「ひょっこりはん」も頼るアパレル会社の第二創業 経営陣に必要な支援とは
秋田県湯沢市でアパレル向けのプリントを手がける「ぬまくら」。メーカーの下請け工場でしたが、長年培った技術を活かしてエンドユーザー向けの新規事業を進めています。担当するのは、事業承継途上にある創業3代目の若い兄弟です。若い経営陣には新商品開発だけでなく、連携先の選定や法律サポートなど幅広い支援が欠かせません。伴走してきた経営相談窓口の湯沢市ビジネス支援センター(ゆざわ-Biz)からこうした事例を紹介します。
秋田県湯沢市でアパレル向けのプリントを手がける「ぬまくら」。メーカーの下請け工場でしたが、長年培った技術を活かしてエンドユーザー向けの新規事業を進めています。担当するのは、事業承継途上にある創業3代目の若い兄弟です。若い経営陣には新商品開発だけでなく、連携先の選定や法律サポートなど幅広い支援が欠かせません。伴走してきた経営相談窓口の湯沢市ビジネス支援センター(ゆざわ-Biz)からこうした事例を紹介します。
有限会社「ぬまくら」は、創業約40年。創業2代目の沼倉克彦社長(64)が新規事業として、秋田県内では当時珍しかった衣服へのプリントを始めたのが、アパレル業界参入へのきっかけでした。
1990年代以降、首都圏のメーカーの仕事を受注しながら事業を拡大していきました。デザインごとに製版を作成して衣類の表面に着色する「シルクスクリーン印刷」という手法でプリントをしており、熟練した職人の手で行う技術は、膨らんで見えるような立体的なプリント技術など、質の高い仕事で業界からは評判です。
父親の代で育て上げた経営基盤と高い技術力をもとに、創業3代目の沼倉佑亮専務(29)と彬人常務(27)兄弟が挑むのは、それまでの「下請け」からの脱却です。
顧客企業からの発注に基づいた「生産」という主力事業に、デザインと企画という新たな要素を加えて企画から製造、販売までを一貫して行うことができ、よりエンドユーザーに近づく事業モデルへと転換を図りました。
沼倉兄弟が推し進める「ICHINOSAI」と名付けられた新しいコンシューマー向けの事業は、企業向けのチームウェアの開発や、お笑い芸人の独自商品企画など、生産工場として技術をはぐくんできた同社にとって「第二創業」と位置づけられています。
事業承継と新規事業の開拓を両輪で進めるぬまくらに対し、ゆざわ-Bizが支援してきた一つが、新商品の開発です。
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経営相談の中の雑談から、「Withコロナ」時代の新商品が生まれたのは、新型コロナウイルスまん延による1回目の緊急事態宣言が発令された2020年4月でした。相談の中で沼倉専務が発した「ちょっと変わったお客さんがいたんです」という言葉をヒントに生まれたのが、「遠隔会議用背景幕」です。
当時はまだ新型コロナウイルス流行の初期段階で、テレワークの普及が急速に進み、「遠隔会議」という単語も出始めたころ。そのような状況のなか、小さな「垂れ幕」を注文した「ちょっと変わったお客さん」がいたという話に筆者が興味を持ち、話を掘り下げていくと、布地に事業の屋号を印刷したいとの注文が来たといい、何に使うかいうと「ビデオ会議で使うらしい」との話でした。
筆者自身、海外で働いていた際に日本企業と頻繁に遠隔会議をした経験があり、時差で自宅から繋ぐことも多く、その時に困ったのが自身の「背景」でした。
相手側の画面に映し出されるプライベートな自宅の様子は気になるものの、背景でデジタル処理をすると当時は少し粗末で、オフィシャルな会議ではあまり使いたくなかった記憶がありました。
そんな経験から、遠隔会議用に自宅の様子を目隠しできるうえ、企業PRにもなるオーダーメイドの小型バックパネルの商品化を提案したました。
参考にしたのは、企業や役所が記者会見でよく使うロゴ入りの背景幕です。これをパソコンのカメラの視野角に合わせて小型化し、自宅用で使えるように折り畳み式にしました。当時はまだ、「コロナ初期」。在宅ワークが進む中、こうしたニッチな“お助け”商品は市場にまだなく、商品化した瞬間早速問い合わせが相次ぎ、個人だけでなく、テレワークをする社員向けに法人や団体からの受注も入りました。
ゆざわ-Bizの支援は、新商品の開発だけではありません。ぬまくらで新規事業の主力として位置付けているのは、商品企画者に代わって、インターネット上で消費者から注文を取り、オーダーが入ってから制作をはじめるという完全受注型のサービスです。
アパレル業界ではこうしたビジネスモデルに「生産工場」が取り組むケースはあまりなく、このビジネスモデルを作り上げるための支援も行っています。
近年では、自分たちのブランディングのために、オリジナルブランドや商品を企画するお笑い芸人やYouTuberも多くいます。しかし、個人がこうした企画商品を出そうとすると、依頼先の工場から「最低発注数量」が指定され、場合によっては初めから大量の在庫を抱えなければならないという問題点がありました。
ぬまくらのECサイトは商品企画者と消費者の間に立ち、ぬまくらが消費者のECサイトからの発注をもとに生産を行います。
オーダーに応じて、在庫として持っているほかの商品にも転用可能な無地のシャツに、一品一品プリント加工をして商品を生産するため、顧客もぬまくらも商品そのものの在庫はあらかじめ持ちません。
そのため、顧客にとっては初期ロットを抱える必要もなく、在庫ロスもありません。商品が売れなかった場合、プリントの製版作成費用のリスクは同社が持つことになりますが、顧客との綿密な打ち合わせによる企画力により、商品はこれまで順調な販売を続けています。
そのため、ぬまくらのサービスは、地元のプロスポーツをはじめ、お笑い芸人の「ひょっこりはん」も利用する人気のサービスへと成長しています。
しかし、このサービスが拡大するにつれて、特定の企業を対象にした生産工場としての機能が主だったぬまくらが、これまで対応してこなかった分野にも対応せざるを得ない状況になりました。その一つが「物流業務」です。
下請けの時代は、特定の工場や業者に対しての一括配送だったものの、今回のサービスでは注文をしてくる消費者一人一人に配送する必要があります。人気インフルエンサーのTシャツなどのグッズを企画した際は合計3万枚以上のオーダーが入り、商品の梱包やタグ付け、個別配送などに慣れていないぬまくらの人材では、商品管理と物流業務がすでに限界を超えた状態でした。
「トラブルが起こる前に、今のうちに物流問題を解決したい」という相談に対して、筆者が提案したのは、思い切って物流の専門業者に外注をするという手法でした。通常は物流コストが増えても、商品の値段に反映できないケースが多くあります。
しかし、ぬまくらが製造する商品は、製品企画者によるこの世で唯一のオリジナルな商品のため、事実上競争相手がおらず、追加でかかった倉庫管理・物流コストを商品に上乗せしても商品競争力を保つことができます。
物流を外注に出しても利益率が下がることはないため、煩雑な梱包・発送管理の経験がない同社で一から体制を整えるより、思い切ってその部分を専門の事業者に委託するという選択肢を提示しました。
今回、ぬまくらにつないだのは、東京都内の老舗物流会社「泰運商会」(東京都中央区)でした。泰運商会もまた事業承継の企業で、創業4代目の平野有吾社長(41)と沼倉専務も同じ境遇ということもあり、意気投合。
小回りの利く泰運商会のサービスに加え、平野社長が直接現地に赴いて、商品の個別梱包作業から、出入庫の管理まで、倉庫で行われる業務を標準化するシステムを丁寧に構築したことで、物流にかかる時間は圧倒的に少なくなり、商品企画に専念する環境が整いました。
法務面の課題も発生しました。今回の新規事業では、企画をするにあたって大手企業との知的財産がからむ契約が発生する可能性もあります。
ぬまくらでは、大手企業との契約に備える必要があり、法務面の強化が近々の課題でした。パートナーとして必要としていたのは「知財に明るく、ECサイトを使ったコンシューマービジネスにも理解があり、ビジネスセンスのある首都圏で活動する弁護士」という非常に高いハードルの人材でした。
ぬまくらの依頼に対しては、筆者が付き合いのある首都圏の地方金融機関に協力を依頼。弁護士として活動しながら、大手フリマアプリのマネジャーや投資会社の管理職を兼務している、若手弁護士にたどり着きました。沼倉専務によるビジネスモデルの説明を通じて熱意が伝わり、法務面での支援を行う予定で、同社の新規事業に、新たなに強力な味方が加わりました。
事業承継に伴う新規事業の拡大の際には、1社でできることは限られており、幅広い知識や経験、人脈が必要になります。ゆざわ-Bizは、時には新商品開発のお手伝いを、時には同社の進める新規事業へのアドバイスをしながら足りない「ピース」のつなぎ合わせをするなど「事業戦略室」のような動きをしながら、伴走支援をしています。
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