昔ながらの飴を広告に ナカムラ3代目が切り開いた有名企業との取引
駄菓子の卸売りを手がける株式会社ナカムラ(名古屋市)は近年、企業のロゴやメッセージをオーダーメイドで飴(あめ)にいれられる商品「まいあめ」で大きく知名度を伸ばしています。原動力となっているのが、3代目で専務の中村慎吾さん(34)。父で社長の中村貴男さん(61)が始めたまいあめの付加価値を高め、売り上げを伸ばしました。「弊社は飴屋ではなく、広告業です」という慎吾さんに、成長の要因やまいあめを続ける理由を聞きました。
駄菓子の卸売りを手がける株式会社ナカムラ(名古屋市)は近年、企業のロゴやメッセージをオーダーメイドで飴(あめ)にいれられる商品「まいあめ」で大きく知名度を伸ばしています。原動力となっているのが、3代目で専務の中村慎吾さん(34)。父で社長の中村貴男さん(61)が始めたまいあめの付加価値を高め、売り上げを伸ばしました。「弊社は飴屋ではなく、広告業です」という慎吾さんに、成長の要因やまいあめを続ける理由を聞きました。
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名古屋を中心とした東海地方には「菓子まき」という文化があります。結婚式当日、花嫁の家の2階から駄菓子を投げたり、近所の人に駄菓子を詰め合わせた袋を配ったりするというもの。昭和の時代には、近所の結婚式が子どもたちの楽しみでした。
なかでも名古屋市西区は、駄菓子の袋詰めを販売する問屋が立ち並ぶ地域で、名菓子メーカーも多く存在。名古屋城の築城で集まった職人におやつを提供するために店が集まったのがルーツとされ 、「菓子のまち」とも呼ばれます。
この地で1963年、慎吾さんの祖父の中村弘さんが駄菓子問屋「中村弘商店」を創業しました。2代目で父の貴男さんが1993年に法人化し、「株式会社ナカムラ」に。現在も同社の売り上げの一番の柱は駄菓子の卸売り。主な取引先は、関東地方の大手スーパーマーケットです。
しかし近年、少子化の進行で、昔ながらの駄菓子屋は激減しています。さらに健康意識の高まりから、砂糖の消費量は1975年より減少。お菓子全体の売り上げも微減傾向となっています。「このトレンドは止められません」と慎吾さんも話します。
そうした中、2007年に父の貴男さんがはじめたのが、顧客が希望する柄をオーダーメイドでいれられる組み飴「まいあめ」でした。組み飴とは、切っても切っても同じ絵柄が出てくる飴のこと。顧客からの注文を受けて、メーカーに製作を依頼。企業のロゴなどをいれることで、ノベルティーグッズとして活用してもらうことを想定しました。
組み飴作りではまず、デザインを設計図に落とし込みます。次に職人が着色した飴のパーツを組み合わせて、直径50センチほどの筒状に。飴がやわらかいうちに、人の手で少しずつ引っ張り、直径約2センチの細さになるまで引き伸ばします。これをカットすると、どの面にも同じ柄が出る組み飴が完成します。「飴はすぐに固まってしまうため、40分ですべての工程を終えなくてはいけません。製作がはじまれば手を止めずに一気に組み上げます」と慎吾さんは話します。
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工程をしっかりと頭に入れて、手際よく作業をおこなうことが職人には求められます。熟練の職人の手による飴は仕上がりが美しく、単純な文字や記号ほど職人の技術が光るのだそうです。
慎吾さんが家業に関わるようになってから、「まいあめ」は急成長します。しかし、慎吾さんは社会人になるまで家業を継ぐ気はなく、まいあめとのかかわりは当初、副業という限定的なものでした。
慎吾さんは、父の貴男さんから一度も家業を継ぐように言われたことはなかったそうです。貴男さんは「継ぎたければ継げばいいけど、無理に継がなくていい」というスタンスでした。
高校時代は弱小バスケ部を存続させるためにキャプテンとして奔走した慎吾さん。古着などのファッションが好きで、名城大学卒業後はジーンズメーカーに就職します。店長として店舗を任されますが、自店舗で前年度比120%近く売り上げを伸ばしても、社全体の売り上げが伸びないため評価されないことが続きました。
会社員のままでは、自分の上げた成果がそのままダイレクトに自分に返ることは難しい。それなら経営者になったほうがよいのでは、と考えるようになったそうです。
2014年、音楽アーティストの専用グッズを企画する仕事に転職し、家業に副業として関わるようになりました。「今、まいあめでおこなう『飴をメディア(広告媒体)として顧客の経営にどう生かすか』の考え方は、この仕事で培われたもの」だと話します。
副業として家業にかかわるようになった慎吾さんは、妻で広報担当の藤井佐枝子さんとともに、それまでリーチできていなかった層へとまいあめをアピールしていきました。
慎吾さんが「最初の成功」だと振り返るのは2016年、ビームスジャパンの都内店舗の開業祝いで製作した飴です。自らビームスに企画書を持ち込み、受注にこぎつけました。
さらに同年にはインスタグラムの日本法人からも受注を獲得します。
「明治神宮外苑で開催されたイベントにインスタグラムが出展するという情報を見つけ、飴を作ってプレゼントしにいったことがきっかけです。日本法人の担当者とお会いできて、その場はご挨拶だけで終わったのですが、後日実際の受注へとつながりました。見てもらえるチャンスがあるなら渡すしかない。そこに迷いはありません」
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注文を受けて、インスタグラムのロゴが入った組み飴を用意。2016年4月、インスタグラムの共同創業者であるケビン・シストロム氏とマイク・クリーガー氏が参加した日本でのパネルディスカッションで、招待客へのお土産として配られました。
並行して、SNSでの発信も強化します。佐枝子さんがまいあめのインスタグラムアカウントを担当し、カラフルな飴の写真や、工場での飴の製作風景の動画を投稿していきました。
慎吾さんがナカムラに入社した2017年、インスタの動画で大きなヒットがおきました。職人がドロドロとした熱い飴を練っている様子の動画が、280万回再生(当時)というバズを引き起こしていたのです。
佐枝子さんが分析をしたところ、動画を見ているのはほぼ海外の人々でした。コメントから、その飴の動きがスライムに似ているために話題になっていることがわかりました。
人の視覚や聴覚に心地よさをもたらすASMR動画として、スライム動画には多くのファンがいます。佐枝子さんが次の動画にスライムに関連するハッシュタグをつけて投稿すると、再び大きな反響がありました。
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この動画がきっかけで、サッカーの元イングランド代表、デービッド・ベッカム氏の息子からも注文が入りました。さらにそれが元で、全国ネットの人気番組に佐枝子さんが出演。「まいあめ」の知名度は一気に広がっていきました。
認知拡大だけでなく、慎吾さんはサービスの充実にも力をいれていきました。包材会社と連携を取って、飴を入れるパッケージの種類を増やし、同封するカードやシールのテンプレートを用意しました。
小さな飴に載せられる情報には限りがありますが、飴にパッケージやカードを組み合わせれば、メッセージも増やせます。たとえば「企業の100周年記念」で配られるなら、飴にはロゴ、袋に企業名と100周年と入れることで、顧客に強く印象付けられます。
注文を受けた際には、どのようなシチュエーションで配布するかなども丁寧にヒアリング。飴本体だけでなく、パッケージを含めてデザインをトータルでプロデュースすることで、まいあめの「広告媒体」としての価値をより高めました。
2019年には、より若い層をターゲットにするため、まいあめのウェブサイトを大幅にリニューアルしました。
アイデアは社員みんなで意見を出し合いました。「まいあめがまいあめである所以(ゆえん)」は「お客様にご依頼いただいた実際の飴」であると考えて、これまでに手掛けたカラフルな飴が、ファーストビューですぐ見られるデザインにしました。まいあめのウェブサイトを開いた瞬間に圧倒的な数のデザインが一度に目に飛び込み、グッと心をつかまれたという顧客が多いのだそうです。
「たくさん飴を並べたことで、ご覧になった方が『これだけ作っているなら』と安心してくださると考えましたが、予想外の効果もありました。ウェブサイトのPV(閲覧数)が結構あるので、製造した飴を掲載することで自社の宣伝になると考えて発注くださるお客さまもいらっしゃるようです」
慎吾さんが入社した2017年度、まいあめの売り上げは6,000万円でしたが、一連の取り組みによって、2022年度は約1.7倍の1億円に届きました。
ナカムラの収益の柱は、卸売業、まいあめ、型で制作する金型キャンディーの3つ。売り上げ割合は3:1:1です。「まいあめの売り上げのほとんどはWeb経由です。ありがたいことに、現状すべての部門の売り上げが上がっています。今後、まいあめと金型キャンディーの売上比率をもっと上げていくのが目標です」と慎吾さんは話します。
多くの企業からまいあめの受注が増えましたが、中でも広告代理店のイベントのノベルティーとしての利用が増えたと言います。化粧品やアパレル専門など、さまざまなジャンルの代理店から依頼があるそうです。
まいあめはリピーターが多いという強みもあります。飴を受け取った人が、社名ロゴなどが入った飴の写真をSNSに上げてくれるため、一般的なノベルティー以上の宣伝効果があるそうです。「人の印象は感覚で残るものです。紙のチラシだと視覚・触覚しか残りませんが、組み飴は視覚・触覚・嗅覚・味覚・聴覚と、五感すべてで感じることができるんです」と慎吾さんは話します。
好調なまいあめ事業ですが、ナカムラにとって、「職人の技術保護」という側面が大きいのだそうです。
「職人さんの技術に敬意を払って、他社よりも高い対価を支払うことで、クオリティーを維持したいと考えています。職人さんの所得水準が低いと、次世代の担い手がおらず技術が途絶えてしまいます」
そのために「単純に『高く仕入れて高く売る』を目指します。『選んでもらうための工夫』はしています」と慎吾さん。オーダーメイドで受注すること、他社と差別化を図ることで、販売価格を維持しているのだそうです。
まいあめがここまで受け入れられている理由について、慎吾さんは次のように話します。
「もともと飴は主に関西圏で『飴ちゃん』と呼ばれ擬人化されるほど親しみやすいものです。飴をもらうと言葉がなくても人は笑顔になりますよね。『飴はコミュニケーションツール』という文化が、この国には根付いていました。そのことに父が気づき、飴に文字を入れてコミュニケーションを図ることを思いついたんです」
まいあめの組み飴には、オーダーメイド以外のレギュラー商品もあります。人気商品の一つが「水分・塩分とって飴」。猛暑の時期に不足しがちな、塩分の入った飴で、「水分とって」「塩分とって!」というストレートなメッセージが刻まれています。
「組み飴は直径2センチの小さなものですが、それが逆に良いのだと感じます。押しつけがましくなく渡すのも受け取るのも気軽です」
コロナ禍となった2020年には、「手洗いうがい」と書かれた飴を希望者に100セット無償で配りました。
医療従事者からも反響があり、「売って欲しい」という多くの声を受けて一般向けにも販売。感染拡大によって言葉を発すことすらはばかられる中、「無言で手渡しても『気遣う想い』が伝わる」と、飴は大好評だったそうです。
慎吾さんが印象深いと話すのは、沖縄の離島・粟国島(あぐにじま)のお土産を手掛けたときのこと。島のお土産品はおまんじゅうと乾麺しかなく、特産品の塩を使って何か作りたいと考えて、まいあめにオーダーがはいりました。完成した塩飴は大好評。「島のみなさんが本当に喜んでくれました」
慎吾さんには心に決めたミッションがあるそうです。それは、名古屋市西区に伝わる「駄菓子文化」と「組み飴の技術継承」を孫の代まで続けること。粟国島のように地域活性に役立てることは、慎吾さん自身のミッションにもつながると言えそうです。
まいあめの成功で、世界的なセレブや企業からも注目される存在となったナカムラ。注目されるのはうれしいものの、話題性だけで取り上げられることにはとまどいもあるといいます。「組み飴の技術そのものの素晴らしさを伝えたい」。その想いは常に変わらず、慎吾さんの中にあります。
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