目次

  1. ダイナミックケイパビリティとは
    1. ダイナミックケイパビリティが求められる背景
    2. ダイナミックケイパビリティとオーディナリーケイパビリティ
  2. ダイナミックケイパビリティを構成する3つの要素
    1. 感知(Sensing)
    2. 捕捉(Seizing)
    3. 変容(Transforming)
  3. ダイナミックケイパビリティの基になる2つの理論
    1. 資源ベース論
    2. 競争戦略論
  4. ダイナミックケイパビリティが高い企業の事例
    1. ヨドバシカメラ・ヨドバシエクストリーム便の提供
    2. ユニクロ・エアリズムマスクの商品化
    3. セコム・バーチャル警備システムの共同開発
  5. ダイナミックケイパビリティを高める方法
    1. 経営者の自己研鑽と後継者育成
    2. 社外の出来事にアンテナを張る
    3. 社内関係者の意識変革と調整を図る
  6. ダイナミックケイパビリティを導入するうえで意識すべきこと
    1. 「正しいこと」を問う力
    2. デジタル技術を活用する力 DXを意識
    3. 持続可能な経営戦略をつくる力 SXを意識
  7. ダイナミックケイパビリティで企業の寿命は延びる

 ダイナミックケイパビリティとは、企業がさまざまな経営環境の変化に適応するために、社内外の資源を再活用したり再編成したりすることで自社の事業や組織を変革する能力です。

 いま私たちは次々と変化する不確実な社会に生きています。

 新型コロナウイルス感染症の世界的な流行は私たちの生命を脅かし、ライフスタイルや働き方も変化させました。また、地球環境問題の深刻化により、脱プラスチックや脱炭素化は企業の喫緊の課題になっています。そして、AIやメタバースといった急速な技術革新は、新たなビジネスチャンスと業界を超えた競争をもたらしています。

 このような変化の激しい社会において時代に合った「いまどき」の企業であり続けるために、ダイナミックケイパビリティを高めることが必要です。

 ダイナミックケイパビリティは、安定した経営環境において目的の定まった仕事を効率よく実行するオーディナリーケイパビリティとよく対比されます。オーディナリーケイパビリティは、ある製造工程の中で正確かつスピーディに作業を行う能力のように、「ものごとを正しく行う力」です。企業は品質改善活動などを通じてこの能力を高め、業務の効率性を向上させることができます。

 一方、ダイナミックケイパビリティは、社内外の資源を再活用・再編成する能力であり、「正しいことを行う力」です。この能力に優れた企業は、顧客ニーズの変化や技術革新によって生まれた新たな事業機会に合わせて自社の活動を変革できます。自動車メーカーを例にとると、顧客のガソリン車離れを察知し、ガソリン車から電気自動車に開発対象を変更し、生産ラインを再編するといった力を指します。ダイナミックケイパビリティが高い自動車メーカーは、市場の変化に素早く適応して電気自動車ビジネスに移行できます。

 一般には、大企業や伝統的な中小企業では、長年の経験と学習により、効率的な仕事のやり方が定型化されているため、オーディナリーケイパビリティが高いことが多いです。これに対して、ベンチャー企業やスタートアップは、社内の定型化された活動が少なく、事業機会を探りながら活動を柔軟に変えるため、ダイナミックケイパビリティが高い傾向があります。

 ダイナミックケイパビリティは、「感知」「捕捉」「変容」という3つの能力から構成されています。

 感知能力とは、経営環境の変化を敏感に察知し、自社にとっての新たな機会と脅威を特定し、正しく評価する能力です。自動車メーカーの例でいうと、自然環境保護に関する意識向上を素早く把握し、自社のガソリン車販売に迫る脅威の大きさや電気自動車ビジネスという新たな機会を認識し評価する能力を指します。

 感知能力を高めるには、R&D(研究開発)投資によって最先端技術を継続的に開発することや、ニーズ調査や社外の革新的技術を探索すること、そしてサプライヤーや協力企業などのイノベーションや事業の動向を把握することが有効です。

 捕捉能力は、感知した新たな技術や市場の機会を捉えるために、社内外の資源の結合や再活用を通じて新しい商品やサービスを事業化する能力です。例えば、社内の車体製造設備や関連技術を、社外の高性能電池や充電用施設に関わる技術と組み合わせて、電気自動車ビジネスを実行するといった能力のことです。

 捕捉能力を高めるには、既存の技術や関連資産を改良することや、適切な技術や設備に適切なタイミングで重点的に投資すること、新たなビジネスモデルを設計すること、そして自社で担う活動と外部企業に委託する活動を適切に区分することが求められます。

 変容能力は、社内外の資源の再編成を通じて持続的な競争力を維持する能力です。あるビジネスの成功は設備・人材・技術など関連資産を増加させ、組織内の活動を定型化しますが、これらは変化を妨げる要因にもなります。そこで、設備・人材・技術などを再編成する変容能力が必要になります。

 変容能力を発揮するためには、組織内の分権化を進めて意思決定者の現場への感度を高めることや、オープンイノベーションによって社外の知識や技術を取り入れること、従来の活動に囚われないように組織内のインセンティブを調整すること、資源同士の整合性を継続的に見直すこと、そして重要なノウハウや知的財産を保護することなどが必要です。

 次に、ダイナミックケイパビリティの基礎となる、資源ベース論と競争戦略論という2つの著名な戦略理論を紹介します。

 資源ベース論は、社内で構築・蓄積される設備、技術、ケイパビリティなどの資源が競争上の優位性を生み出すという戦略理論です。資源ベース論は企業内部の視点を強調します。例えば、SUBARUは航空機製造の経験を生かした水平対向エンジンの技術を強みとしており、この強みが高い安定性能を実現し、北米SUV市場での高い競争力を生み出しています。

 しかし、資源の強化と蓄積は組織内の視野を狭め、企業を硬直化させてしまう側面もあります。ダイナミックケイパビリティは、内部資源を重視しながらも経営環境の変化に合わせてそれらを再編成することを強調し、この企業能力が競争上の持続的な強みになるという考え方です。

 競争戦略論は、業界の競争状況がその競争上の優位性を決定するという企業外部の視点を強調する戦略理論です。例えば、ハンバーガー業界では、同業との競争が激しく、新規参入が比較的容易で、代替品も多いため、業界内で利益をあげることが困難です。この業界では素材にこだわり他社との差別化に成功してきた企業もありますが、近年は高品質かつ高価格帯のハンバーガー店も増え、こうした企業の優位性は揺らいでいます。

 競争戦略論では、このように時間の経過とともに他社の模倣や新規参入により企業の競争力が失われていく点を重視します。ダイナミックケイパビリティでは、こうした外部環境の変化を受け入れながらも、新たな事業機会を捉えて再び競争力を生み出すことが強調されています。

 以下では、高いダイナミック・ケイパビリティを持った企業の例をご紹介します。

 近年、AmazonなどのECサイトの台頭により、家電量販店は激しい競争に巻き込まれています。この危機を素早く感知したヨドバシカメラは、自社のECサイト「ヨドバシ.com」を立ち上げ、自社配送サービス「ヨドバシエクストリーム便」を導入してEC業者に対抗できる配送スピードを実現しました。さらに、ECサイトと実店舗の間で資源の再編成を進め、ポイントの連携や、ECサイト発注品の店舗受取といったオムニチャネルでのサービス強化を実現しています(参考:ヨドバシ・ドット・コムのスピード配達が更にパワーアップ!配達料金無料!|ヨドバシ.com)。

 エアリズムマスクは、新型コロナウイルスの影響が拡大していた2020年に販売が開始され、ヒット商品となりました。ユニクロはマスク不足という機会を感知し、自社の機能性肌着「エアリズム」の素材を再活用することで、速乾性と通気性に優れた夏でも快適なマスクを開発しました。当初マスク販売に社内での抵抗がありましたが、ユニクロには従来から顧客の声を積極的に取り入れる姿勢と仕組みがあったため、顧客の声に基づいて社内の資源を再編成し、マスクの商品化に踏み切ることができました(参考:ユニクロが「エアリズム」使ったマスクを今夏販売へ、顧客の要望を受けて|FASHIONSNAP.COM)。

 セコムは、オープンイノベーションの採用によりダイナミックケイパビリティ活用を進めています。異分野・異業種のディスカッションの場「セコムオープンラボ」を定期開催したり、「SECOM DESIGN FACTORY」ブランドで協働プロジェクトに取り組むことで、多様化する社会の困りごとを察知し、社外のアイデアや技術を取り入れています。その成果として、AGC、ディー・エヌ・エー(DeNA)、NTTドコモとのバーチャル警備システムの共同開発や、人気アニメ『ONE PIECE』とコラボしたAIルフィという新サービスがあります(参考:(お知らせ)世界初、AIを活用して等身大バーチャルキャラクターが警備・受付業務を提供する「バーチャル警備システム」を開発|NTTdocomo)。

 では、自社のダイナミックケイパビリティを高めるためのポイントは何でしょうか。

 第1に、ダイナミックケイパビリティの重要な部分を占める経営者能力を高めることです。経営者には社会の変化に敏感であり続け、必要に応じて組織を変え、新たな商品やサービスを生み出そうとする変革意識が求められます。また、後継者育成の観点から、自社の事業経験を後継者に伝えるとともに、早いうちから後継者に経営判断の経験を積ませることが効果的です。

 第2に、経営環境の変化を感知するために、つねに社外に目を向けることです。顧客調査や、取引先や異業種・研究機関などとの交流会、オープンイノベーションを通じて、ニーズの変化と協力企業・競合企業の動向を把握し、技術革新などに関する情報やアイデアを素早く入手しましょう。

 また、新しい商品やサービスを開発する際には、協力企業などの外部資源の活用を進め、それらを自社の資源と組み合わせることで商品やサービスの価値を高める方法を考えましょう。

 第3に、従業員の意識を変え、組織内の調整を適切に行うことです。新しい活動を始める場合、組織内で抵抗が生じることが通常です。その理由は、従来の活動が創業以来の事業だから、稼ぎ頭だから、楽だから、リスクが怖いからなどさまざまです。

 この抵抗を乗り越えるには、組織を分権化し、部門単位でも外部環境を意識させ、変革を実践させることや、既存事業と新事業の顧客の食い合い(カニバリゼーション)を避けたり新規投資のリスクを過度に大きく感じたりする人間の心理的傾向を認識し、その影響を回避することが有効です。

 自社のダイナミックケイパビリティを高め、活用するときには、以下の点も意識しておきましょう。

 日常の仕事の多くは、ある商品の販売目標を達成するにはどうすればよいのか、従来品の問題点をどうやって改善するのかなど、定められた目的達成や明確な問題解決のためのものです。

 しかし、正しいタイミングで正しい方向に企業を向かわせるダイナミックケイパビリティを発揮するためにも、ときには目の前の課題から離れ、その商品販売や従来品の改良がいまやるべき正しいことなのかと意識的に問い直してみることが肝要です。

 ダイナミックケイパビリティは、デジタル技術を活用した企業変革を意味するDX(デジタル・トランスフォーメーション)と密接に関連しています。例えば、アプリなどを活用した顧客データの収集と分析は感知能力を高め、従来のサービスとデジタル技術の結合は新たなサービス創出にもつながります。マクドナルドのモバイルオーダーサービスがその好例でしょう。

 最近注目のSX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)では、社会のサステナビリティ(持続可能性)を経営に反映させながら自社のサステナビリティも高めることが求められます。SXとダイナミックケイパビリティは、不確実な将来社会の姿を感知して事業機会を見出すという点で共通しています。そうした持続可能な経営戦略をつくる力は、資源の再編成を通じて将来社会に必要な新たな商品やサービスを創出し、自社の競争力につなげていく力へとつながります。

 ダイナミックケイパビリティは、短期的に大きな利益を獲得するための能力ではなく、不確実な社会の中で企業の生存に貢献する能力です。ダイナミックケイパビリティを高め、社会から求められる持続的な経営を実現しましょう。