家業を継ぐつもりはなかった

 冨士屋は新潟市中心部の古町商店街に本店を置き、系列の「ぱんや徳之助」を含め3店舗を展開しています。看板の上食パンやクリームパンなど、常時80種類のアイテムをそろえ、地元の情報番組でもよく取り上げられる人気店です。

 1924年、渋谷さんの祖父・徳之助さんが創業。戦後に2代目を継いだ父 ・祥二さんはフランスへ赴き、レンガ造りやシャンデリアの照明を採り入れ、当時は珍しい自分でパンをトレーに載せる「セルフサービス方式」を採用しました。そして、順調に店を増やし、地元の人気店となりました。

 しかし、学生のころの渋谷さんは、自分がベーカリーで働く未来は全く見えなかったといいます。

昭和初期の古町通り(新潟市歴史博物館提供)

 「父は深夜2時から店が閉店するまで働き通しで『パン屋はきつい仕事』というイメージでした。親元から逃げたい一心で東京の経営専門学校に進み、アウトドア用品の会社に就職しましたが1年も続かなくて……。結局、新潟に戻ってきたんです」

 お金がなかった渋谷さんは、冨士屋でアルバイトをすることに。経験が浅くて満足な仕事ができず、一緒に働くスタッフたちから馬鹿にされているように感じたといいます。

 「悔しさが募る日々でした。せめて店の掃除だけは丁寧にやろうと気合をいれていたんです。すると、店長がやる気を買ってくれ、パン生地の仕込みや成形、窯入れなどを任せてくれるようになりました」

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