就任しました。
前の杜氏の元で酒造りをして、課題がはっきり見えていたので「自分がやるしかない」と思いました。父や杜氏にも今までやってきた誇りがありますから、ぶつかりましたよ。でも経済的に杜氏を雇う費用が出せるか微妙でしたし、強い意志を持って説得しました。
急に帰ってきた息子が大改革を行えるのは、ファミリービジネスの良さですね。最後は父も「あんたの好きにやり」と言ってくれ、杜氏さんに「来年はうちの息子が造るから」と伝えてくれました。僕よりも父の方が辛かったんじゃないかな。ファミリービジネスは後継ぎよりも、退く立場の方が大変だと思います。託してくれて本当に感謝しています。
――杜氏就任後の2005年に新銘柄の「而今」を造りました。新しいブランドに挑んだのは、なぜだったのでしょうか。
創業以来の銘柄である「高砂」のファンもいます。アイテム数は絞って、昔から付き合いのある酒屋さんに取引も続けて頂いています。
だから、僕が杜氏として手掛けたお酒は新ブランドとして出したかったのです。「而今」には「過去にも未来にもとらわれず、今をただ精いっぱい生きる」という意味があります。酒質の設計はもちろん、販売方法に至るまで、今の時代にあった方法を試してみたかった。
杜氏就任後、先祖から受け継いできた伝統的な技法や文化は大切にしつつ、最新のテクノロジーや科学的根拠などで改善できる点は積極的に取り入れました。
具体的には、麹室の温度管理をデジタル化しました。昔は温度計で何度も見に行って記録しましたが、自動的にスマホで温度を確認できるようにしました。もちろん、気温や湿度などは毎日変わります。状況によって、さまざまな判断や調整をするのは人です。
吟醸造りでは、もろみの温度管理を徹底し、低温でじっくりと発酵させることで、旨味がのったジューシーなお酒に仕上げます。生酒はマイナス5度、火入れはマイナス3度〜3度くらいで熟成を進めています。酒母室、お酒をしぼる機械、瓶貯蔵庫も外気による温度変化の影響を受けないよう、順次冷蔵庫化していきました。
――「而今」は初年度から全国新酒鑑評会でも評価され、瞬く間に人気が沸騰しました。
しっかりとした衛生管理、品質管理、品質優先の酒造りをハード面、ソフト面の両方から突き詰めて出来たのが「而今」です。
品質向上や生産量を増やすために、麹室の改修、冷蔵庫の増設、サーマルタンクの導入など、多少無理をしてでも毎年設備投資してきました。造り始めた当初は生産量も少なく、販売先が限られてしまいましたが、年々生産量を増やすことができ、この15年間で約10倍になりました。
経営者としてというより、杜氏として「お客様に飲んで欲しいと思える酒造り」に注力しただけです。その思いは15年経った今も変わっていません。数字は結果としてついてきました。
――「而今」の販売は、地酒専門の特約店に限定しているのが特徴です。それはなぜでしょうか。
販売は全国38店舗の特約店(2020年9月現在)に限定しています。「餅は餅屋」と言うように、酒蔵は製造、酒販店は販売、飲食店は提供のプロです。それぞれのプロにお任せするのがいいと思いました。
丁寧に造ったお酒でも、出荷後の保管状態や温度管理が悪いと味が変質します。お客様の口に届くまでに、しっかりと品質管理をして、造り手の想いを届けてくれる人は限られています。
だから、出荷はお酒の知識が豊富で取り扱いを熟知している地酒専門店に限定しています。特約店の基準は地域ではなく、人で選んでいるので、結果として特約店のない地域があり、ご意見をいただくこともあります。
酒造りに集中したいという思いで、代替わりしてからは蔵での直売は一切していませんし、一般の方の蔵見学も受け付けていません。あくまでも蔵は製造現場です。この点は、誰に何を言われても貫いているこだわりのひとつです。
――「而今」がそれだけ生産量を伸ばし、全国区のブランドになれた秘訣は何でしょうか?
酒販店や飲食店の皆様の力が大きいと思っています。「而今」に期待してある程度の量を確実に引き受けてくださるわけですから、品質は落とせないし、必要数を出荷できるように努力します。
原料の酒米も契約農家に出向き、生産者さんとコミュニケーションをとって良いお米を毎年確保しています。一方的ではなく、お互いの信頼関係を大事にしてきたことが、今につながっていると思います。
「而今」を信じて待ってくれている人、大切に飲んでくれる人の顔を思い浮かべながら、毎年、酒造りをしています。「蔵は生き様」だと思ってます。年々進化していますよ。今年の造りは木桶仕込みに挑戦したいので、木桶を購入します。古き良き日本の文化を残したいし、杜氏として常に挑戦し続けていたいです。
――杜氏になって16年、創業は202年となりました。今の課題や取り組みについて教えてください。
最初の5年間は、品質向上や設備投資に必死でした。人材育成や雇用がうまく出来てなかったのが反省点で、実際、辞めていく人も多かったです。僕も年齢を重ね、「良いお酒を造るにはいいチームが必要だ」ということが分かりました。
以前は何でも自分でしないと気が済みませんでしたが、ある程度任せられるようになってきました。現在、正社員とパートを含め従業員は10人です。お客様、酒販店さんの声や顔を従業員にも共有し、「この人たちのためにお酒を造る」ということを伝えていきます。
まだまだ日本酒を飲む層は少ないのが実情です。裾野を広げ、伝統産業としての価値をあげることが必要になります。僕は写真が好きなので、日本酒に興味を持ってもらうきっかけとして、酒造りの様子を写真や映像に撮って、酒造りの美しさを発信しています。ウルトラCなんてないので、コツコツと積み重ねて、仲間を増やしていく。これしかないですね。
――次世代の「後継ぎ」へのメッセージをお願いします。
今は地方の魅力や良さを、世界に発信できる時代です。ローカルをグローバルに発信していけば、どんな企業にもチャンスはあります。日本の歴史文化、気候風土、伝統は世界にアピールできる強みです。僕は日本酒を通してそれを実践していきたいです。
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