「会社を倒産させたくない」 まるだい運輸倉庫4代目のワクワクを生む改革
神奈川県小田原市にある創業65年の老舗物流会社「まるだい運輸倉庫」は、2014年ごろに多額の負債を抱え、深刻な経営難に陥りました。当時、社内の内部分裂により社員の心はバラバラの状態でした。4代目社長・秋元美里さん(46)は、「自分の家族が入社したいと思える会社にしたい。そのために力を貸してほしい」と繰り返し伝え続け、一体感とワクワク感を生み出す改革により、倒産危機だった家業を立て直しました。
神奈川県小田原市にある創業65年の老舗物流会社「まるだい運輸倉庫」は、2014年ごろに多額の負債を抱え、深刻な経営難に陥りました。当時、社内の内部分裂により社員の心はバラバラの状態でした。4代目社長・秋元美里さん(46)は、「自分の家族が入社したいと思える会社にしたい。そのために力を貸してほしい」と繰り返し伝え続け、一体感とワクワク感を生み出す改革により、倒産危機だった家業を立て直しました。
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まるだい運輸倉庫は、1958年創業。小田原市、足柄上郡に10拠点を持ち、従業員数は260人です。創業者である奥山武さんを祖父に持つ秋元さんの子ども時代は、授業中に隠れて本を読むような「物静かでちょっと変わった子だった」といいます。
祖父はいつも秋元さんに「うちは運送屋だから『うん、そうか』と人の話をしっかりと聞くことが大事だよ」と話してくれました。この教えは、のちに後継者となる秋元さんの「人に寄り添い、傾聴する」という経営者としての姿勢に受け継がれているといいます。
大学卒業後は、都内のゲーム会社に入社。「当時はコネもお金もない。自分に自信がなかった」と振り返ります。そんな秋元さんの支えとなったのが恩師の言葉でした。「笑顔でコツコツやり続けていれば良いことあるよ」。この言葉を大切に心の中で繰り返してきました。
すると、24歳のときに転機が訪れます。社内起業のチャンスを得たのです。秋葉原でメイドスタッフを配置して、親会社のゲームソフトのPRをするという事業です。この企画は当たり、大盛況となりました。
「それまでは自分には仕事のセンスがないと思い込んでいました。しかし、一人ではできないことも、周りの協力が得られれば実現できるという成功体験を通して、自分自身が大きく変わりました」
30歳のときに、叔母(現会長の奥山恵子さん)から「会社を手伝ってほしい」と連絡がありました。当時の心境を秋元さんは次のように語ります。
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「老舗企業には伝統や枠を重んじる文化があります。ベンチャーのような革新的な考えは家業の社風に合わないのではないかという葛藤がありました。ただ、大切な家族の頼みを断れないという思いから、最終的に家業に入る決断をしました」
その後、2012年から2014年にかけて2人の子どもを出産。復帰した秋元さんを待ち受けていたのは、多額の負債を抱え経営難に陥った家業の厳しい現実でした。3歳と1歳の子ども2人を育てながら、2015年に副社長として財務改革を任されることになります。
「正直、望んではいなかったです。ただ、会社を倒産させたくなかった。大好きだった祖父から65年以上に渡り受け継がれてきたバトンを絶やしてはならない。地域の方々やこれまで支えてくれた人たちのためにも、会社を存続させなければという強い思いから、『私しかいない』と覚悟を決めました」
メインバンクからは融資を断られ、M&Aを勧められたこともありました。当時の銀行担当者から「女性が子育てしながら経営なんて無理では」と言われ、悔しい思いをしたこともあるといいます。
そんななか、寝る時間も悩んでいる時間もないほどの忙しさでした。それでも、秋元さんは「苦しいことは続かない」と自らを鼓舞し、やるべき課題にひたすら向き合うことで改革の糸口を見つけていきます。
経営難の背景には、「コストがかかる割に利益が少ない」という物流業界ならではの課題がありました。
ドライバーを1人採用するのにかかる人件費は約30万円。一方で、燃料費、車両の整備費などのコストを削るにも限界があります。
また、当時の上層部の考えは「売上至上主義」で、売上はあるのに何年も赤字が続いていました。そんな危機的状態にも関わらず、顧客からの取引停止を恐れて価格交渉できない状態だったといいます。
こうした課題を解決するために、秋元さんは採算の合っていなかった顧客への値上げ交渉に踏み切りました。秋元さん自ら取引企業に何度も足を運び、「少しでも値上げできないか」「土日に稼働する際は追加料金を請求できないか」と働きかけました。
また、生産性を高めるために、複数荷主の荷物を一台のトラックに混載させて積載効率を高め、輸送コストの削減を図りました。
さらに、事業所すべての「損益計算書(PL)」をチェックし、削減できる経費を洗い出しました。当時、節電やアイドリングストップはもちろん、文房具ひとつ購入する際も必要か検討したり、ペーパーレスにも取り組んだりするなど、コスト削減のためにできることは社員全員で取り組みました。
課題はほかにもあります。秋元さんは、入社当時から「チームが一丸となっていない」と感じていました。
その原因は、カリスマ性のある経営者だった祖父が亡くなったのを機に内部分裂が起きたことでした。男性中心の物流業界において女性であるということから反発も大きく、秋元さんは派閥の異なる社員に一切口を聞いてもらえないほどの軋轢があったといいます。
2020年に社長に就任。秋元さんが実行したのが、組織の再構築です。業績回復には抜本的な構造改革が必要と判断し、幹部・役員クラスの8割を刷新しました。人選において大事にしたのは、組織のために自ら動ける人間力の高さです。
また、挨拶や情報共有の徹底を行うとともに、ビジョンの共有に力を入れました。
「組織の一体感は一朝一夕には生まれません。『自分の家族が入社したいと思える会社にしたい。そのために力を貸してほしい』と、社内メッセージや定例会議で千本ノックのように繰り返し伝え続けました」
社員が主体性に行動する組織をつくるために、新たな人事制度も取り入れました。
上司だけでなく、部下や同僚の視点も評価に取り入れる「360度評価」を導入。また、匿名で意見やアイデアを投稿できる目安箱を設置したほか、改善提案制度にも力を入れました。
こうした制度を通じて、社員からさまざまなアイデアが生まれました。一例として、ドライバーが配送先で顧客の要望や困りごとをヒアリングするようになったことで、新規受注につながり、顧客からの評価も高まったといいます。
「当社では、社員一人ひとりに自分で課題解決の方法を考える機会を与えています。単に上司の指示に従うだけでは、仕事に『ワクワク感』は生まれません。イソップ寓話『北風と太陽』にあるように、力ずくで人を動かすのではなく、あたたかく見守ることで、人は良心にめざめ、自ら考え行動するようになります」
こうした取り組みを地道に続けることで、「みんなで楽しく挑戦する文化」が生まれ、チーム力が高まりました。
まるだい運輸倉庫の経営戦略のひとつが女性の積極採用です。現在、社員260人のうち66人が女性です。
結婚や出産を経ても女性が働き続けられるよう、子どもの学校行事などの際に、有給を取りやすい環境づくりに取り組んでいます。また、女性管理職の登用を進めることで、男性上司には言いにくいことも相談できる組織づくりに努めています。
管理職になる意識のない女性が多いことに疑問を感じた秋元さんは社内でヒアリングやアンケート調査をしたことがあります。そこで見えてきたのは、自信がない、目指すところが分からないという悩みでした。
「女性社長として後ろ姿を見せることで、女性の活躍を後押ししたい。社員に挑戦する機会を与えることで、個々の眠っている才能を開花させることが、会社の成長にもつながると考えています」
実際に、どれだけつらい時でも自分で自分を鼓舞し続ける、自分の機嫌は自分でとることを続けてきた経験を話すと、女性社員たちの目がキラキラと輝いて「私も何かやれるんじゃないか」と前向きな姿に変わっていく姿を目の当たりにしているといいます。
まるだい運輸倉庫は、人材育成にも力を入れています。秋元さん自身、大型免許とフォークリフトの運転免許を保有していることもあり、試験費用を会社が全額負担。セカンドキャリア支援も行っています。
さらに、ベトナムやモンゴルの外国人材を採用したことで、日本人社員にも良い影響を与えているといいます。
こうした改革を積み重ね、8年間で10億円を返済。倒産危機だった家業を年商25億円の企業に立て直しました。
この経験を通して、「お金では買えない価値を得た」と語る秋元さん。数々の苦難を乗り越えた今、「子どもの笑顔が見られること。社員のみんなが楽しく働いてくれること。そんな当たり前のことすべてがありがたいと感じるようになった」といいます。
物流業界はいま、労働力不足だけでなく、インターネット通販など宅配サービスの需要は急増し、ラストワンマイルの物流サービスのあり方が問われています。さらに、2024年問題にも直面しています。この問題に対し、秋元さんは週休2日制を導入し、労働環境の整備を進めていく構えです。
「今後のビジョンは、次世代の子どもが働きたいと思える物流会社をつくること。これまでたくさんの方々に助けられてきました。これからは、『恩送り』の気持ちで、世のため人のためにチャレンジを続けていきたいです」
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