頭ごなしの指導で大量離職 反省した塗装会社4代目の「働きがい改革」
「粉体塗装」という技術が強みの塗装会社・筒井工業(愛知県半田市)は、社員の定着率の低さが悩みでした。プロパー社員出身の4代目は、自身のマインドを変え、社員の育成を見直す「働きがい改革」で離職率が大幅に低下。ノウハウをパッケージ化し、他社へのコンサルティングも始めました。
「粉体塗装」という技術が強みの塗装会社・筒井工業(愛知県半田市)は、社員の定着率の低さが悩みでした。プロパー社員出身の4代目は、自身のマインドを変え、社員の育成を見直す「働きがい改革」で離職率が大幅に低下。ノウハウをパッケージ化し、他社へのコンサルティングも始めました。
目次
筒井工業は1963年、初代の筒井万司さんが溶剤塗装業として創業し、今は正社員50人を抱えます。創業当時、職人の腕と人数で優劣が決まる時代に出会ったのが、粉体塗装です。粉末状の塗料を静電気で製品に付着させ、高温で焼き付ける技術で、一般的な塗装に比べ、環境に優しく、耐久性に優れているといいます。
同社は、粉体塗装を建材や自動車部品に用いています。製品の多くが屋外で使われ、塗装が数年ではがれては、意味がありません。同社は技術部を設け、引き合いや量産前の段階で、出荷後のリスクを検証し、対策や管理を徹底しています。下請けではなくメーカーとしてあるべき姿を貫く姿勢は、道路資材や自動車部品などのメーカーに評価され、無借金経営を続けています。
同社は、創業者と縁があった経営コンサルタントが2代目、銀行から転職した経理担当が3代目の社長を務め、2017年に現社長の前島靖浩さん(48)が4代目となりました。新卒入社のプロパー社員では、初の経営トップでした。
前島さんはその4年前、創業者に呼ばれて4代目を打診され、「社名も経営理念も変えてもいいぞ。筒井工業を未来永劫続く会社にしてくれ」と言われました。前島さんは「会社に必要なのは人財。未来永劫続くための基礎をつくることが、私のミッション」と腹をくくりました。
4年間専務を務めて社長になった前島さん。「社員みんなでおみこしを担ぎ、わっしょいわっしょい、お祭りのように仕事を楽しんでいる。自分はそれを端で眺めてニコニコしている」という理想の社風を、脳裏に描きました。
ところが、現実はその理想からかけ離れた厳しいものでした。
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就任当時の正社員は37人。人材の余力は全くなく、残業が一部の人に偏り、有給休暇もなかなか取れる状況ではありませんでした。ハローワークで募集し、中途で20人採用しても、うち19人が1カ月以内に辞めるような有り様でした。
それは、社内に若手を育てる文化がなかったからです。仕事が忙しかったこともあり、ベテラン社員が若手に「そんなことしたらダメに決まっているだろう!」と頭ごなしに叱ることもありました。
若手社員は「この会社は、自分たちの面倒を見てくれない」と感じ、離れていったのです。
ベテランたちが厳しく接した原因は、社長の前島さんにありました。当時の前島さんは「上が優しくすると、社員の気がゆるんで効率が落ちる。厳しく接しないとだめ」と思っていました。
社員を信用できず、パワフルなリーダーシップこそが経営と考えていました。この姿勢が社風となり、ベテラン社員の態度に影響を与えたのです。
しかし、前島さんがそれに気づいたのは、ずっと後のこと。当時は自分が原因とも考えていませんでした。
若手が定着せず、現場はどんどん疲弊しました。「働き方改革」も迫られ、早急な対処が必要でした。
当時は、社員が複数の業務をこなせる多能工化が進まないことも課題で、一部のラインに残業が大きく偏る傾向がありました。
前島さんはまず多能工化を図り、交代で残業ができるようにしたいと考えました。教育に時間を割くことが必要でしたが、人的余力は全くありませんでした。
前島さんは離職を止めようと、手始めに愛知県が主催した若手社員定着支援セミナーを受講。メンターや日報、評価制度など、様々な仕組みを学びました。
学んだ施策は、中小企業には実現が難しいものばかりに見えました。だからこそ前島さんは、10年間頑張ったら「人財」で競合他社に圧倒的な差をつけられると、やる気に燃えました。
しかし、どれだけいい仕組みを導入しても、現場がその気にならず、上から言われている感覚では、成果が得られないことは容易に想像できました。
多能工化の推進による「働き方改革」には、経営者の情熱だけでなく、経営幹部、管理職、社員個々のエネルギーや意思疎通、一体感から生まれる「働きがい改革」が不可欠だと気づいたのです。
「働き方改革は大切です。しかし、『時短』が人のやる気に火をつけるのか、という点では懐疑的でした。それよりも、先に皆の『働きがい』を高め、やる気を引き出す。やる気が高まれば生産性は向上し、結果的に時短が進む。時短ではなく、働きがいが先。そうすれば、好循環が得られると考えたのです」
では、どうすれば「働きがい改革」を実現できるのでしょうか。
先輩の若手社員が新人の面倒を見るメンター制度が有効と習った前島さんは、カギはメンターのやる気と考え、若手と現場リーダーに頭を下げました。
「新人の育成以外に、働き方を変える方法はない。どうか助けてほしい。私に力を貸してほしい」
社員たちは意気に感じ、素直に受け入れてくれました。
メンターと新人との面談は1カ月に1~2回。前島さんはメンターに「(新人との)信頼関係をつくってくれれば君たちの勝利」と伝え、「世間話で面談を終えてもいい」、「万が一新人が辞めてしまっても、メンターに全く責任はない」とも強調しました。
「問題や課題があっても、無理に解決に導こうとしなくていい。そこまで求めると、メンターの方が病んでしまうリスクがあります。若い子同士だと、面談がゲームの話だけで終わることもよくありました。はじめは勇気がいりました」
次に、社外講師を呼び、若者に伝わる教え方やサポートの仕方をみんなで学びました。
すると、社員が主体的に行動を始めました。新人の育成・定着という重要な役割を担うことが、やりがいになったのです。前島さんは社員を信じ、任せることが、改革の本質だと確信しました。
メンター制度などが奏功し、新人の離職が止まるどころか、短期間でたくましく成長しました。余力が生まれ、多能工化を進めるための教育時間も確保できるようになりました。
前島さんは本格的な「働きがい改革」に取り組みます。具体的には、以下の3本柱です。
「社員に相談したところで大した意見は出ない」。前島さん、こういう考えが間違いと気づきました。
挑戦しやすい雰囲気をつくるため、「失敗してもナイストライ、そこから何を学んだ?」を、社内の合言葉としました。「何を言っても拒絶されることがない」という社員の心理的安全性を引き出すため、自らコーチングを学び、管理者も実践できるようにサポートしました。
社内の改善プロジェクトのリーダーに、若手を起用。最初は「社内コミュニケーション」、「デジタル化」、「新人育成制度」、「5S」から始めました。
成果ばかりを求めれば、経営層が口を出したくなりますが、それでは成長の芽を摘んでしまいます。成長を促すため、メンバーの選定、プロジェクトの進め方は社員に任せました。
プロジェクトは、チームディスカッション、ファシリテーション、リーダーシップを学び、横の連携で価値観を共有する場です。互いを尊重し、仕事を自分ごとにする雰囲気ができました。
4年経った今は、広報や人材開発など、18のプロジェクトが同時に動いています。
「会社は人財が成長するための器」という方針を定め、成長の機会を用意しました。
例えば、「来客時の工場案内を若手に任せる」、「業界向けの工場見学会を誘致して若手が仕切る」、「顧客訪問やクレーム対処に若手を同行させる」などの機会を提供。社員のスキル評価表をつくり、成長の「見える化」や昇給との連動に取り組みました。
「働きがい改革」の結果、前島さんの社長就任前と比べ、以下の変化をもたらしました。
「社員が仕事に前向きになり、ミーティングから自主的に考えているのでアクションが確実に実行され、結果につながるようになりました」
顧客の難しい要請への対応力が高まることで、技術力や納期対応力も向上し、力の源泉になりました。
上司の指示命令を仰がなくても、作業が詰まっているラインへの応援が行われています。互いに助け合うことで、残業の偏りを最小限にして、おのずと多能工化が進みました。
何より変わったのは、前島さんの経営者としての姿勢でした。
苦しい時は頭を下げて社員の力を借りる。社員の意見を採用し、信じて任せて成果を評価する。社員のやる気を引き出す「働きがい改革」で生産性が高まり、「働き方改革」も実現したのです。
企業が新規事業に進出する時は、固有の技術を生かして新商品を開発し、新市場を開拓するのが常套手段です。メーカーの場合、固有の技術は加工や組み立てであることがほとんどです。
ところが近年、社内改革に成功した製造業が、そのノウハウをパッケージ化し、同じ課題を抱える企業に、コンサルティングサービスとして提供するケースが増えています。
筒井工業でも「働きがい改革」が評判となり、他社から「ぜひ指導してほしい」と頼まれるようになりました。筒井工業の社員が、前と比べて、楽しそうに主体的に働く姿を見て、影響を受けたといいます。
前島さんは21年、同社の「働きがい改革」をパッケージ化したコンサルティングサービス「T-CX」(ツツイ式・カルチャー・トランスフォーメーション)を始めました。現在の依頼主は、主に仕入れ先の企業です。
「T-CX」は、同社で実績をあげた制度や仕組みの導入がメインではありません。クライアント企業の制度や仕組みを有効に機能させるため、社員が主体的に「考動」する風土(カルチャー)への変容を促します。
かつて、前島さんが社長として社員に厳しく当たっていたとき、人材は定着せず、社員は強いやらされ感を覚えてしらけていました。その経験から、社員の主体性を育むには、経営者と管理者、そして社員との信頼関係を取り戻すことが必要だと考えているのです。
「T-CX」では、初めに同社の見学会を開催し、クライアントに「経営者と管理者、社員がどのような関係になるのが理想か」というイメージを持ってもらいます。
次に経営者と管理者に「社員と信頼関係を構築し、自主的な『考動』を促すコミュニケーション」について座学を受けてもらいます。その後、そのコミュニケーションが現場で当たり前にできるようになるまで、寄り添ってコーチします。
例えば、「会議で意見が出ない」と悩む経営者には、クライアントの会議でファシリテーションのデモを見せます。経営者や管理者に基礎コミュニケーションセミナーを受講してもらい、基礎スキルだけで会議が活性化することを伝えます。経営者を励まし、フィードバックやコーチングで改善策を一緒に考えます。
社員との面談で「何を話したらいいかわからない」という経営者や管理者もいます。面談を代行し、隣で見てもらいながら、うまくできるようになるまでコーチングします。
すると、その会社にふさわしい仕組みや制度は、スムーズに運用されます。経営者・管理者と社員が同じ方向を向き、自分ごととして考えるからです。変革の苦しみを経験した筒井工業ならではのサービスが、支持されています。
「社員みんなでおみこしを担ぎ、わっしょいわっしょいと、お祭りのように仕事を楽しむんでいる。自分はそれを端で眺めてニコニコしている」
前島さんが4代目として描いた理想の経営は、実現しました。
次は、同じように「わっしょい、わっしょい」したいけど、経営者と管理者、社員間の信頼関係が希薄な企業を支え、地域全体をもり立てる。その挑戦は、始まったばかりです。
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