SDGsの始まりは一冊の絵本 規格外レモンを輝かせた菓子材料問屋
持続可能な開発目標(SDGs)への取り組みが求められる中、菓子の原材料問屋「平出章商店」(静岡県浜松市)が、生産者と菓子店をつなぐ規格外レモンの商品開発などで、フードロス削減や地域経済の成長に寄与しています。SDGsを「お題目」にしないビジネスの根っこに、3代目が定めた経営理念がありました。
持続可能な開発目標(SDGs)への取り組みが求められる中、菓子の原材料問屋「平出章商店」(静岡県浜松市)が、生産者と菓子店をつなぐ規格外レモンの商品開発などで、フードロス削減や地域経済の成長に寄与しています。SDGsを「お題目」にしないビジネスの根っこに、3代目が定めた経営理念がありました。
目次
SDGsは中小企業も避けて通れない課題です。地球温暖化や貧困、児童労働などの背景には、企業の経済活動がひもづきます。経済活動のあり方から見直さないと問題はますます拡大し、地球の滅亡にもつながりかねません。それを避けるため、2030年までに掲げられた目標がSDGsです。日本企業の99%を占める中小企業こそ積極的に参加する必要があります。
平出章商店は社員数45人ながら、SDGsを推し進めています。社会福祉法人やJAなどと連携し規格外レモンを活用した地域商品のビジネスが、コミュニティビジネスアワード2021(広域関東圏コミュニティビジネス推進協議会主催、経済産業省関東経済産業局共催)で優秀賞を獲得しました。
同社は1949年に浜松市で創業し、チョコレート原料や食用油脂、食品加工機など菓子作りに欠かせない商材を扱っています。年商約25億円で、地元の菓子メーカーや菓子店などが販売先です。
3代目社長の平出慎一郎さん(45)は2013年に2代目の父・茂樹さんからバトンを受け取りました。平出さんは創業70年目の19年、次のような経営理念を定めました。
<社員の幸せ><企業の永続><社会への貢献>の三つを調和させ、食を通じた「つながり創造企業」として地域をリードします。
以来、全社員が「つながり創造」を意識し、SDGsにも真摯に取り組むようになりました。
社長の平出さんがSDGsを強く意識したきっかけは約5年前、子どもと訪れた動物園のゾウ舎のイベントで出会った一冊の絵本でした。
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その絵本は「ゾウの森とポテトチップス」というタイトルです。絵本を購入すればゾウの鼻にエサをあげられるという企画で、平出さんは子供の願いをかなえるため仕方なく購入したといいます。
絵本は次のような内容でした。
ポテトチップスなどの材料に使われるパーム油を採るために、東南アジアのボルネオ島などではアブラヤシのプランテーションが開発されています。しかし、それによって森林が破壊され、すみかを奪われたアジアゾウなど野生動物の生態系が脅かされているのです。
平出さんは自分たちが扱う商品が、多くの犠牲の上に成り立っているという事実を知りました。
ポテトチップスだけではありません。マーガリンは製造過程で温室効果ガスを大量に排出し、労働者の人権侵害なども招いています。チョコレートもカカオを栽培する労働者の貧困や児童労働などの社会問題と密接です。プラスチック容器は海にたまるマイクロプラスチックの原因にもなります。
その後、「ゾウの森とポテトチップス」に関わったNPO法人ボルネオ保全トラストジャパンの方と出会い、SDGsという言葉を知りました。平出さんは会社として、SDGsに以下の順で取り組むことにしました。
19年7月、社内にSDGs委員会を立ち上げ、世界で起きている問題と自社への関わりを勉強をしたり、自社ができることを考えたりしています。その内容を社内に広げるため「SDGs通信」も作成し、毎月発行しました。
例えば、倉庫などで出るプラスチックごみを他のごみと一緒に焼却処分するのではなく、固形燃料として再利用できるのかを調べ、発信しました。
こうした情報を元に、社員みんなが必要性を認め、ゴミの分別、ペーパーレス化、プラスチックの削減、フードバンクへの参加、期限切れ商品のコンポスト化など、できることから取り組みました。
年に1度、顧客向けに開くプライベート展示会でSDGsの大切さを周知しました。
展示会ではフェアトレード商品を選び、販売拡大に努めました。チョコレート原料となるカカオの中には、生産者を大切にするメーカーの証しである「ココアホライズン」の認証を得たものもあります。問屋としてそれをPRし、メーカーと菓子店をつなげました。
さらに、地産地消の商品を多数紹介しました。移動距離が短いため製造過程でのCO₂削減につながるからです。
浜松市の農業出荷額は全国でも常にトップ10に入ります。市内の出荷額トップはフルーツで、特に温州みかんや温室メロンなどの栽培が盛んです。
それらを原材料に用いた平出章商店オリジナルのソースやジャムは、地元を愛する洋菓子店から歓迎されています。
産地には産地ならではの悩みがあります。例えば、生産者はキズものやサイズが大きすぎる規格外品を出荷できません。
規格外品を加工販売したくても加工品の規格がわからず、できたとしても売り先や販売方法を探すという難題があります。
一方、地元の菓子店も悩みを抱えています。材料に地元産のフルーツを使いたくても、加工品をどのように仕入れたらいいのか分からないのです。
その両者を結ぶのが平出章商店になります。農家から原料を調達し、同社の提携先でお菓子の材料となるペーストやジャムなどに加工。それを菓子店に提案し、地産地消を実現するのです。
今回、「コミュニティビジネスアワード2021」優秀賞に輝いた「規格外レモンを使った地域商品」も、フルーツの地産地消に貢献する活動です。
浜松市はレモンの産地でもありますが、市北部のスズキ果物農園は、レモンを絞った後に残る数十キロのレモン外皮の扱いに困っていました。
そこで平出章商店は、その外皮を「レモンピール」に加工できる業者を探しました。レモンピールとはレモンの皮と砂糖を一緒に煮て柔らかくしたもので、それを4ミリ角の立方体に刻んで商品化しました。
同社は加工業者を見つけて、スズキ果物農園のレモン外皮がレモンピールに生まれ変わりました。レモンの豊かな香りとしっかりとした食感が評価され、浜松市内の菓子メーカーに材料として採用されました。
ところが、有名ブランドのケーキにも採用されたため、レモンピールの数量が足りなくなってしまいました。
そこで、JAとぴあ浜松が管内のレモン出荷者に声をかけて、十分なレモン外皮を調達しました。
従来は規格品でない限りJAとして扱うことができませんでした。それでも、JAとぴあ浜松は規格外品の可能性を感じ、傷物や大きなサイズなどそれまで規格外だったレモンに「〇品(まるひん)」と名付けた新規格を設定しました。そして、調達した「〇品」の全量を平出章商店に販売してくれたのです。
規格外品をJAが買い取ってくれるため、生産者には新たな所得が生まれ、自分たちのフルーツが使われたお菓子を消費者が喜んで食べてくれることで、やりがいにもつながりました。
これまで同社は、JAから原材料を調達したことはありませんでした。しかし、消費者に喜ばれ、地元の生産者と菓子メーカーの助けややりがいにもなり、廃棄物も減るという「五方良し」の考え方が、JAや生産者、出荷者の共感を呼んだのです。
平出章商店は、浜松市の社会福祉法人復泉会が運営する障がい福祉サービス事業所「KuRuMiX(クルミックス)」に、レモン外皮の剥き加工を委託しました。
クルミックスは果汁飲料の製造所で、皮をむきレモン果汁を絞る作業を行っていますが、悩みを抱えていました。毎年4月にみかんやユズなどの作業が集中する一方、6~8月は閑散期で仕事量が少なかったのです。
そこで、レモンを冷凍保存することで4月の作業を最小限にして、6~8月に作業してもらいました。その結果、繁忙期と閑散期の差が縮まり、年間通して安定的に仕事を得られるようになったのです。
安定供給の仕組みができたレモンピールは地元菓子メーカーのレモンケーキに、レモン果汁は市内のはちみつ専門店・長坂養蜂場の「はちみつレモンソフト」にも採用され、メディアに取り上げられました。
平出章商店のSDGsの根っこにあるのが、19年に定めた経営理念です。
それまでの経営理念は、先代が作った「地域の食文化向上のために誠心誠意働きます」というものでした。
しかし、平出さんはどうしても腑に落ちません。「地域の食文化の向上」とはどのようなことなのかがわからないのです。そのため、新入社員に自分の口でしっかりと教えられませんでした。
平出さんは先代の許可を得て経営理念の再設定に取りかかりました。
先代にロングインタビューして、創業者の生き様や創業の精神、数度のピンチをどのように乗り越えてきたかを学びました。顧客や仕入れ先を訪ね、「当社を選んでいただいている理由」や「今後、当社に期待すること」なども教えてもらいました。
社員にアンケートをとり、「何に働きがいを感じているのか」なども確認しました。集めた情報を幹部社員とシェアして議論を重ねると、次のような思いに至りました。
「自分たちは地域のお菓子屋さんの発展に大きな責任がある。そのために、お客様に質の高い情報提供とより良い提案を行い、リードする役目がある」
そして、社員と「自分たちしか気づいていない菓子やパンの価値(魅力)を広げる(高める)と、世の中はどう変わるのか?」を考えました。すると、次のような意見が出てきました。
「ありがとうで社会がつながる」、「メーカー・お客様・家族がつながる」「地域の食に関する人すべてがつながる」、「食と食に関するすべての人をつなぎ、喜びをつくる」、「人と人とをつなげ幸せな社会をつくる」・・・。共有するキーワードは「つながり」でした。
原材料メーカーと菓子店、農業生産者と菓子店、生活者と菓子店、菓子店同士、そして社員同士。そうしたつながりから新しいものを生み、社会に提案することが自分たちの使命と気づき、「つながり創造企業」という経営理念を生み出しました。
同社のホームページには、SDGsが定める目標のうち「貧困をなくそう」「すべての人に健康と福祉を」「働きがいも経済成長も」「つくる責任つかう責任」「陸の豊かさも守ろう」の五つを掲げています。
「つながり創造」で生産者と菓子店をつなぐ地産地消を実現し、フードロス解消や地域経済の発展といった、SDGsの目標達成にも貢献しているのです。
多くの中小企業が「SDGs宣言」を掲げるようになりました。しかし、その多くは、今実施していることがSDGsの何番目の目標に合致しているかを宣言するだけにとどまります。
平出章商店のように「自分たちにできることは何かないか」を考え、新たな行動を起こしている例は多くありません。
SDGsは「このままでは地球の未来が危ない」という危機意識から生まれました。中小企業が行動を起こすため、何をしたらいいのでしょうか。
そのヒントが経営理念です。どの会社も経営理念にのっとった活動にためらいはないはずです。理念とSDGsをかけ合わせ、自分たちにできることを考えてほしいのです。
平出章商店の活動は「つながり創造企業」という「経営理念×SDGs」から生まれました。ブームに乗ったものとは違い、経営理念を土台にしたSDGsは高い熱量が生まれるはずです。
ぜひ「経営理念×SDGs」で、あなたの会社ならではの活動を展開してください。きっと多くのお客様、地域の皆さん、業界関係者から歓迎されるでしょう。そして、2030年までにSDGsが定めた17のゴールを実現しましょう。
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