社長室のノックが怖かった・・・家業を不祥事から再生した3代目の業務改善
富山市にある前田薬品工業社長の前田大介さん(40)が家業を継いだきっかけは、データ改ざんという不祥事でした。赤字転落や社員が離れる危機に見舞われながらも、製品を絞り込んだり、社員とのコミュニケーションを密にしたりして、業績をV字回復させました。
富山市にある前田薬品工業社長の前田大介さん(40)が家業を継いだきっかけは、データ改ざんという不祥事でした。赤字転落や社員が離れる危機に見舞われながらも、製品を絞り込んだり、社員とのコミュニケーションを密にしたりして、業績をV字回復させました。
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「つぶれそうな会社を継いだため、誰からも祝福されないスタートでした」。2014年、34歳で社長に就任した前田さんは、若き経営者なら誰もが抱く高揚感とはほど遠い心境でした。2013年に起きた不祥事という重荷を背負った中での船出でした。
前田薬品工業は1958年に創業し、医薬品・医薬部外品の製造販売を手がけてきました。しかし、2013年に富山工場で、大手医薬品メーカーから受託製造した薬の試験データを改ざんするという事態が発覚しました。当時専務だった前田さんは「起こるべくして起きた事件でした」と悔やみます。
過剰な受注や風通しの悪さが、引き金になったといいます。「適正な在庫管理や価格交渉ができていないのに受注は増えていたので、みんなが忙しかった。今より3倍ほどの取引先を抱え、製薬会社として最も大切な品質管理・品質保証より、納期が優先される体制でした。役職や部署の垣根を超えて、おかしなことを物申せる雰囲気がありませんでした」
社内で発覚してから、リコールの対応、ほかの品目にデータの改ざんがないかの調査を毎日深夜まで半年間かけて行いました。2014年5月には、工場に10日間の操業停止という行政処分が下されました。
前田さんは創業者の前田實氏につながる家系に生まれ、父の圭一さんが2代目社長になりました。前田さんも29歳で会計事務所から転身して、前田薬品工業に入社しました。「創業者のオーラが印象的で、後を継いだ父の苦労を見てきたことや、地元の富山が好きだったことなどが決め手になりました」
後を継ぐことは頭にあっても、急きょ社長に就任したのは、会社再建のために社外から人事刷新を迫られ、先代社長の父・圭一さんが引責辞任したためでした。
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家業を存続させるため、説明とお詫びの毎日で、金融機関や顧客の全国の大手製薬会社を回りました。今でも忘れられないのは、当時のメインバンクを訪れたときのことだったといいます。
「応接室で担当者に無言のままふーっとたばこの煙を噴きかけられました。その時の相手の表情、においは今も忘れられません。 その後、メインバンクは変わりましたが、こんな経験があるから、今はちょっとやそっとのことでは動じなくなったと思います」
社長就任から3年間で、多くの社員が会社を去っていきました。社長室に毎日のように社員の退職届が提出されます。「また退職届が出されるのかと思い、コンコンというノックの音が怖くて怖くてたまりませんでした。一度に5通出された時もありましたし、自分が入社したばかりのときに、製造現場で一緒に汗を流し、会社の未来について語り合ったような人まで辞めていきましたから、本当に堪えました」
就任直後の2015年(9月決算)は、1.1億円の経常赤字に追い込まれました。会社の構造改革は避けられませんでした。
前田さんがまず手を付けたのは、不採算品目の整理と生産性アップでした。それまで扱っていた薬を、180品目から54品目にまで減らしました。当時5億円の売り上げをもたらしていた飲み薬などの内用剤の製造をやめ、軟膏や貼り薬などの外用剤に特化したのです。
「10兆円規模といわれる国内の医薬品マーケットの中で、内用剤は一番パイが大きい部門ですが、うちはあまり得意ではありませんでした。一方、外用剤は目薬を除けば4%ほどのスーパーニッチの部門です。敵が少ないところで圧倒的に強くなるという戦略をたて、人や設備、金、時間のすべてをつぎ込みました」
同時に、不祥事の原因にもなった縦割り意識や風通しの悪さの解消にも取り組みました。
実践したのが全社員約150人との1対1の面談です。また、前田さん宛てに手紙を書いてもらい、ストレスチェックのような仕組みも導入しました。
「仲間と協力する」「常に成長を心掛ける」「ハラスメントを許さない」「プロフェッショナルとして責任をもって仕事に取り組む」「法令を遵守する」という5項目の「人事ポリシー」 を作り、全社員で共有しました。
前田さんは言います。「コミュニケーションを取ることで、自分は会社にとって大切な存在で、主役なのだということを、社員一人ひとりが理解できます。やりがいを感じ、それぞれの仕事で経営に参加しているという意識が生まれ、生産性も上がります。自分の部署で抱える問題を気軽に報告してもらう機会ともなり、会社にとって大きなリスクが回避できると考えています」
商品群を絞り込み、社員とのコミュニケーションを密にしたのが奏功し、2015年は24億円だった売上高も、2019年は過去最高の34億円まで伸びました。経常利益も2016年には黒字転換し、2019年も6800万円の黒字となりました。
V字回復をリードした前田さんは、新たなチャレンジも続けています。2017年からは地元産のラベンダーやヒノキを活用したアロマ製品(ブランド名Taroma)を売り出しました。2020年3月には関連会社「GEN風景」の事業として、立山連峰を臨む富山県立山町の田園地帯に、美容と健康をテーマにした施設「へルジアン・ウッド」をオープンしました。
健康や美容にこだわった施設も、家業を不祥事から立て直そうと奮闘した経験が糧になりました。「社長に就任し、対応に追われていたある日、心労がたたって1週間ほど寝込んでしまいました。その時、知人に連れて行ってもらったアロマサロンで、アロマの香りに体も心もふっと軽くなったのを感じました」
アロマの知識はゼロでしたが、調べると、アロマやハーブは薬の原点といえると知り、製薬会社が手掛けるべきと考えました。新国立競技場を手がけた建築家の隈研吾氏が設計したへルジアン・ウッドは約7ヘクタールを誇り、現在はアロマオイルを抽出するアロマ工房、ハーブ園、レストランが稼働しています。
アロマオイルを使ったトリートメントを受けられるスパや宿泊施設も増設する計画もあり、前田さんは「感性豊かな人や新しい価値観を持った人が集うプラットフォームを目指します」と話します。
突然の継承から6年。経営者として脂がのっている前田さんですが、社員には承継直後から「45~50歳の間で社長を辞める」と言っています。「僕は今バトンを握りながら走っていますが、トップスピードのうちに、自分と同じように最高速度で走っている次のランナーにバトンを託したいと思っています。五輪のリレー競技のように経営を引き継ぎたい。それには後継者に若さと体力が必要です」
後継者は親族以外ということも決めています。実は入社するとき、前田家での事業承継は自身で最後にするという約束を父と交わしていました。「会計事務所に勤めていたとき、事業承継にからむ親族同士のもめごとがたくさんありました。親族の人間関係で、会社自体もダメになっていくのを避けたいのです」
前田さんは「安心・安定した生活の源泉(給料・賞与)を支払う」「社員一人ひとりの自己実現(自己成長)を支援する」などというミッションを打ち立て、ホームページでも公開しています。いずれ経営の中核を担う現社員に大きな期待を寄せています。
「不祥事の後も会社に残った社員が、今の前田薬品工業を作ってくれました。特に管理職になった14人はいま40代で、会社のフィロソフィーを実践し、数字にも強い。僕が14人いるようなものです。これから社長になろうという人には、社員を大事にして、頑張りを引き出す工夫をすることが大切だと思っています」
マイナスからの事業承継が、前田さんにとって大きな飛躍につながりました。同年代の後継ぎたちへのアドバイスを求めると、こう話しました。「経営者は自社だけでなく、広く世の中の課題を見つけることが求められます。競争相手でもある同業者とガラス張りのコミュニケーションをとることが必要ではないでしょうか。僕も地元の製薬会社の社長と夜な夜な酒を飲んでは業界や地元の未来について語り合っています」
前田さんは社長を辞めた後のセカンドキャリアも見据えています。「海外で日本酒とおでんを出す店を経営したいです。自分の経歴をいかして、経営者の愚痴を聞くマスターになりたいと思っています。 社員は半分あきれていますが、僕は新入社員に必ずこの話をしていますし、全国各地のおでんのだしなどを勉強しているんですよ」
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