全役員の反対を退けて営業DX 包装会社2代目が若手の提案で事業拡大
包装資材販売などを手がけるトヨコン(愛知県豊川市)は、若手社員主導で、6年前から営業のデジタルトランスフォーメーション(DX)に着手し、飛び込み営業を、成約の可能性が高い顧客に直接アプローチするスタイルに変えました。当初は全役員が反対するなど、社内でも抵抗がありましたが、2代目社長は若手の声を信じ、顧客開拓を後押ししました。
包装資材販売などを手がけるトヨコン(愛知県豊川市)は、若手社員主導で、6年前から営業のデジタルトランスフォーメーション(DX)に着手し、飛び込み営業を、成約の可能性が高い顧客に直接アプローチするスタイルに変えました。当初は全役員が反対するなど、社内でも抵抗がありましたが、2代目社長は若手の声を信じ、顧客開拓を後押ししました。
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DXの推進が叫ばれて久しいですが、多くの企業はどのように自社の成長に活用すればいいのか手探りです。そんな中、トヨコンは2017年から営業DXに取り組み、年間10件程度だった新規の問い合わせが、20年以降は年間100件以上に増えています。今後3年間の中期ビジョンを「ステークホルダーとDXでつながる」と定め、本格的にDXを進める方針です。
同社は1963年に創業。当時は大手精密機械メーカーの工場で、製品の梱包作業を担う下請け業でした。梱包作業や包装資材の設計と調達、配送を手がけて成長し、各作業の機能を強化した子会社もつくりました。しかし、90年代後半、大口の顧客が海外に製造機能を移し、1社依存度の高かったトヨコンは、新たな顧客開拓を迫られたのです。
現社長の明石耕作さん(56)は03年、父で創業者の忠男さんの後を継ぎ、38歳で社長に就任。下請け体質の脱却を目指し、社内改革を進めました。06年から始めた新卒採用もその一つです。
創業50周年を迎えた14年、明石さんはグループ3社を統合。包装資材の設計から配送まで一気通貫で提案できる仕組みを整え、強みにしようと考えました。しかし、統合効果はなかなか出ません。
明石さんは翌15年、30歳前後の若手15人を集めてマーケティングの勉強会を始めました。「どんな事業でもいい。3社の強みを生かした新規ビジネスを経営会議で提案してほしい」と求め、一つのチームから提案されたのが、マーケティングオートメーション(MA)を活用した営業手法でした。
この提案に、明石さんはじめ役員はがっかりしたといいます。なぜなら、MAはマーケティング施策をデジタルで仕組み化した営業の業務改善のことで、新規ビジネスではないからです。しかし、明石さんは考えを改め、その決断が、同社を大きく変えることになります。2代目を心変わりさせたのは、何だったのでしょうか。
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提案したチームの「5人衆」は、本気でMAを活用したいと考えていました。当時のトヨコンの販売部門の営業方法は、飛び込みセールスが主流でしたが、決して相手に喜ばれる方法ではありません。顧客にとって忙しい時にいきなり飛び込んでくる同社のセールスマンは、邪魔者でしかなかったのです。
5人の理想は「お客様が会いたい時に会えるジャストミートの営業スタイル」でした。具体的には以下の流れになります。
このような出会いを可能にするのがMAになります。導入することで飛び込みよりもはるかに物理的、心理的ストレスのない営業ができるのです。
ただ、MA導入に必要な投資金額の見積もりは1千万円近く、提案を受けた役員会は驚きました。
導入にかかる費用には、名刺管理アプリのほか、月4回発信するメルマガの配信費用、コンテンツの執筆代も含まれていました。メルマガは質が低いと顧客に読んでもらえません。そのため、当初はプロに書いてもらう必要ありましたが、執筆代は思いのほか高価でした。
「かけたお金に見合うほど、客数が増えるのか」。役員会は騒然となりました。MAのサプライヤーから出された導入実績は、BtoCでの成功事例があるだけで、BtoBのトヨコンには参考になりません。
費用対効果が読めず、全役員が反対でした。しかし、提案した「若手5人衆」はMA導入を真剣に訴えてきます。その姿を見て、社長の明石さんはこう考えました。
「この件は自分がOKしない限り、何も進まない。いくら議論しても、本当にお客様が増えるかどうかはやってみないと永遠にわからない。それより情熱を持って一生懸命になっている5人を、このままにしておくのはもったいない」
仮に1千万円を投資して失敗したとしても、会社が潰れるような額ではありません。明石さんは「やらないよりは、やった方が面白い。今回はこの5人衆にちょっとだまされてみよう」と思い、MAの導入を決断しました。
しかし、それが社内に浸透するまでは、苦労の連続でした。
MAの基本戦術はメルマガを送り、顧客の開拓につなげることです。そのためには、名刺を集めて登録する必要があります。
そこで社内の仲間に、持っている名刺の情報を名刺管理ソフトに登録してもらうことを呼びかけましたが、なかなか動いてくれません。
「自分の顧客に会社から勝手なメールが飛ぶのは迷惑だ」、「顧客から『つまらないメールを送るな』とクレームが来たら困る」というのが理由でした。
そこで、営業部長が一計を案じます。名刺を登録した人が社内で評価される仕組みを作ったのです。
具体的には名刺に記載されている役職に応じ、登録した社員にポイントが加算されるというものです。
平社員の名刺は1ポイントですが、課長や部長など上層部に行くほどポイントが上がり、社長の名刺は50ポイントになります。そのポイントの数値を、評価項目に取り入れることにしました。
この結果、営業担当者たちは、同じ顧客の中でも購買部門だけでなく、開発や設計部門の責任者と積極的に関わる多接点営業を実施しました。その結果、名刺の登録が進み、MAの環境が整ったのです。
毎週発信し続けたメルマガの記事は、「とことんブログ」という専門のサイトに盛り込み、同社のホームページからも見ることができるようにしました。サイトの閲覧者は徐々に増えていきました。
それまでサイトを見るのは、トヨコンを知っている人だけでした。しかし、事業内容に関するキーワードをメルマガに入れることで、同社を知らない人もサイトを訪れてくれるようになりました。
例えば「包装資材 値上げ」というキーワードを検索エンジンに打ち込むと、トヨコンのサイトが上位に表示されます(21年12月現在)。
すると「出入りの営業マンから包装資材を値上げしたいと言われたが、理由を知りたい」と検索した人が、トヨコンのサイトをクリックしてくれます。そこから、具体的な問い合わせにつながることがありました。
ブログは最初の2年間は外部に執筆を依頼していましたが、徐々に顧客の知りたい情報や、伝え方のコツを社員が体得しました。3年目以降は内製化し、社員が企画、制作、発信しています。
現在では、年間100件以上の新規の問い合わせが入ってきます。そのうち7割が、トヨコンと縁のなかった新規顧客です。しかも、東京や関東方面が多く、中には上場企業も含みます。
コロナ禍で物流の担当者がこれまで以上にネットで情報収集するようになったことも、追い風になりました。
地元で飛び込み営業を繰り返しているだけでは、絶対にあり得ない出会いが生まれているのです。
問い合わせが増えれば、営業の成果もついてきます。車のエンジン部品メーカーからは、工場管理用のタブレット端末とそのカバーの納品を約1千万円で受注しました。
この顧客はそれまで包装資材であるポリ袋を買っていました。しかし、メルマガによる情報発信や、その後の営業担当との折衝で、顧客はトヨコンが単なる物流資材の問屋ではなく、省人化やコスト改善などを総合的に提供する企業と認識しました。
そのため、工場の生産性向上に資するタブレット端末や特注カバーにまで、ビジネスの幅が広がったのです。
MAの導入と実践で、トヨコンのイメージは包装資材屋から「物流ソリューションカンパニー」へと、確実に進化しています。
MAを用いた営業DXで成果が出たことで、社内では肯定的な評価に変わります。
明石さんは大手企業のシステム部門に勤務していた人材を中途採用し、社内にDX推進室を立ち上げました。そして、21年に策定した3カ年計画の柱の一つにDXを据えています。
同社のDXは営業だけにとどまりません。社内業務の革新や新しいビジネスの創造も方針の一つです。推進にあたる中心メンバーは、かつての「5人衆」のような若手によるプロジェクトチームです。
明石さん自身は「DXで何をやろうとしているかはわかるが、どこまで進んでいるのかはさっぱりわからない」と笑います。
社員に任せて未来を切り開いた自信が、経営トップのおおらかさとなり、社員に心理的安全性をもたらしているのです。
トヨコンの3カ年計画には、持続可能な開発目標(SDGs)への取り組みもあります。
SDGsが広まる前の18年、同社はある上場企業から、包装資材でプラスチックを全廃したいと強く要望されました。
そこで、持ち前の梱包設計力を生かし、従来は緩衝材として用いていたクッション材を、全て段ボールで代替した包装資材を開発したのです。
この包装資材は20年、日本パッケージングコンテストの工業包装部門賞を受賞し、技術力の高さを示すことができました。
すると、様々な企業が脱プラスチックの包装資材を求め、同社に問い合わせるようになりました。
従来、包装資材を供給していなかった素材メーカーからも「自社の素材が包装資材に使えるのではないか」という打診を受け、トヨコンはオリジナル商材の開発を進めています。
中には上場企業も多数あります。「とことんブログ」を見て、トヨコンのソリューション領域の広さや技術の確かさを感じ取った企業が、問い合わせてくるのです。同社のMAはこうした信頼形成の一助につながっています。
現在、同社は事業所のある愛知県のほか、同県豊橋市や神奈川県小田原市のSDGsパートナーに認定されています。内閣府の地方創生SDGs官民連携プラットフォームの会員でもあり、「包装資材でSDGsと言えばトヨコン」といわれるレベルを目指しています。
明石さんは自社の急成長についてこう話します。
「ずっと下請けだった我が社がDXを活用することで、今ではこちらから大手企業に、物流ソリューションや脱プラスチックに向けたオリジナル商材を提案できるようになりました」
トヨコンの新しい3カ年計画を担うのは、プロジェクトチームの社員たちです。「私の知らないところで一生懸命働いてくれ、かつての5人衆のように自ら会社を変えようとしてくれているのが、とてもうれしい。そんな社員を応援するのが、私の仕事です」
星野リゾートの星野佳路代表は「任せれば、人は楽しみ動き出す」と説いています。
DXやSDGsは、ベテラン社員の過去の経験が、必ずしも生きる分野ではありません。それを素直に認め、次代を担う人たちとともにビジョンを描き、実行は社員に任せて自分は応援団となる。
そんな明石さんに、今日の中小企業経営者のあるべき姿を見ました。
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