評価制度は、社員がどこに向かえばいいかを示す道しるべです。評価制度があいまいで、何をしたら評価してもらえるか分からないという状態は「とりあえずその辺を走っておけ」と言われるのと同じです。
そうなると、社員は迷いながら日々の業務に向かわねばならず、集中力が上がりません。会社にとっても社員が最大限のパフォーマンスを発揮できない状況は避けたいところでしょう。評価制度が一切ない会社は珍しいですが、経営者が主観で全て決めてしまう会社は数多くあります。
特に「社員は家族だ」という主義の経営者は、「家族である社員をよく分かっているから正確な評価は容易だ」、または「自分でなければ正しいジャッジは下せない」と考えがちです。評価制度の必要性を感じられず、いつまでたっても鉛筆をなめて評価を決める体制から抜け出せないのです。
評価制度の整備を検討したことがある経営者でも、実際に着手するまでには時間がかかります。評価制度の構築は簡単ではないので、つい後回しにしてしまい、「何となくあった方がいいのは分かるが、面倒だし自分が見れば問題ない」という結論に着地してしまう経営者が多いのです。人は変化を嫌いますし、経営者にとって自分で何もかも決められる状態は心地がよいですから。
一つは代替わりのタイミングです。経営者が引退を意識し、明確な評価制度を残してバトンタッチしたいと考えたり、後継者が「先代と同じやり方は難しい」という判断の下で評価制度を構築しようとしたりします。筆者自身、近いうちに後を継ぐ予定の現社長の息子という立場の方から、頻繁に相談を受ける機会があります。例えば、次のような内容です。
「現社長はカリスマで、社長にあこがれて社員が集まっている。なので、社長の評価にはあいまいな点があっても全員が受け入れている。けれども、自分より年配の社員がいるなかで同じスタイルは無理」と悩む人が少なくないのです。
カリスマ性で勝負できなければ、誰もが納得できる公正な評価制度を作るしかありません。
もう一つは業績が悪化したタイミングです。評価制度がないままでも商品力で業績が伸びるケースはありますが、競合他社の台頭や需要の鈍化でその状況は簡単に崩れます。業績を立て直すために組織体制を改善しようとする経営者が、その一環として評価制度の整備に手を付けようとするのです。
経営者の独断で評価が決まる会社だと、目の届く範囲には限界があるため中間管理職が育ちません。そのせいで、人を採用してもすぐに社員が辞めてしまい、あるときからパタリと社員数が増えなくなります。特に労働集約型の会社では「社員数が増えない=業績が伸び悩む」という傾向が顕著です。これが、俗に言う「30人の壁」です。
評価制度作成の具体的な手順
今は上記の二つに当てはまっていなくても、いつその時期が来てもいいように、後継ぎの皆さんは今のうちから準備しておきましょう。今回は、評価制度の構築の仕方を例としてお示しします。
最初に、会社に必要な役割の洗い出しから始めてください。それを組織図の形にして、各ポジションに果たしてほしい役割、つまり目標を決定します。この目標達成率100%で60点合格とし、110%で70点、120%で80点といったようにカウントします。
次に、等級テーブルを用意しましょう。「等級1」なら60点達成で480万円、「等級2」で600万円、「等級3」で720万円のような形です。これに号棒(※)を組み合わせ、等級1の50点は470万円、70点なら490万円としていきます。
※級の中に設けられる仕組みで、勤続年数や職務成果、経験によって号数が上方に決定され、給与に反映される(出典:厚生労働省「キャリアアップモデル例」)
社員の等級テーブルを引き上げる基準は、例えば「60点合格でプラス1」、「70点でプラス2」、「50点でマイナス1」となるルールとして、累計ポイントが4を超えたら上の等級に移します。
評価項目設定のポイントは、「積極性」や「協調性」といったあいまいな表現を使わず、期限と状態を明確にすることです。例えば、「3カ月間で1千万円売り上げると係長に昇進する」といった形になります。
こうすれば、誰の目から見ても達成可否が明らかになるので、経営者が直接評価を下さずに済みます。我々はこれを「完全結果」と呼んでいます。このとき、不平等を生まないために、目標達成に向けた過程や費やした時間は一切評価すべきではありません。
等級が高くなれば求める役割や評価基準も上げていきます。例えば、等級1の社員の目標は3カ月で売り上げ1200万円、等級2は1600万円、等級3は2千万円のような形です。
営業は売り上げ目標が分かりやすいですが、バックオフィスの仕事は目標を数値化しにくいのも事実です。事務であれば毎月行う仕事が大体決まっているはずなので、その量や難易度をポイント化してみましょう。そして、1カ月の間にどれだけのポイントを稼いだか、ミスの有無、時間当たりの生産性の観点から評価するのが一つの考え方です。
社員に業務改善提案をさせるのもよいでしょう。最初は提案数だけでも評価の対象に入れ、等級が上がるにつれて承認数、着手済み件数、達成率を評価するのです。
家族的結び付きを断ち切る覚悟
家族のような関係だった会社と社員がその結び付きを断ち切り、ロジカルな評価制度を浸透させていくのは骨が折れる仕事です。当然のように反発は起きます。
「上司に気に入られている」という理由で成果を出さずとも出世してきた社員にしてみれば、結果だけで判断する評価制度は都合が悪いからです。経営者に対して明確にかみついてきたり、離職をちらつかせたりする社員も出てくるでしょう。
しかし、それにひるんでいるようでは、いつまでたっても評価制度は作れません。経営者がやり切るしかないのです。
そうはいっても、評価制度を整えたことで、例えば30人の社員が3人に減ってしまったとなっては立て直しが厳しくなります。どこまで社員の離職を許容できるかは会社によって異なりますが、こういうケースでは、明確な評価制度に理解のある社員の採用を進めつつ、評価制度の切り替え時期を探りましょう。
評価制度で成長した飲食チェーン
以前、筆者がコンサルティングを担当したある飲食チェーンの創業者は、非常に能力のある方でしたが、社員たちと家族のような結び付きでいる自分を心地よく感じていたために苦しんでいました。
「100店舗展開する」という目標を掲げるなか、10店舗まで増やしてからは業績も社員数も伸び悩んでいました。当時いた社員50人全員を自分で評価していたため、経営戦略を練る余裕がなかったのです。
筆者はその経営者に「自分が親のような立場から評価していると、見える範囲に限界があります。自分1人で見切れなくなり、店舗数が増やせずにいるのではないですか」と話し、ともに評価制度を構築しました。
現場の社員、各店舗の店長、店舗を束ねるマネジャー、それぞれに明確な数字目標を設定し、達成度合いに応じて給与が変動する仕組みにしたのです。同時に、目標達成のために必要な施策を講じる権限も与えました。
2018年に評価制度を変えて、現在は20店舗、社員数100人の組織に成長しました。途中コロナ禍で大きな打撃を受けましたが、持ち直して現在は再び成長路線を歩み始めました。
後から社員に感謝される経営者に
社員を家族のように扱う経営者の愛情は素晴らしいものです。ただ、だからこそ、そういう経営者は一度立ち止まって考えてみてください。
社員と家族のような関係になれば、頑張っている姿勢を評価してあげたくなるものです。しかし、結果を出さずとも評価を得られる環境に居続ける社員が果たして成長できるでしょうか。自分が経営者を引退したとき、その社員はどうなるのでしょうか。
社員を大切に思うのであれば、自分がいなくなった後も厳しい社会で生きていける力を身に付けさせてあげるべきです。
最初は社員から「社長は頑張りを見てくれず、結果でしか判断しない冷たい人」と思われるかもしれません。しかし、後から「あのときの経験があったおかげで成長でき、今がある」と感謝される機会がきっと来るはずです。そんな経営者を目指しましょう。
入澤勇紀さん
識学上席コンサルタント 営業部 課長
早稲田大学政治経済学部を卒業後、大同生命保険株式会社に総合職として入社。プロパー営業や営業企画、顧客サービスなどに13年にわたって従事。その後は介護系のベンチャー企業に転職。福祉用具の営業を経て、識学に入社。
(※構成・平沢元嗣)
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