テックビルケアは消防法に基づき、建物内の消火器、火災報知機、スプリンクラーといった消防機器の点検、避難経路も含めた消防計画の確認などを手がけています。取引先は福祉施設や病院、宿泊施設など500~600社です。茶橋さんは「不特定多数が出入りし、有事があった時に避難弱者が出やすい建物からの依頼が多いです」と話します。
法律で決められた消防点検の項目は、火災報知機が作動するかどうかといったハード面や、避難経路がきちんと確保されているかというソフト面まで含まれ、同社では問題点をまとめて、所轄の消防署に出すリポートも書いています。
「法律で決められた点検なので、サービス内容で差別化するのが難しい業界です。お客様に寄り添った丁寧な説明、ベストソリューションの提案、火災報知機の誤作動への対応といったアフターメンテナンスの充実を打ち出しています」
同社は1979年、茶橋さんの父・和夫さんが創業し、近畿クリーナーという名前で清掃業を手がけていました。茶橋さんが2007年に入社してから、消防設備点検の割合を増やして主力事業に育て、2009年に社名もテックビルケアに変更しました。社員数は20人で、直近の売上高は4億8千万円、経常利益は4千万円となっています。
清掃業は夜間や休日など人がいない時間の作業が中心です。茶橋さんが子どものころ、忙しく働く父と遊んだ記憶はありません。電気工学を学んだ大学時代、父が消防点検の事業に乗り出し、茶橋さんもアルバイトとして手伝いました。
「当時は従業員が100人以上いましたが、清掃業は労働集約型で利益が少ない割に人の手配やクレーム対応などが多くて大変でした。このまま清掃業だけで食べていくのは難しいという意識が芽生えました」
卒業後、IT企業で働く傍ら、消防設備士という資格を取得しました。エアコンのメンテナンス会社を経て、消防点検に特化したメンテナンス会社に転職。経験を積む中で、消防点検の業界特有の課題に気づきます。
「管理会社の下請けとして入る多重下請け構造で、特定の取引先への依存度が高い状態でした。ネットで会社を検索しても、エンドユーザーに積極的に営業活動をしているところはほとんど見つかりません。家業に入った時、ホームページを立ち上げて営業すれば絶対に受注できると楽観的に考えていました」
2007年、家業に入社した茶橋さん。しかし、改革は一筋縄では進みませんでした。
リスティング広告で依頼増
入社当時、家業は清掃業の売り上げが8割を占めていました。「社員の平均年齢が50歳くらいで、雰囲気が重苦しい社風だと感じました。後から分かったのですが、当時の経営は綱渡り状態でした」
茶橋さんは消防点検事業を広げるため、ホームページを立ち上げ、数十万円の費用をかけてリスティング(検索連動型)広告を出します。現場に出ず、1人事務所でパソコンと向き合い、検索上位に出やすいワードの選定や分析を行う毎日でした。
「社員は清掃の仕事で汗水たらして働き、土日も作業しているのに、社長の息子はパソコンばかりいじっている。風当たりがきつい時期もありました。一目置いてもらうには結果を出すしかありません。とにかく必死でした」
当時、業界でウェブマーケティングに注力する会社は珍しく、数カ月でホームページ経由の依頼が増え始めました。結果が出始めたことで、社内の雰囲気も変わったといいます。
「父は広告費を何十万円もかけて、不特定多数から依頼がくるのかと危惧していました。でも、結果が出始めると、僕がやりたいようにさせてくれました。立場的には、社長に社内改革を進言できたかもしれません。でも、ぽっと出の息子が主張しても、社員には響かず反発を生むだろうなと。まず業績を残すことにこだわりました」
3S断行で高めた「気づき力」
消防点検の依頼が増え、前職のメンテナンス会社の後輩を採用するなど体制強化を図りました。サービス業として進化するため、茶橋さんは社風の改革に動きます。
「それまで悪い意味での職人集団で、社内の清掃当番を守らない、あいさつしないという悪習がはびこっていました。物を散らかして机を要塞のようにしている社員もいて『ザ・昭和』という状態でした」
茶橋さんは入社から数年後、3S(整理・整頓・清掃)を徹底させました。席をフリーアドレス化し、帰宅時は電話以外のものを机に置かないというルールを作りました。断捨離を進め、トラック1台分のごみが半日で駐車場に山積みになりました。
「反発もありましたが、ルールを守れる人を評価するようにして押し通しました。本気度を伝えるため、僕自身がトイレ掃除を率先しました」
3Sは、消防点検のサービス向上ともリンクさせた施策だったといいます。
「お客様の事情に寄り添った提案をしなければいけないサービス業の土台は、『気づき力』だと思うんです。あいさつや掃除など細かいルールを守れる人材を育てることで、良い社風にも品質向上にもつながると確信していました」
月1回の「みらい検討会」
ルールで縛るだけでなく、社員の満足度向上にもコミットしました。社長就任前は、全社員の日報に一つずつ返事を書いていたといいます。
匿名のアンケートも定期的に行いました。「安月給で長時間労働」といった厳しい意見も寄せられましたが、「耳の痛いことでも上司に言えるという心理的安全性を重視しました」。
ユニークなのが、月1回の社内会議「みらい検討会」です。この日は社員全員が他の仕事を入れずに集まり、一日中、議論をかわします。内容は、技術や知識のスキルアップ、DXによる業務改善提案、チームビルディングを学ぶゲーム、ランチ会などです。
年1回の社員総会を開く会社は珍しくありませんが、月1回はかなりの頻度です。「この会社は現場作業が多く、一堂に会する場面がありません。改善点を発言したり提案したりする機会がなく、内勤と外勤が一緒にご飯を食べることもなかった。知識や技術の裏にある思いを共有し、チームの一体感を作るために、みらい検討会を作りました」
社員の評価制度作りは試行錯誤でした。「最初は細かい評価基準を設けて、役職に応じて重みを付ける緻密な制度にしましたが、頭でっかちで、会社の規模感に合っていませんでした。今は決められたルールを守っているかや、仕事への姿勢を重視するシンプルな運用にしています」
顧客の声は事例として社内に共有し、強みや改善点の把握につなげています。点検業務は基本的に2人以上で行いますが、なるべくベテランと若手のペアで、OJTを進めています。教育効果を高めるため、顧客への最終説明は若手に任せるようにしています。
利益の3分の1を「決算賞与」に
茶橋さんの入社当初は売り上げ目標が据えられていました。「消防点検事業も最初は仕事が無かったので、『1円でも安く』をモットーに請け負っていました。利益重視で断っていたら今は無いので、当時はそれでよかったと思います」
しかし、受注が増えるにつれて現場が回らなくなり、2010年代後半ごろから、利益重視に転換。価格競争をやめて高単価の仕事に絞り始めました。
「正直、消防点検は法律に決められた最低限のものだけを進めてほしいというニーズが多数を占めます。しかし、そこに走ると体力勝負になり、価格競争に巻き込まれます。社員から見ても売り上げ目標は数字が大きすぎて、達成することで自分へのメリットが見えにくいという問題がありました」
利益主義を明確にするため、茶橋さんは利益目標を達成すれば、うち3分の1を「決算賞与」として、通常の賞与とは別に支給するというルールを定めました。「利益目標を立てる唯一の目的は、社員のモチベーションを上げることです」
サービスの幅を広げて値上げ
利益を生み出すには、サービスの充実による付加価値向上が不可欠です。テックビルケアは消防設備の中でも、特に自家発電機の点検に力を入れました。
「それまでメンテナンスがいい加減だったため、東日本大震災などで自家発電機が作動しないというトラブルが頻発しました。法改正で自家発電機の点検が強化されたのを受けて、サービスの横幅を広げました」
顧客には値上げを提示しましたが、意外にもすんなりと受け入れられたといいます。「きちんとしたサービスを提供すれば、価格アップも受けてもらえます。値上げ交渉に恐怖心は持たなくていいと感じました」
各個人のパソコンで管理していた工程管理や見積書などのクラウド化も進め、業務効率化も図りました。
採用は新卒をメインに
茶橋さんは2019年、2代目社長に就任しました。売り上げのほとんどが消防点検事業に切り替わりましたが、「父が作った清掃業の基盤が無ければ、今の事業もありません」と感謝しています。
社内改革を進める中で離職者も生まれ、入社時にいた社員で残っているのはわずか2人です。入社前は最大100人超だった従業員も、事業の絞り込みで今は20人となっています。
一方で人材獲得には力を入れ、今は新卒採用をメインに切り替えています。2023年は3人、2024年は2人を採用しました。「新卒を採用している同業他社は少ないため、差別化になると考えています」
入社当初は600万円ほどだった経常利益は、最大で6千万円にまで膨らみました。取引先の範囲も関西や関東を軸に全国に広がっています。
業界の立ち位置を上げたい
茶橋さんは、さらなる新規事業も計画しています。
その一つが、個人宅の住宅診断「ホームインスペクション」です。「空き家問題が深刻化する中、建物診断の強みを個人宅に生かそうと考えています。今は私自身が、中古住宅などで実地研修を受けています」
もう一つは、ドローンを使った外壁の赤外線調査です。
大震災が起こると、古い建物の外壁からタイルなどがバラバラと落ちることがあります。未然に防ぐには、外壁をハンマーでたたいて強度を確かめる必要がありますが、それには足場を組むなどのコストがかかります。
そこで、茶橋さんはドローンに赤外線カメラを積んで外壁に近づけることで、タイルの浮き具合を解析。人が入りにくいところでも、コストを抑えながら壁を直接たたくのと同等の精度で強度を調べようとしています。
「すでにドローンを購入し、私自身が免許を取って操作技術を磨いています。新規事業は私が先頭を切り、10年後に1個でも2個でも事業の柱に育てられればと思います」
事業転換に成功したテックビルケア。茶橋さんが見据える未来はどんなものでしょうか。
「規模拡大はそんなに目指しておらず、社員が誇りを持って働ける会社にするのが一番です。ただ、同じ建物に関する仕事でも、内装や電気工事に比べて、防災関係の地位はまだ低いものがあります。新卒採用や最新テクノロジーの活用で、業界の立ち位置を上げていきたいです」