目次

  1. 覚悟を決めて異業種から転身
  2. 「現場」を学んで感じた課題
  3. 「呼吸チョコ」が大ヒット
  4. アーモンドバーで新規顧客を開拓
  5. 社内の反対を乗り越えて開発
  6. 突然舞い込んだ代替わり
  7. 制服の変更を改装の一歩に
  8. 「愛」を深める商品・出店戦略

 同社は1953年、山田さんの祖父・益幸さんが大阪・千林でお菓子屋として創業。2代目の弟・弘さん(現会長)が会社を大きくしました。

 創業70年を超え、関西を中心に菓子専門店とスーパーを多店舗展開。グループ全体の年商は140億円で、従業員数は850人(パートを含む)です。「呼吸チョコ」をはじめPB商品は200種類を超えます。

山田さんは店舗の改革にも取り組もうとしています

 山田さんは幼少期から、父・邦男さんが管轄していたスーパーに出入りしていました。「当時はマルシゲや親の力を借りるのではなく、自分の力で生きていきたいと思っていました」

 大学卒業後に入行したメガバンクで融資担当を務めました。「銀行の同期とは今もつながりがあります。実務的な作業を面倒に感じず多角的に分析する目線や、銀行内部の仕組みや考え方を得られたのが大きかったです」

 その後、人材紹介会社と商社に転職。「サラリーマンで得た経験や人間関係が、マルシゲでの従業員との関わり方や店舗の雰囲気づくりに役立ちました」

 転機は山田さんが社会人になって10年ほど経ったときに訪れます。家族で父の還暦祝いをした際、父からマルシゲへの入社を提案されたのです。山田さんの心が動きました。

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